ダダ・タタ・ダダ -2ページ目

ダダ・タタ・ダダ

面白いこと!面白いこと!!(^O^)

一つしか違わない学年が仲が悪いのは、一つ上が初めて出来た後輩を構いたおすからじゃないだろうか。
それがウザくなって上の学年が苦手だったりするんじゃないかな。

四年と三年、三年と二年は複雑で、四年はまずそもそも下級生に興味が無かったかもしれない。自分の事で忙しいから。
ので、三年は特に委員会に所属しない限りは四年と顔を合わせない。
四年が三年を構い倒さない無関心な部分が三年に受け継がれて三年も特に二年に興味を示さない。基本的に年上とあまり関わりの無い三年は成熟度が上の学年たちより遅い。そのため二年と成熟度が大差ないので、包容力がないので良く喧嘩になり仲が悪い。

特に富松、池田は同族嫌悪で特別仲が悪い。のが犬猿Jrの発祥妄想。

高校生の頃私の世界の中心だった人達が姿を変えて(変わってないかもしれない)この世界の何処かにいるのが全くもって想像出来ない。

愛と狂気と微睡みの中で過ごした高校は、実は夢だったんじゃなかろうか。時間が経てば経つほど、ぼやけて気持ちのいい(それはネガティブな感情さえ)部分だけを包んで薄れていく。

あれほど熱狂的に狂っていたのに。
本当に、普通の顔をして狂っていた。


その延長線上にいる事だって信じられない。
世界の端っこで、ぐわぐわ鳴いてるアヒルのような自分を一度外から見てみたい。きっとそれはそれは滑稽で、楽しいだろう。鳴いてるアヒルな自分は息を切らして必死なのに。

外側からみたらきっとちっぽけで、何でもない悩みなんだと本当に思う。
けれど、鳴いてる自分は必死過ぎて視野が狭くなって、そして絶望の訪れと一緒に何も見えなくなるんだ。

客観性を失った自身の破滅は簡単で、それが起きない様に友人や他人がいるのか。そう思えるようになった。

客観性をもっと持たないと。私には何が出来るのかも分からない。
目の前には高い壁しかない。
(引いて見てみたらそれは横から行けるかもしれないが、目の前にしてる私はきっと気がつかない。)

私の安定はまだまだ遠い。