「好きな人ー?さあ~どうだろうね~」


佐々木さんは笑って誤魔化した。


(やっぱみんな言うわけないよね・・・)


「さっちゃん、好きな人いるじゃん」

「同じクラっ」


佐々木さんの腕がものすごい速さで目の前を横切り、

広瀬さんの口元を押さえていた。


「ちょっと!?や、やめてよ!」


取り乱した佐々木さんに広瀬さんは嬉しそうな笑みを浮かべていた。


(広瀬さんだけには秘密は言わないようにしよう・・・)


僕は改めて心に誓った。

佐々木さんは広瀬さんを脅迫する勢いで話さないように説得していた。

佐々木さんは広瀬さんが諦めたことを確認したあと、

苦笑いしながら僕に詰め寄ってきた。


「ゆうくん、聞かなかったことにしてね?」

「ね?ね?」


佐々木さんの鬼気迫る恥ずかしそうな表情に、

広瀬さんと同じようなからかいたくなる気持ちを堪える。

だが、僕の口は勝手に動いてしまう。


「うん、大丈夫。同じクラスだってことは言わないよ」


結局、僕はからかうような意地悪な発言をしてしまった。


「ちょっと!あぁー!もぉ~!」

「絶対ダメだからね!」

「言ったら本当に怒るからね?」

「もぉー!広ちゃんのせいだからね!」


佐々木さんはそう言いながらも照れ笑いをして広瀬にじゃれついていた。

まるで言動とは異なるように、

この状況を楽しんでいるかのようだった。

そうでも無ければ広瀬さんとは一緒にいられない気もした。

僕にとっても言う言わないはどうでも良かった。

相手がどんなタイプか判断出来ることが重要で、

佐々木さんに対する踏み込みラインも把握できた。


「それで藤咲さんも好きな人いるの?」


永遠に続きそうな二人のやりとりにしびれを切らし、

僕は再び切り込んだ。

しかし僕は自分がもろ刃の剣だと忘れていた。

僕の剣はすでに刃こぼれしてしまい、

単純な切り方では切れ味が悪くなっていた。


「ちょっとゆうくん!もしかして藤咲さんが好きなの!?」


広瀬さんは佐々木さんを押し退けて、僕の斬撃をかわし詰め寄ってきた。


「いや、みんな好きな人いるのかと思っただけ」


僕は適当にやり過ごそうとしたがもろ刃の代償が現れ出す。


「好きの前は気になるんだよ?」


佐々木さんがチャンスとばかりに斬り込んでくる。


「えっ!マジ!?」

「ゆうくん、藤咲さんが気になってるなの?」

「私という者がありながら!」


話がまずい方向へ進み出してしまった。


「いや、ついでに聞いただけでどうでもいいんだけど」


僕は慌てて冷静にハンドルを切り返す。


「隠さなくてもいいのに~」


佐々木さんがさっきの仕返しとばかりに囃し立ててくる。


「マジショックなんだけど!」


珍しく広瀬さんの顔にも落ち込みが見てとれる。


(この流れはヤバイな・・・)


他人に疑惑を持たれた瞬間から、

その疑惑を取り払うにはさらなる確定的な何かが必要になる。

表面的には疑いが晴れたとしても、

他人の心の中には『もしかして』が残ってしまう。

僕はずっとこの疑惑さえかけられないように生きてきた。

他人へ興味を持つことがその引き金になるなんてことは初心者の陥る末路。

例え友達のためだとしても理由が言えない。

理由を言えば中島は終わるかもしれない。

理由を言わなくても中島と同じ藤咲さんが好き、

などと言うガセ情報が中島に入るのもマズイ。

そんなことになれば僕は裏切り者となり、

中島とも離れていくのだろう。

マイナスな未来しか浮かんでこない。


(どうしよう・・・)


もろ刃の一振りは佐々木さんの情報と引き換えに、

僕に多大なダメージを与えた。

その一振りに巻き込まれた広瀬さんは何時もの元気さと余裕を失っている。


(こうなったら・・・やるしかないか)


僕は再びもろ刃の剣を天にかざすように覚悟を決めた。