音楽に目覚めた中学生時代はいろんなジャンルのものを聴いていた。きっと45年以上に及ぶ音楽との付き合いの中で一番たくさんのジャンルの音楽に触れていた時期だったろう。
今となってはあまり聴くことがなくなったフォークソング、70年代半ばくらいからはニューミュージックと呼ばれていた辺りも中学生時代に限ってはよく聴いていた。
なんといっても初めてギター(ガットギターね)でコードを掻き鳴らしたのが井上陽水の夢の中へ、アルペジオを覚えたのがイルカのなごり雪で、小さな恋に破れた日々に聞いていたのがふきのとうの風来坊だし(;^_^
まぁ、いかにも70年代を生きていた少年というところ。
そんな中でもアルバムも買ってコンサートまで行くくらいよく聴いていたのが、北海道の足寄町が生んだスーパースター(?)の松山千春。
6つ離れた従姉にデビュー曲旅立ちのシングルレコードを聞かされたのが出会いだったのか、たまたま寄ったデパートの屋上で彼の弾き語りイベントを目撃したのが先だったかはいまいち思い出せないが、北海道のローカル局STVラジオのディレクターに見出されて(この辺の逸話は有名ですが)デビューしただけあって、ラジオのスイッチを入れると旅立ちがよくかかっていたし、松山千春自身もよくSTVラジオに登場していて、デビュー当初から地元北海道ではかなり名は知られていた。デパート屋上のイベントもそのSTVラジオの収録だったはずで、彼の歌はもちろんだけど歯に衣着せぬ語りっぷりにすっかり魅了されて、すぐにデビューアルバムの「君のために作った歌」を買ったんじゃなかったかな。
いきなり1曲目に「かざぐるま」みたいな曲をもってくるかー、よほど自分の歌、歌唱力に自信があるんだなと思わされるこのデビューアルバム。
大空と大地の中で、旅立ち、オホーツクの海、君のために作った歌、足寄より、銀の雨、この道より道廻り道、ためらい、今日限り、初恋、おやすみ、と最後までどれも飛ばすことなく聞き入ってしまう、自分としては松山を聴くならこれしかないでしょ的な名曲揃いの一枚。と言っても、自分は中学生時代にリリースされた4枚のアルバムしか聴いていませんが(笑)
↓この2曲は名曲中の名曲!
2枚目の「こんな夜は」は前作の1曲目「かざぐるま」から一転、少し軽めのテンポで進む「雨上がりの街」から始まる。
が、前作に感じられた北海道にも似た壮大さは少し薄れ、ちょっとだけ陰の感じるアルバムに思えるのは前出の彼を見出したディレクターの早逝が影響しているだろうか。
それにしてもこの頃の千春は今からは想像もできないほどの長髪美男子。アルバムインナーの写真を眺めては自分もこんな風になりたいななんて思っていたものだ。現在の彼を見ても全くそう思いませんが・・・。
このアルバムではちょっと陰を感じる中にあって、1曲目のように軽めのテンポで進む「南風にのせて」や「君が好きさ」、「君はそばに」あたりをよく聴いていた。
続く3作目「歩き続ける時」がリリースされた頃には「季節の中で」が大ヒットして全国区のスターに駆け上がってたんじゃなかっただろうか。
それでもそのヒットシングルが収録されていないこのアルバムはファーストアルバムを春・初夏バージョンにしたような一枚で、ボサノバ調の「踊りましょうか」なんかは気に入ってよく聴いていた。
4作目「空を飛ぶ鳥のように野を駆ける風のように」は、しっとりと聴かせる「街」から始まる。
2曲目「酔っています」は前作の「踊りましょうか」に近い曲調で都会で苦悩する青年の心情が歌われる。このアルバムはそんな若者の苦悩、故郷に思いを馳せる情景が描かれた一枚かな。タイトル曲の「空を飛ぶ鳥のように野を駆ける風のように」はそんな若者へのエールとも言えるかも。
このアルバムも気に入って繰り返しよく聴いていた。にも関わらず、これ以降彼のアルバムに手を出すことはなかった。単純に自分の嗜好がすでにロックへとシフトしていたからではあるが、この頃登場したパンクバンドのアナーキーがその曲の中であからさまにニューミュージックと呼ばれた連中、松山の歌の女々しさを批判していたのが影響していたのは否定できない。曲のタイトルもずばり「季節の外で」だし。
まぁ、若さゆえの大きな勘違いであることに気付くまでにはそれなりの時間を要したわけだが、今ではパンクもフォークもニューミュージックもジャンルに関係なくいいものはいいと思えるようになったのがせめてもの救い。とは言いつつ、空前の大ヒットとなったロックテイストも感じられる「長い夜」だけは、今でもそんなに好きにはなれない一曲。
それから25年の時を経てヒットした「君を忘れない」のように、やっぱり自分にとっての松山千春はデビュー当時に魅了されたあの北海道のような壮大さにあるってこと。
ということで、自分にとって松山千春といえばやはりデビューアルバムの「君のために作った歌」に限るとなるわけで、そんなところは長年の松山千春ファンの皆さんからは大きなお叱りを受けそうである・・・。
そういえばあの頃、自分も好きになった女の子のために曲を作ってみようとガットギター片手に覚えたてのコードを真剣にポロポロとやってたな。
今となっては恥ずかしい限りです(汗)