1月12日、月曜日
親父が亡くなりました
享年65歳
月曜日におばあちゃんから電話がありました
久しぶりにおばあちゃんから電話があったので
「これは親父に何かあったな」とは思いました
電話の内容は、案の定親父の事でした
「親父が息をしていない!」との事
自分なんかに電話しないでいいから、すぐに119に電話する様に言いました
過去にも呼吸が出来なくて
病院へ緊急搬送される事はよくありました
今回もそんな事だろうと考えてました
17時半頃だったと思います
病院から電話があり、すぐに病院に来て欲しい
との事
「入院の説明か何かかな?」
と簡単に考えてました
また荷物なんかを持って行かないとなぁ~
なんて考えながら病院へ行きました
救急外来に行った所、とんでもない事になってました
心臓が動かない
おばあちゃんは混乱していて
まともに話が出来ないので
担当した先生に話を聞きました
運ばれてきた時点で
心肺停止から3時間近く経ってたらしいです
おばあちゃんと暮らしていた親父
当日、寒いから炬燵に入る様におばあちゃんが促した時は
生返事をしてたらしいです
家事などの雑務を終えて再度親父に話しかけた時には
もう返事が無かった、との事
冷たくなってたから急いで、自分に電話を掛けたとの事でした
先生が、出来る事は全てやったけど
心臓が再び動くことは無かったそうです
咽頭癌とは聞いてましたが
それが全身に転移していて
いつ逝ってもおかしくなかった状態だった、との事
詳しい死因は、分からないかもしれませんが
死因を突き止める為に検査をしてくれる、との事でした
検査の結果、死因は特定出来なかったそうです
死亡診断書には「咽頭癌」と書くとの事でした
死亡確認?にも立ち合いました
眼は半開き
でも穏やかな顔をしていました
19時くらいだったと思います
死亡確認という事で、後処理を進めて貰いました
生前、言ってたのは
食べるのモノも食べられない
水分も取れない
生きててもツマラナイよ…
と言う親父を
「でも親父が死んじゃったら、おばあちゃん1人になっちゃうよ!絶対によくなるから、治療を頑張ろう!!」
と励ましてました
抗がん剤治療は相当、苦しかったみたいです
顔を見る限りでは
最後は苦しまずに逝けたみたいでした
それだけは救いだったかな…
おばあちゃんは1人残されちゃいっましたが
先に逝ったおじいちゃんと
一緒に居られるなら
苦しみから救われたなら、良かったのかな?と思いました
離婚して籍を抜いてるので
書類上はもう親父ではありませんが
自分にとっての親父は1人だけです
病院では我慢してましたが
家に帰ってきてからは
泣きました
一般的にいう所の、所謂「ダメ人間」だった親父
でもやっぱり居なくなったら寂しいよ…
車の運転が好きで
遠くへ出かけるのが好きだった親父
入院中など、面会出来る時は会いに行ってましたが
癌が良くなったら、また一緒に出掛けようねって約束したのを
今でも覚えています
結局、それは叶いませんでした
もう自由だから、どこへでも出かけられるね
一緒に行けないのが残念だけど…
そして今日
火葬をしました
棺に入った親父を見て…
綺麗な顔をしていました
冷たかった…
もう苦しまないで良いんだねって…
好きだった服なども棺に入れました
親父の友達が2人来てくださって
自分とおばあちゃん、親父の友達の2人の4人だけでしたが
最後に顔を見られて良かったです
最後は骨を骨壺に入れて
お終いです
実際に目で見て
骨も拾っても
「親父が亡くなった」という実感が湧きません
あの親父が…
ガリガリに痩せちゃって
前の面影も無かったです
約2年の闘病生活
キツかったよね
辛かったよね
でもこれでもう解放されるね
親父、寂しがりだから
寂しがってないかな?
おじいちゃんとは会えたかな?
俺もその内に逝くから待っててな
そしたら、一緒に出掛けたり
飲んだり食べたり、いっぱいしようね
昔話とかもいっぱいしてさ…
おばあちゃんの事は
出来る範囲でカバーしていくから
そこは心配しないでいいからね
じゃ、そういう事で…
またね、親父…