猫とダーとPUPの徒然日記

猫とダーとPUPの徒然日記

いつまで経っても落ち着かない、いろんな事に興味深々な一応主婦の気まぐれ日記

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3月22日(木) 『オルセー美術館・エッフェル搭』 ⑫

 

 

だいぶブランクあり…。記憶も曖昧になりつつあるので、ここで追い上げを…。

 

1泊目の宿に忘れた服をベルサイユからのツアー後取りに行き、今回私がかなり楽しみに

していた“オルセー美術館”徒歩で向かった。さすがにチケット売り場は並んでいたものの

20分そこそこで無事入場。今回日が離れていたのもあって、お得な“パリ・ミュージアム・

パス”を使えなかったのは残念。美術館・ちょっとした景勝地を巡るならこれはお得なの

だが、ツアーに乗っかったりもしていた今回の私達には、使う機会が無いものだった。(泣)

次回があるならば、絶対これを使ってのんびり散策したいものだ。

 




 


すでに自分の体力に不安を感じている&時間も限られているのもあって、オルセー内は

見たいもの的を絞っての観覧になった。改装したてで、新たなブルーの壁や自然光・

照明で、改装前とは全く違って見える色彩の絵画たち。というのをTVで予習していた

ため、目的の“ルノアール”“ミレー”などなどを効率良く見、絵画なんてこの旅行に来るから

という理由以外に全く違う世界にいたダーも、予習なしとは違った観点で見れて、満喫

していた様だった。

ここオルセーはルーヴルと違って撮影禁止だったので、館内の写真が全くないのが残念。

以前駅だった建物を改修して美術館となっているので、(元王宮の)ルーヴルとは違って

比較的迷わず行けるようなレイアウトだった。

 

高校の(美術の)授業で模写をやったのだが、油絵をなんとなく習っている今でも、

名画の“模写”もまたしてみたい気になった。この色彩や質感を出すのに、こんな所に

こんな色をこのタッチで入れているのか…。ほぼ素人には何年掛っても習得出来るもんじゃないなぁ。なんて思いながらオルセーをまた後に。

 

 

次の目的地はパリのシンボル、“エッフェル搭”へ。

オルセーから電車RERに乗って、エッフェル搭最寄りの駅“シャン・ドゥ・マルス・トゥール・エッフェル”へ。パリ市内移動は勿論、バッグには常に“るるぶ”付録の持ち歩き地図を携帯し、ちょっと

でも不安になると取り出し地図を見ながらの行程だったのだが、この駅のホームに降り

立つと、どうみても東洋人バリバリのルックスでパリ初心者の私達に、“エッフェル搭はここで

いいですか?“と3回も聞かれた…。“だぶん…。”としか私も答えようが…。(笑)

 

あ~ぁ、パリだぁ~。本当にここに居るのね。エッフェル搭を横から、下から前から拝み。




 


 
 
本当なら登ってみるべきなんだろうけど、その後も予定が詰まっていて時間が無い。

並んで上に登るのは諦め、腹具合が悪くて空腹感の無い私に付き合って、お昼を食べて

ない気の毒なダーもやっとここで、フレンチフライ&ソーセージの盛合せをゲット。こういう時の為に

日本から持って行ったレジャーシートを忘れた為に、小さいビニールバックと持っていたバッグを

枕に、公園の芝生でしばし休憩。途中エッフェル搭下のお土産屋さんで買い物もし、

公園の方に歩いているとなぜが廻りの人達が私達に注目している。?後ろにマスクを

被った道化がついて来てた(笑)一緒に写真撮っておけば良かったなぁ、笑っているうちに

そんな事も思いつかなかったわ。

 




 
そんなまったりしていた私達に、“プチ・エッフェル搭事件”がこの後…。

3月22日(木) 『ベルサイユ宮殿』 ⑪

 

 

こじんまりしたホテルながら朝食の品数は思っていたより多く、朝から嬉しい気分になるも、

私のお腹は目ほど喜んではいず…。美味しそうなパンやチーズ を横目に、あっさりとした

ヨーグルトやフルーツが美味しい。同じ時間帯で朝食を取っていた他の宿泊客も、私達より

年配の日本人夫婦が2組。こんな路地裏のホテル、やはりH.I.S経由かな。

 
取ってはみたものの、パンも食べきれずダーのもとへ…。

 

この日は午前中半日の『ベルサイユ宮殿』ツアーに参加。電車でも行けるし、友人のツアーは

ガイドさんは外まで、中は結局音声ガイドを借りてというものだったと言っていたが、

自分達時間でゆっくり廻っているときりがないとも思い、またツアーでの訪問にした。

パリ市内からベルサイルユまではバスでも30分ぐらい。通常なら車窓からの景色も

見逃したくない性格なのだが、空いていた事もあり、往復横になって気持ち良く浅く

寝ていた頃にバスはベルサイユに到着した。

 

 

門らしき所を入ってもまた先に門。友人が来た時はイースターあたりの休日とぶつかって

いたらしく、人の頭ばかり写真に写っていたよ。と言っていたが、それに比べると比較的

空いていたようだった。

 

私は予備知識も無く行ってしまってまた後悔。帰って来てから映画“マリーアントワネット”を

見たのだが、やはり行く前に見るべきだったなぁ…。私の知識のアントワネットは“ベルバラ”の

かすかな記憶…。説明をしてもらってもルイルイは何世もいるし…(笑)映画は史実という

よりエンターテイメント色が強かったが、それでも映画で見た所へ来た!というのは、

また味方が変わる。

 

さて贅の限りをつくした宮殿は溜息のつきっぱなし、口は開いたままといったところ。装飾・

絵画、それぞれに時代を反映した手法で造られ描かれたものらしいと、ガイドさんに説明

されるとなるほど。でも説明を聞きながら、効率良く順路を廻ってくれるツアーは、やはり

私達無駄に歩きたくない人にとっては好都合。以前何かのTVで見た事もあったが、

当時中国の青磁器が贅沢品としてもてはやされていたとの事で、見慣れたアジアテイストの

青磁器も多く見られた。絵画は、30×40cmぐらいのサイズで1年弱掛けてのんびり

適当に描いている私にとって、大きさと緻密さには目がくらむものばかりだった…。

 

 
ルーブルにあるのとは、ナポレオンの妹の服の色が違う。

今回庭園の方まで足を伸ばしている時間は無く、解散から散策、集合までの30分弱は

庭のほんの一部に降り、写真を撮ったり、お土産をちょっと見たりしただけで終わって

しまった。

 
見えるところまで全部敷地。

 

今回の旅行は新婚旅行という名目もあり、お土産確保は始終頭の大半を占めていた。

気が付いてみると自分達の物をほとんど見たり探したり出来ていなかった。

ベルサイユではダーの方のお土産で、後で名店と知ったが“Laduree”でマカロンをゲット。

私、妹に貰ってバックでここの持ってたわ。なのに、自分達は後々“マカロン食べてない

じゃん!”と空港で買った始末。

そしてこれも自分の買ってこれば良かった、母にはワインボトルの栓で、トップにフランス王家の

ユリの紋章が付いているものをゲット。至る所に大なり小なりこのマークが入っていた。

 

当時の人達はいつ襲われてもいいように、背を起こしたまま寝ていたそうで、ベットの長さが

短かった。そんなんで寝れていたのだろうか、襲われる事を過程して生きていなくては

いけなかったとは、王家・貴族も贅沢を贅沢と認識していたのだろうかと思ったりもした。

 

昼はついていないツアーだったので、昼過ぎにはまたパリに戻って来た。この日の予定は

夜の“セーヌ川ディナークルーズ”まで、帰国まで残された唯一のパリ散策時間。1泊目を

したホテルに私の服を取りに行き、オルセーに行き、エッフェル搭に行き、お土産も買える物は

買い…。すでに身体がついて行けてない…。少しでも体力温存しなくては…。

 

そして1泊目の宿泊ホテルへ取りあえず向かったのだった。

3月21日(水) 『モンサン・ミシェル2日目 ②』

 

 

一度ガイド付きで見た修道院内は、やはり2回目、ゆっくり写真を撮りながら、土産屋を

物色しながらでも時間の潰し方に困った…。お茶 をしたり、階段の石畳に座って

寝ていたりもしながらなんとか時間を潰して、帰りの“日帰りツアー組”と合流。

 
疲労感たっぷり…

 
 お天気には恵まれました 

 
 イケメン、ミカエルと  

 

ここで前日朝配られた日程表にあった疑問点を2日目のガイドに聞いてみた。

私達は解散場所がオペラ座近くとHPで見ていたので、夜9時頃付くパリのオペラ座近くに

ホテルを取っていた。しかし日程表には集合場所のパレロワイヤル近辺解散と書いてあった。

そこからではメトロを乗り継いでホテルまで移動しなくてはいけない。何の為にオペラ座近くに

ホテルをしたのか。 するとガイドはHPでの内容な知らなかったようだし、そういう事でオペラ座

近くにしたのだからその近くで降ろしてくれと言うと、運転手と相談したが出来ない、

パレからオペラ座もそう遠くないですよね。と。なら送って行けるはず! 結局降車場所は

変えて貰えず、この距離でお二人でお荷物もあるならタクシーで行かれた方が。とタクシー

乗り場を教えてくれた。旅にはこんな事もつきものか。全く融通の利かない会社だ。

 

帰国後事件があり問題にもなっている“バスツアー” だが、フランスでは1人が運転出来る

距離が日本より短いのだろう、片道4時間ほどのモンサン~までの日帰りツアーでも、

運転手は2人乗っていた。バスは後日他の地方へのツアーでも参加したのだが、パリから

ちょっと抜けるとのどかな田園風景になる。牛・羊・馬、地方によっては一面の葡萄

(ワイン )畑…。原発らしい形状の建物もちらほら…。“地震が無いのかな。”とダーと話すことしきり。
トイレ休憩で寄ったサービスエリアで、ダー初の海外買い物をさせてみた。

値段の分かっている物をレジで出すだけだものね。ちょっとずつ私との買い物に慣れて

来ていたダーも、“メルシー”ぐらいは声が出せるようになっていた。(笑)某TV番組の

“はじめてのおつかい”の子供も見守る母のような気持ち 何事も経験だ。

 

この頃からだっただろうか、いつ。とはっきり今でも分からないのだけれど、何をやっても

丈夫な私の腹具合が悪くなっていた。 ず~っとゆるい。 でもお腹が痛い訳でもない。

ただ取ったものが全て水分のような状態で出るし、この私が食欲が無い…。こんな事は

始めての愛猫ハリーが居なくなった時以来だ。食べ物を見ても食べたいとは思うのだが、

胃のあたりが風船でも入っているかのように、飽満感でいっぱい。朝食はガッツリ食べたし。

 

話は変わって夜9時頃、解散場所のパレ・ロワイヤルからタクシーに乗り、残り3泊する

オペラ座界隈のホテル“ホテル・コロナ・オペラ”へ。

http://hotels.his-vacation.com/jp/jp/HotelDetail/PAR00062.aspx

ここは宿泊地区からH.I.SHP経由で探したホテル。条件は“価格” “ロケーション”

“バスタブ” “エレベーター” “ドライヤー”(←荷物減らしたかったし…。)

乗ったタクシーの運ちゃんはアジア系顔で何か言ってくれていた。最初聞き取れなかった

のだが、同じアジア系の私達に自分が“カンボジア人”だと言ってくれていたのだった。私も

“アンコールワット”に行った事あるよ。と話をした。路地でタクシーが止められた。この国、

ちょっとでも隙間があろうならと言うくらい、縦列で路肩に駐車しているのだが、これまた

アジア系(日本人にあらず!)がデカい車で(TOYOTAで言うならハリアーぐらい)、“そりゃ

無理じゃん?“という位の隙間に何度も何度も何度も!切り返ししながら駐車しようと

している…。こうでないとパリには住めないのかぁ…。まず大型車は少なかった。お国柄、

また学ぶ事あり。

 

NETからの予約だったし、着く時間も9時は廻ると言う事でメールは送っておいたものの、

不安ながら着いたホテルは怪しい路地の奥…。 運転手にここか?と確かめタクシーを降りて

しまったが、なんだか治安も悪い?でも結構表は人通りの多い繁華街だし、なんせH.I.S

HPに出てるくらいだしと、全て手配した自分が不安がっていては、何も分からない

ダーも怖がらせてしまう。と着いてみたホテルはなんだか向かいもホテルだった。 多少遅い時間

だったせいか受付も穏やかなロマンスグレーでダンディで親切なおじさま。 古く・シンプルで

狭い(パリでは当たり前かも)造りながら、冷蔵庫も付いているし、清潔感のあるホテルに

安心し、また入浴剤を投入した風呂 で一息つき、私の腹は飽満感でいっぱいだったので

新婚旅行なのに可愛そうにダーは、買ってあったサンドイッチとシードルぐらいで部屋食し、

就寝。疲れていたせいか、二人とも気持ち良~く爆睡。翌日は多少集合時間に余裕が

あるとは言え、(初日の宿では翌日出発が早く、朝食を看板猫と共に取れなかった…)

ベルサイユ宮殿半日ツアーへGO