1988年 昭和63年
昭和64年が7日間で終わってしまったことを考えると、実質昭和の最後の年と言ってもいいだろう。
時代が大きく変わろうとてしていたこの年、自分も人生のターニング・ポイントを迎えた年であった。そういえば平成を目前にしたこの年は、青函トンネルと瀬戸大橋の開通で、日本列島の交通手段も大きく変わろうとしていたな。
日本のロック界にもバブル期が訪れたかの如く、ライブハウス級のバンドが次々とメジャーデビューを果たしたり、ホールクラスの会場でライブを行うようになった印象で、ベーシストが元サンハウス、シナロケの浅田孟に代わったARBが日本武道館で公演を行ったのもこの年だ。
で、今回は自分がこの年よく聴いていた3枚のアルバムを。
クラブ・ザ・スターからリリースされたストラマーズのファーストHERE’S The STRUMMERS!
この時の正式メンバーはイワタ、ナカズ、キンの3名。メジャーデビュー前にはキンが抜け、ナカズもメジャーデビュー後バンドを去り、イワタに至っては2017年5月9日50歳の若さでこの世を去っている。
しかしオリジナル・メンバーが一人もいなくなったストラマーズはイワタの意思を引き継ぐように今も活動を続け、このアルバムに収録されている多くのナンバーを歌い、演奏し続けている。
パンク・ロックの熱さをベースにしつつもどこか日本的な蒼きメロディーが印象的で結構気に入って聴いていたが、その後、少し敬遠していたのはイワタの独特なリーゼントスタイルがどうにも苦手だったというだけのなんともな理由だったような・・・。
それはそれとして、今もこの蒼さと熱さを色褪せることなく聴くことができるのは曲の良さ故だろう。
この後メジャーから数枚のアルバムをリリースすることになるが、実はインディーズに再度戻ってからの数々のアルバムがどれも素晴らしい仕上がりでお勧めだ。
スター・クラブの人気をメジャー級に押し上げることになったROCK’N ROLL RIDER。
このアルバムはハードなパンク・サウンドでありながらも、スター・クラブ史上最もポップなメロディーの曲が並んだ(と勝手に解釈しています)名盤。
冒頭のROCK’N ROLL RIDERからDEADLOCK STREET、NOW AGAINまでの流れは、数あるパンクアルバムの中でも群を抜いて圧巻だ。
20代前半から今に至るまでG-SHOCKのダイバーウォッチを身に着けているのは、この頃のヒカゲの腕に光るダイバーウォッチに憧れて(笑)そのくらい、この頃のヒカゲは全てがサマになっていた。もちろん、このアルバムも。
エコーズのHEARTSが5作目にしてサウンドも歌詞も最も直情的(ロックン・ロール)なアルバムに仕上がったのは、前作のコンセプト・アルバムGOODBYE GENTLE LANDからの反動か。
それまでのどこか若き日の鬱屈した思いをサウンドと言葉で表したような作品も好きではあったが、盟友今川とバンドを始めた頃のことを歌ったと思われるTug of Streetに代表されるいかにもな感じが今までになく新鮮で、何度も繰り返し聴いていたっけ。
エコーズの人気が急上昇したのはこの後のZOOのスマッシュ・ヒットがあったからだろうが、このアルバムが果たした功績も案外大きかったのではないだろうか?
ここからは個人的なこの年のターニングポイントの話。
この年、高校時代の友人二人とパンクバンドを結成して東京に出ようぜ、という話になった。
この時23歳、高校を卒業してからまともにバンド活動もしていなかったのにも関わらずの無謀さ。
前年、東京から彼女が戻ってきたばかりなのに、今度は自分が会社を辞めて東京に行くことを決心し、親にもそのことを伝えた。
しかながら、個人的にいろいろあって自分だけ東京行きを断念、友人二人だけで東京へ。(自分は結局会社は辞めずその年に結婚し、ごくごく普通の暮らしを・・・)
上京した二人が一緒にバンド活動をすることはなかったが、一人はボーカリストとしてホコ天なんかで活動したバンド(確かこの時のメンバーの誰かはプレイグスってバントでメジャーデビューしたはず)を経て、リアルハードパンクバンドTHE TRAVISを結成、インディーズながらもシングルとアルバムをリリース。
雑誌DOLLにもインタビュー記事が掲載されたり、メジャー会社のクラウンからリリースされたオムニバス盤に参加する等メジャーデビューも⁈と思っていた矢先に惜しくもバンド解体。
ターニングポイントを一緒に迎えたにも関わらず別々の道を選んだ我々だが、その友人は有言実行の如く東京で闘かい、人生にその爪痕を残した。否、会社員生活と並行して今でもベインビールというバンドで闘い続けている真のファイティングパンクロッカーだ。
それなのに自分は今、何と闘っている?こんなだらけた暮らしを続けてていいのか?と自問自答を繰り返しながら、せめて何か爪痕をとブログを続けているってところだ。
あの時彼と一緒に東京へ行っていたら?なんてことを考えたことなんかないなんて言えば嘘になるが、案外自分の選んだ道も悪くはなかったよと、彼に語れるくらいはちゃんと生きていたいと思い続けた、ターニングポイントからの35年ではあったのだ。
ということで、ちょっとだけ過去(昭和の終盤)の蒼き日々を振り返ってみたシリーズはここまでにして、次からはまたいつもの感じに戻ることにしよう。
今週も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。