僕は音楽評論家ではないし、言葉を紡ぐことを生業としているわけでもなく言葉の在庫も著しく持ち合わせていない。音楽を聴いてもそれが好きか嫌いかは感覚的にでしか判断できないので、なぜ好きなのか嫌いなのかを明確に言葉で表すこともできない。おまけに、演奏のテクニカルな部分についても全くの門外漢であり、演奏の良し悪しを問われても答えを持ち合わせてはいない。

なので、好きなバンドやアルバムを紹介したくてもそれをうまく伝えられないことに大きな苛立ちを感じてばかりである。それでも紹介したいものはやはり紹介したいのでこうやってブログでその思いをしたためるのだが、思い入れが強いバンドであればあるほど書いている最中も書き終わった後もひどくもどかしさだけが残ってしまうのだ。今回は少しでもうまく伝えたいのだけれども、きっと駄目なんだろうなぁ(すでにこの気持ちすらもうまく表現できていないという・・・)。

今回紹介するリザードは多くのロックフリークが知っているとおり日本パンクの一大ムーブメントの東京ロッカーズの中核としてその存在を世間に大きく知らしめた。

僕がリザードと出会ったのはこの東京ロッカーズとしての活動に終止符が打たれて間もなくの頃、1979年11月に行われた神奈川大学でのElectric Circuit80’sというイベントを紹介したロクfの記事か、1980年1月に放送された金曜娯楽館というTV番組のニューウェイブ特集のどちらが先だったかは今となっては思い出すことができない。
ただ、どちらもヒカシュー、P-モデルらのバンドとともに紹介されていていずれのバンドも強烈な個性を放っていたという記憶がある。リザードは黒のツナギでキメていて(キーボードのコーだけはスペースファッションだったかも・・・)、特に金曜娯楽館ではワカ(ベース)の黒いツナギに加えて頭からタイツみたいなものを被ったいかにもなスタイルの強烈なキャラクターと、「Viva TV!」の叫びと合わせてプラカードが掲げられる光景がとにかく印象的だった。
ということで、これをきっかけにすでに発売されていたリザードのファーストアルバム「リザード」を購入するのだが、これが中学卒業前だったのか高校入学後だったのかの記憶が曖昧なところがなんとも情けない。

アルバムジャケットはその後テレグラフレコードを立ち上げる地引雄一氏が撮影した京葉コンビナートのチッソ五井工場のモノクロ写真(月の周りだけが黄色く彩れている)で、アルバムのサブタイトルのように使われていた「鋼鉄都市」のイメージ、それにアルバムそのものの内容とこれ以上ないくらいにマッチしたものであると個人的には思っている。

このアルバムは当時すでに世界的なロックヒーローとして君臨していたストラングラーズのベーシストJ・J・バーネルが自らのオファーでプロデューサーとして参加、録音されたことはあまりにも有名な話だが、確かにこのアルバムで聴くことができるキーボード(シンセサイザー)とベースが前面に出されたクールなサウンドは当時のストラングラーズにかなり近いものであったのは僕としても反論はできない。

ただ、それはJ・J・バーネルがプロデューサーだったからということだけではないということは、アルバムが録音されるより前の東京ロッカーズ等での活動時のライブ音源を聞けば明らかである。

僕がこのアルバムを一言で表現するとしたら「硬質なビートの塊」といったところなのだけど。まぁ、音楽は聴く人の感性によって受け止め方がそれぞれ違うものだから、僕は僕なりの感じ方でよしとしよう。

アルバムA面は、キーボード、バスドラに続くベースの印象的なリフから、”子供たちは空を見上げて来たるべき時を待っている”、”GOOD-BYE OLD WORLD”、”古い殻をぶち壊せ”、”CHANGE-CHANGE-CHANGE-CHANGE!!”と、モモヨのジョニー・ロットンのそれとはまた違う特徴的なしゃくりあげた声で新時代の到来が歌われる「ニュー・キッズ・イン・ザ・シティ」から始まる。これを聞いて新時代の幕開けだ!とは思うことはなかったが、僕のリザード傾倒時代の幕開けではあったな。

A面最後の「記憶/エイシャ」はアジアの国々を意識して作られたようだが、僕にはあまりにもきれいな旋律と「充血した景色を もう一人の僕が カメラをこわきに かけぬけていくのさ そしてはるか彼方 遺伝子にもぐりこみ 遠い記憶の扉をノックする」という歌詞にインスパイアされ、この曲を聴くたびに血管の中から遺伝子へと旅
する自分を想像してしまうばかりで、思いがアジアへは辿りつかないのが残念といえば残念である。

B面は金曜娯楽館で演奏された曲「T.V.マジック」で始まる。「モラルヲ ツクルノハ ワタシダ ジダイヲ ツクルノモ ワタシダ」と歌われる通り、ネット時代が来るまでのTVの力は絶大だったな。この曲もキーボードとベースが前面に出ているのだが、その裏で聞かれるリズムギターが実は素晴らしいのだ。

このアルバム全体を通じてギターは目立つ存在ではないのだが、どの曲でも正確にリズムが刻まれるカツのギターが素晴らしいエッセンスであると感じれるようになったのはかなり後からである。

3曲目の「モダンビート」は、ミディアムテンポとは思えないほど曲に力強さを感じるのは骨太なベース、小刻みで正確なリズムギター、それとは逆にモモヨの妙に抑えた歌い方のコンストラクトによるものなのか。

また、このアルバムの中では珍しく、短くはあるのだが綺麗なメロディのギターソロが聴けるのもお勧め。

ラストを飾るのは「王国」。この曲は前身の紅蜥蜴のアルバムにも収められており、また、サードアルバムの「ジムノペディア」はこの曲のエンディングのインストから始まりラストもこのインストで終わるというように、リザードにとってかなり重要な位置づけの曲であるようだ。

「少年がベッドで死を思う時に・・・ 少年はもはや世界に溶け込み・・・彼の王国は近い・・・死の国はもうすぐ」と歌われており、もしかすると、アルバムの最初では空を見上げ新時代の到来を待っていたはずの少年がいつしか絶望を感じ、最後は同じ空から死の使者が降り立ち彼は死の世界へと導かれることで結実するというトータル的な作りがなされていたのだろうか。

モモヨの自伝的小説「蜥蜴の迷宮」にはこの王国に関する興味深いエピソードが書かれている。レコーディングの際、このB面ラストを飾る曲の終盤に収録する鐘の音でプロデューサーのJ・J・バーネルと意見が対立したそうだ。モモヨは教会のチャイム、J・J・バーネルは寺の梵鐘をそれぞれ主張したそうだ。結果的に収められたのはどちらつかずの音になったようだが、この小説でモモヨはジャンの意見が正しかったと告白している。それはアルバムのラストと一年の終わりを重ねることにより導かれるもののようだが、その後どのようにその思いが結実されたかも含め詳しくは小説に譲ることにしよう。

いずれにしても、鐘の音ひとつにも意味がありそれをどう表現するかまで真剣に考えるのだから、一枚のアルバムを作成するためにミュージシャンはどれだけの労力を使うのだろうかと思わずにはいられない。

なお、このアルバムは原盤制作をバンドが行い、ディストリビューションをキングレコードが行うという少し変わった契約形態だった。そのため、バンドはロンドンでのレコーディングのための渡英費用を含めた多額の資金を準備する必要があったようだが、良質なロックバンドがメジャーのフィールドで活動するためのひとつの試金石となったのではないだろうか。

リザードのバンドとしての絶頂期はこのファーストアルバム発表前後のモモヨ、カツ、ワカ、コー、ベルの5人で活動していた頃と言われている。雑誌で紹介される記事やライブの写真等からもそうなんだろうなと想像できる話ではあるのだが、作品を含めたトータルのクオリティという観点ではまた違ってくるのではないだろうか。

このアルバムの次に発表されるバビロンロッカーでは、J・J・バーネルのプロデュースではなくな
ったということよりもモモヨの盟友であるギタリストカツの脱退が影響してだと推察するが、ここで聴くことができるサウンドは前作と同じバンドとは思えないほどの大きな変化を遂げている。まぁ、サウンドの変化はこのアルバムに限ったことではなく、リザードはアルバムを発表する毎にそのサウンドを毎回大きく変化させ、それがどれも素晴らし内容になっているのだからバンド活動の絶頂期≠作品のクオリティというのは明らかだ。特にメジャー期の3枚は発表する毎に前作を大きく上回るクオリティーの高い作品となっていて、そのようなバンドを僕はリザード以外知らないくらい素晴らしいバンドなので、少しでも気になった方にはこのメジャー期の3枚をまず聞いていただきたい。


さて、以前のブログで高卒後の就職に向け学校へ提出した履歴書の尊敬する人の欄にモッズの森山達也ともう一人のミュージシャンの名前を記したことについて記したことを覚えている人はいるだろうか。実はそのもう一人というのがリザードのモモヨである。ただ、さすがの僕もモモヨと書くことにはためらいがあり、彼のペンネームである「菅原庸介」と記したことは許されるよね。



お勧めのパンクバンド「ベインビール」。次のライブは決まっていないが、次はなんとか札幌から駆けつけたい。