失恋した。
ここのところ恋とそれに付属品としてついてくる妄想というサービスにかまけて毎日を

過ごしていたもんだからポッカリと日々に隙間があいてしまった。
さてどうしよう?
この隙間をうめなければ、変なものがすべりこんできかねない。
ドロドロとしたネバネバとした重量感のある恐ろしいものだ。
そうだ、あの愛しい人に毎日毎日お供えしていたこの気持ちを他のなにかにお供えすれば

自然にことが運ぶんじゃないか?

そんなわけで失恋した二日後に私は土と小石を抱えて曇り空の下を歩いていた。
私の愛をこれから一心に受ける事になる植物を迎え入れる準備にとりかかっていた。
植物を愛でる事によって自分を愛でる。
驚異の愛情のキャッチボール作戦である。
私が投げたボールがはたして向こうから投げ帰ってくるのかは分からないけど、まぁそれは

今回の恋も同じだったから似たようなもんだ。
私は恐らく240球近くの球を投げ続けたが帰ってきたのはそのうち16球ほどでそのうち

5球はデッドボールだった。
私の投げたボールの多くは草むらに紛れ込み日没とともに野球少年も探すのをあきらめた。
ただ一回だけ打ち上げたホームランも一瞬の輝きと甲高い「カキィーン」という音だけを残して

空のかなたへ消えていった。
きっと今ごろはどこかの一軒家の二階の窓をかち割り、そこのカミナリ親父が私のことを

カンカンで探しているんだろう。
知ーらね。

ところで心が複雑骨折してしまった私の松葉杖は音楽だ。

音楽がないと1人で歩けない子だ。

しかもその松葉杖の強度は音楽の音量と比例しており、とくに今回の複雑骨折という事態は

iPodの音量をマックスにさせている。

詞についても重要で、人生に七転八倒しているような「もがきソング」を欲する。

前向きな歌に助けてもらうよりは、一緒にぐちゃぐちゃともがいてくちゃくちゃになって、

そのくちゃくちゃを原動力として発電するのだ。
その発電力で動く生命体。ECOだ。誰にも迷惑はかけない。

さて、あの曇り空の日も歩いて10分のホームセンターへiPodを耳に差し込みマックスの

ボリュームで向かった。

園芸人生をスタートする記念すべき日に私がチョイスしたのはバックホーンの「運命複雑骨折」

というナンバーだ。

なんて素敵なタイトル。今の心境にシンクロしすぎだ。
心境にはシンクロしているがこれから土を買いに行く人の聞くナンバーではないはずだ。

「ああ心から必要だって言ってくれ。

ああ何もかもイミテーションの世界で。

愛しい君に呪いを込めて歌い続けてくたばれ!

張り裂けそうな未来はいつだって運命複雑骨折」

ああ、もっと言って!マゾな私は熱くなった…
だけど私は土を買いに行く。
このギャップに自分で鳥肌をたてた。


ホームセンターの入口でさすがにiPodを耳から引っこ抜き、土探しを始めた。
初心者の私にはイカした作戦があった。

「土以外はまた別のホームセンターで買う」という小憎らしい作戦だ。
だって「この土じゃこの苗は無理なのにぃ」とか園芸ばちかぶりの店員に思われたら

耐えられない。そんなところはとことん格好をつけたいマゾなB型である。
それに、あけっぴろげに「園芸はじめました」みたいなメニューはかかげたくなかったからだ。
女子がロストヴァージンをしばらく自分の心の中で暖めていたい気持ちと一緒で、園芸を

始めることはしばらくは私の心の中だけでコロコロ転がしていたかったのも確かだ。
「あれ?袖のところ何かついてるよ?網?」と言われた時に初めて「あ、防虫ネットの切れ端だ。

鉢の下にひくやつ。実はね……園芸、始めたんだ!アハハ!私っておっちょこちょい~。」

みたいな具合がいい。
その後の相手のリアクションについてはもうどうでもいいけど。

というわけで土コーナーに迷わず襲撃をかけた私は立ちすくむことになる。
なんでかって土が馬鹿みたいに量が多いからだよ!米10キロどころの量じゃない。
私は鉢植えに土をひきたいだけで、花壇を作ろうとかそこまで考えてない。
そんなに本気でかかられてもたまらない。
そんな一俵と表したくなるような土を前に後退りした先に、申し訳なさそうにその半分の量の

土があった。

「誰も買いませんよね?」とでも言いたげなその控え目な態度。
しかも鉢用の土と書いてある。
私は慣れた手つき(を装って)でその土をヒョイと持ち上げた。もちろん重さ確認のためだ。
「ぎりイケるな」心でつぶやいた時に少し顔が笑ってしまった。不覚だ。

調子にのった私はさらに鉢の底にひく小石の袋も足しレジにたたきつけた。慣れた感じで。

そこで忘れもしない果たし状を受け取ることになる。

送り主は園芸ばちかぶりの店員だ。会計を済ませた後の一言がそれだ。

「おしるしでよろしいですか?」


おしるしでいいわけがない。

雨ざらしに置かれていた土と小石はご機嫌に外袋が汚れているし、何しろ袋に入れてくれれば

持ちやすいから大丈夫、と考えた上で小石まで足したわけだから。
それよりも悔しかったのはまさか徒歩で来ていないと決めきったそのセリフだ。

車で来てるに決まってると。

徒歩で土を買う人はここに居る。ああ君の目の前だよ。
私は腹式で返事をした。


「おしるしで結構です。」
満面の笑みでだ。見栄をはったとか玄人ぶったとかそんなことはどうでもいい。
今でもこの勝負は自分の勝利だったと信じて止まない。


こうして私の音楽と恋と園芸の生活は幸先良くスタートしたのだった。




【本日の園芸音楽】

THE BACKHORN/運命複雑骨折