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まゆきのきまま

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コレ迄 そして コレカラの生き方を考えると
昨日とも今日とも断絶した時間(とき)を
天使とも悪魔とも隔離された日々を過ごす
「墓石にツバを吐くような…」てのは大袈裟だが
ロクな人生を歩んできた訳じゃないのは自負してる
コノ先も続くと思うケド それでも
まとも(正面カラ向き合った)な日々を
過ごしたい希望は少なくともある


まぁ自分の信じる路を信じて そのまま行くだけなんだがな




元気カナ!?



ゆーやとゆーた



10代で熱心に聴いた曲は年齢を重ねても
快く耳に響く。


繭喜の場合 米の流行歌カラ入って チャックベリーに
辿り着き 一時 どっぷり浸った。




歌詞にひかれたネ:->



飾りのない声が伝えるのは軽快なリズムの奥に米の鬱屈が
見えたョ



ベリー自身 荒れた青春時代を送ったらしいケド
少年院に収容㊥コーラス団を作り ゴスペルを唄った。

クラブで稼げるよォになったのは出所後だ



「メイビーン」が当たり20代末で全米デビューした。


「ジョニー・B・グッド」「ロール・オーバー・ベートーベン」で
名声を掴む。



皆んな逝っちまう。





まぁソノ生涯を貫いたのは10代の頃と変わらない
無鉄砲さと権威に屈しない反逆精神なんだろォな!?





真夜中の電話 携帯の向こう黙りこむオマエ
「逢えない夜は哀愁(わかれ)より辛いョ…」
囁いた口唇が切ない



バーボンのグラスを片手にオマエ 熱い瞳で
「わたしの愛と同じようにキクョ…」
囁いた眼差しが眩しい





時はいつでも過ぎ行く想いでを語るケド…






今もハートはアノ日のままさ


退院

さらば美山…そしてH 川病院

去るモノ 再入院するモノ…繭喜は周囲の手前 帰らないケドね


入院生活に慣れているのか(!?) ⑤時AM
鉛のように重たくベッドから目覚める

ホールヘ煙草を吸いに行くと Sと同室のTが
既に病院外周のウォーミングアップをしている様だ


繭喜はそのままベッドヘ戻り浅い眠りに(眠)




6:30AM 瞑想

最後の瞑想だ…過ぎ去った89日間が少しずつ甦る
昨夜の瞑想のほうが重かったカモ!? まぁ繭喜が
最後てのもあったケド

7:00AM 朝食

いつもの食パンとミルク (イチゴマーガリン)小鉢は
マカロニサラダ+ボイルウインナー

8:00AM

ラヂオ体操(さぼる奴 多)コレ第②までやるんだよネ:->




朝食後 外で一服(-.-)y-~ いい天気だ



208号室ヘ戻り荷物整理

9:00AM 前にナースステーションヘ
挨拶を済ませ通院までの薬を貰い街路への
扉を開く




神山(看護師)がエレベーターまで見送ってくれた





出棟前に一服 (-。-)y-~
八王子駅行のバス停ヘ




今日で全てが終わるさ
今日で全てが変わる
今日で全てが報われる
今日で全てが始まるさ…

行軍

アルコール治療プログラムの 1つで「行軍」という集団で
目的地まで 8~12㌔程 歩くてのがある
(作業療法士 看護師が同行)

その目的は
今の自分を知る
辛い苦しい場面でもやり通すという気持ちを持ち続ける
参加者同士で協力し合ってゴールを目指す

しかし素面(しらふ)でコノ距離は…なんて
結構いい気分転換になったョv

ゆくさきゃ[八王子城跡]!!

初春の風と木々のかほりが心地よい

昼食は 焼肉弁当 唯一 嬉しかったのは
ゆかりちゃんが一緒だった…といっても
御飯のふりかけに紫蘇がかかってただけなんだケド




外泊訓練オリエンテーション

主治医の診察で外泊許可が下ったら外泊に出る
病院内はアルコールを販売してる所や誘惑も少ない環境だケド
退院後の断酒生活に慣れる為の訓練や目的をしてる訳だ

出棟は朝 9時~夕方16時までの大体ミーティングなどがない
休みの土曜日カラ日曜日にかけて
はじめましてのおつかいみたいな

そして「外泊㊥の行動計画用紙」に外泊㊥のスケジュールを
担当看護師 ゆかりちゃんネ:-> と危険と思われる
時間帯の過ごし方について一緒に考える 繭喜の場合

1)自分を客観的に見る
2)対処行動習得の再確認
3)自主性・意欲の向上
4)実際以上に過信しない事

気院後はアルコールチェックと安全確認の為の持ち物検査が行われ
外泊の振り返りをさせられる

繭喜的には教育治療プログラムによって「生か死」てゆー考えに
洗脳(!?)されていたのか飲酒欲求は余んまり起きなくなってた
ノンアルコールは呑んだけどネ:->

病棟だと眠りに付くまで時間がかかり煩悶するんだが
久しぶりの自宅、自身の部屋での就寝だったのか コノ時は
いつの間にか眠りに付いてた

まぁ生活の一部となってる「PUNK'N ROOL」があったしな



酒害教育

アルコールは肝臓で分解される訳だカラ アルコール依存症者の
80㌫は肝障害を持ってる

高血圧 黄疸 全身の倦怠感などの症状(←繭喜あった②)
脂肪肝→慢性肝炎→肝硬変と進んでそのまま呑み続ければ
死亡する 肝硬変カラ派生する食道静脈瘤破裂による
大量出血で死に至る事も多い(幸い繭喜は大丈夫だった)

で依存症の人は大概 栄養失調だ!!何処の病院の食事も所謂
肝臓常食(食事療法)を用いてる 「神経系の病気」は脳と末梢神経で
①前頭葉の萎縮
②痴呆
③脳卒中
④慢性硬膜下血睡
⑤末梢神経障害
らの症状が起こる:-( 繭喜の足指先が痺れてたのも そォいう訳
(手がつったりとか)何んか脳も萎縮してるよォな気がするな(笑)

断酒後 6~12時間後に起きる「離脱症状」(禁断症状)
不安 苛々 錯覚 不眠 音に敏感になる 動悸 発汗 血圧上昇 血液の振顫(しんせん)
12~48時間後に起きる症状「アルコール性てんかん けいれん発作」
「アルコール幻覚症」と繭喜教育通りやってたじゃん(苦笑)
「膵炎」「肝性昏睡」「マロリーワイス症候群」あと繭喜が手術入院した
「大腿骨骨頭壊死」など②…ふぅ

で依存症カラの回復者が少ないのは「否認」の病だカラだ!!

自分が どォしても認められず再飲酒を繰り返してしまう
勿論 周囲(恋人 友人 家族)は依存を止めさせよう飲酒をコントロール
しようとする コノ被害者でもあり支え手でもある人を飲酒の
「イネブラー」というんだケド…共存依の周囲は依存症者の為に
生きるべきだと思う 依存症者をコントロールしない イネブリングしない
呑む呑まないが放っておく

やがて本人は身体的 精神的にボロ②になってしまう

コレを「底つき」という(←あの頃の繭喜もネ:->

コノ時 初めて手を差し伸べましょう
放っておいたら 死ぬしネ:->





↑タイトル意味無

繭喜が入院㊥の【㍻ 29年2月1日~4月30日】迄の
89日間を幾つか綴ってみよォか!?

しかし入院日数が 89(パンク)とは(苦笑)

ぁ"ゴロ合わせな



八王子市 H 川病院 A2病棟(アルコール治療専門病棟) 208号室


主治医:青木孝之

担当看護師:海〇〇根ゆかりちゃん






ここカラ繭喜の入院生活が始まった



アルコール依存過程の説明後「アルコール依存症入院診断書」に
同意(サイン)をし それから各種検査ヘ

「血液 尿検査」「レントゲン」「頭部CT」「心電図」etc


1日のスケジュール

6:00 起床 シアナマイド服用 ※①
6:30 瞑想
7:00 昼食 朝薬服用
8:00 ラジオ体操
9:00 検温 血圧測定
11:00 リハビリ マシントレーニング
12:00 昼食 食薬服用
13:00 週間治療プログラム ※②
15:00 入浴(火、金)
18:00 夕食 夕薬服用
18:30 瞑想
21:00 就薬服用
22:00 消灯


入院したての頃は何が何んだか分からなかったけれど
そのうち知り合いも出来て病院の仕組みも段々 分かってきた







以前 繭喜が広告代理店に就労時 クライアントの集金を担当してたんだケド( ̄▽ ̄;)…領収証を書く際に手が震えるんだよネ:->

「はは…アル㊥かな!?」

何んて言ってる場合じゃなくて ㍻ 17年 秋 繭喜は完全な連続飲酒状態になってた(眠ってる時 以外は酒を呑んでるとゆー典型的なアル㊥の症状)



その頃の繭喜の 1日

昼過ぎに起きて出掛ける

倦怠感

食事は一切 胃が受け付けない

近所のディスカウントストアヘ行く途中のコンビニで まず缶ビール・350m㍑を購入し店に付く頃には「よーし!! キいてきた!!」みたいな


買い物は勿論 アルコール


勤務は 18:00→25:00 なので出勤前に一杯てとこかな!?

仕事㊥は呑める環境だったので酔わない程度に…呑む(笑)

アルコールの臭いをさせない為 噛むブレスケア必須(おい②)

仕事 終り始発前に呑む

帰宅後 朝のニュースを見ながら…呑む 呑む












ある日 アルコールが一定レベル以下になると不安、苛々、焦り…大好きな女子高生までも無気力に

所謂 「離脱症状」だ!

そして大腿骨の痛みが煩い「大腿骨骨頭壊死」が判明
手術入院に到った




しかし





退院後は回復の高揚も 1→2ケ月で消え また元の依存的生活に戻ってしまい 八王子のH川病院 A2病棟(アルコール治療専門病棟)に任意入院となった





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