ノーンカイに用事があったので
ラオスの首都ビエンチャンまで足を伸ばし1泊。
行く前は色々と行くところを考えていたが
着いてしまうとどこに行くのも億劫になった。

憧れのチェンライ-ラオス スエンセンピザカンパニ2

ラオスにも近代化の波が押し寄せているが
ついにSWENSENSとThePIZZACompanyがビエンチャンに進出した。

憧れのチェンライ-ラオス コンビニ

最近はこの種のコンビニストアがいくつかできている。
以前は、街の商店のような店ばかりだったのだが。

憧れのチェンライ-トゥルーカフェ3
憧れのチェンライ-トゥルーカフェ1

true coffeeも。
よく見るとタイ語ではなくラオス語になっているので
タイでないことがわかると思う。
今日はウィサカブチャーで休日。

昨日行き損ねたボンカイ地区へ写真を撮りに行く。

憧れのチェンライ-ボンカイ ロータスエクスプレス

ロータスエクスプレス。看板が残っているのみ。

憧れのチェンライ-ボンカイ標識

ラマ4通り歩道橋にある標識。
この辺りは何箇所も放火されたようだ。

憧れのチェンライ-ボンカイ
憧れのチェンライ-ボンカイ カシコン
憧れのチェンライ-ボンカイ バンコク銀行

CIMB、カシコン銀行、バンコク銀行。
それぞれ閉鎖に追い込まれた。
特にカシコン銀行はかろうじて看板こそ焼けなかったが
全焼といってもいいだろう。
なお近くにあるSCBは無傷だった模様。
この違いは……

憧れのチェンライ-ボンカイ ラマ4

焼けた標識の歩道橋上から。
19日午後、この辺りでタイヤが数多く燃やされた。
すでに平常に戻っているといってもいいだろう。
13日夜、セーデーンことカティア少将が撃たれ
騒乱が広がってから初めてサイアムへ足を運んだ。
BTSから見えたセントラルワールドは悲惨としか言いようがなかった。

その後、サートーンに行き打ち合わせ。
時間がなかったので
いつもは通るラマ4通りボンカイ方面には
足を運べなかった。
燃やされた銀行の復活には3ヶ月はかかるだろう、
とか色々な話を聞かされたが、現場を見ないことには……

復興までの時間と費用を考えると心が重くなる。

なおカメラを忘れたので、写真は撮れなかった。


今回の騒動を振り返り、
なんとかしてまとめてみたいと思うのだが
対立項が複雑に絡み合い、
さらに立ち位置によって、
いかようにも解釈できることが多すぎて
なかなかまとめきれない。

外出禁止令は時間を短縮して継続中。
24時までのはずだが
21時過ぎからスクムビットは渋滞となっていた。
久々に満員のバスに乗って帰宅。
23日に市内各所で大掃除が行われたようだ。
そのため交通機関や商店街はだいぶ元に戻りつつある。
表面上、なにも起きなかったかのように生活が始まっている。
ニュースクリップに気になる記事 が出ていた。 
この対立構造、いつになったら解決できるのか。

バスの一部はいまだに
イレギュラーなコースを走っているようだ。
目的地とは違ったコースを走り始めたので、慌てて降りた。
なにも表示は出ていなかったはず。
BTSやMRTも本来の運行状況に近づいている。
夜間外出禁止令は継続中。

アピシット首相は
本当に大変なのは考えの違った家族が
同じ家に住み続けなければならないこと、
なんてニュアンスのコメントを発表した。
これまで表面化しなかった対立項が
一度表に出てしまい、これからどう付き合っていけばいいのか
戸惑ってしまいそうなところだが
そこは世渡り上手なタイ人、上手くやっていきそうな気がする。

1泊ほどの小旅行。
宿泊先で伊勢崎賢治著「武装解除」 を読み返す。
紛争屋として有名な著者であるが
日本人離れしたその体験から生まれてきた理論は
机上の空論しかできない学者と違い、
圧倒的な現実と説得力に秀でている。
なにかこの対立が治まるようなヒントがないかと
1年ぶりに読み返してみたが・・・・・・私の頭では結論は出なかった。