中野へ
午前中は幼稚園のお餅つきのお手伝い。
釜に薪をくべる火の番などを担当。していたマスクが真っ黒になった。
つきたてのお餅はやわらかくてとてもおいしい。
きな粉とみたらし。
食べ終わったら即帰宅。で、志村會へ向かう準備。
あまりにも髪の毛に煙の匂いがついていたので髪を洗ってから喪服に着替えた。
結局私はひとりで昼の部に参列。
花は、花屋で最初に目が合った白いチューリップを花束にしてもらった。
着いた時間は確か2時前。
スムーズに会場内に入れた。
入るまでものすごくどきどきというか、ざわざわした。
遺影を見たら、泣いてしまうだろうと思っていたから。
でも、志村くんの遺影は、「じゃあまた!」とでも言っているかのようだった。
カッコよすぎるよ・・・。
そして、たくさんの花で作られた富士山。その中央には赤いギター。
客席をぐるぐると並んで献花台へと向かう。
入ってすぐに『銀河』が流れ、『笑ってサヨナラ』の「どうしてなんだろう」のところでもうだめだった。
涙がどんどん出てきた。
『茜色の夕日』が流れたらどうなってしまうだろうかと怖かった。
献花台に近づくにつれ、志村くんの顔がはっきりしてくると、どんどん苦しくなってきた。
親族の方々にきちんとお辞儀出来ず後悔。でも涙が止まらず、お顔をきちんと見ることができなくて・・・。
自分の献花の番がきて、曲は『陽炎』に変わっていた。
志村くんに、ありがとう。また会おうね。と伝えた。
帰りに新宿のタワレコへ寄った。
志村くんが載っていたので、音楽と人のバックナンバーを1冊買って帰った。
夜、またあれこれフジファブリック&志村くん関連を探してネットサーフィン。
しばらくはきっと、寝不足の日々でしょう。
あ、今日は久しぶりにばっさり髪を切りました。
また少し、心が軽くなったかも。
ぐるぐると
久しぶりに書きます。
いまだに志村くんの死について考えています。
私はフジファブリックのライブに行ったことがないし、
シングルやアルバムも、発売日をチェックして買っていたわけではありませんでした。
何となく聴き始め、だんだん気になるようになってきて、
ライブに行きたいなぁと思い始めたところでした。
実家に帰省してまもなく、携帯でミクシィを見ていた時に、マイミクさんの日記で志村くんの死を知りました。
何があったというのだろうかと、その日からずっと携帯であれこれ検索して情報収集。
死因は結局わからないままのようですね。
こんな私でも、志村くんのこと、フジファブリックのことで頭がいっぱいなのです。
なぜ?という気持ちがぐるぐると頭の中で渦巻いているのです。
いつの間にか、私はフジファブリックが、志村正彦という人が大好きになっていたのです。
残念というか、くやしくてたまらない。
もうどうすることもできないことがくやしい。
私に出来ることと言えば、まだ持っていないフジファブリックの音や映像を
中古じゃない状態で買うことと
フジファブリックの音楽を聴き続けることぐらいしかない。
4歳の息子にも聴かせてあげよう。
志村會へは参列できそうにないけれど、心の中で手を合わせます。
まださよならはいえないけれど。