8月8日オリビア・ニュートン・ジョンが亡くなった。

彼女の音楽を熱心に聴いてきたわけではない。というか、ほぼ聴いてこなかったと言っていい。それでも60歳近くになってあの透明感のある声にどこか癒されたいという気持ちがあったのだろうか、ほんの数か月前に初めて彼女のアルバムを2枚レコードで購入していたので、このタイミングでの訃報は少し驚きだった。


彼女を初めて知ったのは小学6年生の時、当時毎朝登校前に必ず見ていたテレビ番組おはよう700のテーマ曲カントリーロードだったか、同じ年にヒットしたジョリーンが先だったのかは定かではない。ただ、どちらもサビだけは英語で歌えるほどだった。


その後ジョン・トラボルタとの共演映画グリースを映画館まで観に行ったのは中学2年生の時。確か同じ歳のいとこと一緒に観たはず。
ジョンと共にかなりの年齢でのハイスクール生サンディ役はどうみても首をかしげざるを得ない感じだったのに、40年以上過ぎた今でも時折りふと観たくなるのだから、リアルさとは別なところで愉しめる映画だったのだろう。


劇中、皮ジャンにカーリーヘアー姿の彼女よりポニーテール姿の彼女の方が断然可愛らしくこの目に映ったのは、彼女にあの透きとおった声と同質のモノを求めていたからだったからなのかな?と思うのは、大ヒットしたフィジカルのPVでのエアロビ姿にも全く興味がもてなかった(もしかしたら嫌悪してたかも)ことからも明白。

フィジカル以降この歳になるまですっかりご無沙汰だった彼女だが、今こうやって彼女のレコードに針を落として彼女の声に触れていると小学生の頃の登校前の情景、背伸びしてなんとか大人ぶりたかった思春期の頃、田舎町の独身寮でMTVを観ていた深夜の時間なんかが次々と思い浮かんでくるのだから不思議である。


そういえばジョリーンは小6の冬休み、200㎞ほど離れた従兄弟の家に遊びに行ったときに一つ上の従兄が買ったシングルレコードの一枚だった。その時3つ上の自分の兄はウイングスのLPバンド・オン・ザ・ランを、自分か同じ歳のいとこのどちらかはあのねのね(!)のLPいつまでもあると思うな人気と仕事を買って、それぞれを1週間ほどの滞在中にみんなで聴きまくってたんだ。

高校の頃まで続いた年に2回の従兄弟たちと過ごす一週間。この一週間は必ず大喧嘩もあったけどホントにホントに楽しい時間だったが、一つ上の従兄は高校を卒業して間もなく不慮の事故で亡くなってしまった。
同じ歳のいとこは北海道を離れて暮らしていて、今では会う機会はすっかりなくなった。それでも久しぶりに会ったとしたら、今でもあの頃みたいにキラキラした時間が過ごせるのかな?と、オリビアを聴きながら少しだけ感傷に浸る土曜の昼下がりであった…。