11月20日 私の父親の誕生日

70歳おめでとう‼️

と伝えるはずだったこの日。

孫と一緒にお仏壇に手を合わせに行きました。

お父さんの大好きなチョコレートケーキとミックス豆をもって笑


お父さんが空に旅立って

7年が経ちました。


その日を迎えた私は何度時間の操作が出来るスキルが身に付いてないだろうか?と試しただろう。


私の父親は末期の膵臓がんでこの世を去りました。

膵臓…。

聞いた時に、膵臓ってどこにあるっけ?

無知にも程がある。

だけど、それくらい静かに潜んでいる臓器。


腰が痛い。

背中が痛い。

父がいる部屋に入ると何とも言えない異臭。


何かが変だと思っていたが

なかなか昔人間は病院へ行ってはくれない。

けど、ある日胃の痛みが気になり始めたのだろう。

そこそこ大きな病院へ行き胃カメラをしてきた。

結果は異常無し。

父親は、では何故こんなに痛むのか?

医者に聞いたら

分かりません。

その一言だけだったらしい。

短気で怒りん坊な父親は、分からないしか言わなかったから帰って来てやった!!
とご立腹だったそう。

それを聞いた時、もう少し落ち着いて他に思い当たる事はありませんか?と聞くべきだったのでは?

と思っていた。

ある日、父親を見ると肌が黄土色っぽい。

日に焼けた?

でも白眼の部分も黄色っぽい。

これは肝臓とかかも!

私はすぐ父親に病院へ行く事を伝えた。

父親は渋々近くの医者に行き血液検査をされる。

結果はすぐ大きな病院へ行かなければいけないものだった。


母親は父親に付き添い朝一で待合室にいると、看護師さんが凄い形相で駆けつけて来たようだ。

すぐ様診察室に呼ばれ、検査の結果は末期の膵臓がん。

他にも転移していて余命3ヶ月…


お父さん。

何してたのよ。

それまでに便異常とか絶対あったでしょうが!!


でも膵臓にがんが出来ると助かる確率はほんの僅かも無いそう…

嘘でしょ。

悪い夢でしょ?

何度自分を責めたか。

何故早く病院に行く事を進めなかったのか!


泣きじゃくる母親を見ると、私は泣いてはいけない!
しっかりしなきゃいけない!

そんな変な使命が舞い降りて来た。

私が泣いたのは、父親が骨になって帰って来た瞬間。


膵臓がん。

父親の最期はとても悲惨な物でした。

絶対膵臓がんで死にたく無いって思った。

それ程悲惨だったんです。

必ずしも皆んなが同じ例ではないと思います。

今、膵臓がんで闘っている方は見る事をお勧めしません。

どうか生き延びて欲しい!

生きたいって足掻いて足掻いて生き抜いて欲しいです。




















父親は何度も吐血をしました。

家で夜中吐血して白目で気を失っている父親を発見した母親が救急車を呼ぶ。

意識を取り戻し、泣いて喜ぶ私達家族。

また退院し、毎日不安になりながら何も出来ない自分に腹立て無く父。

そして2度目の吐血。

病院へ行き、再び意識を戻す。

こんな2回も意識戻せるとかお父さん奇跡よ!

もっと頑張ろ!元気でいよ!

その日から1週間くらい。

その前日は個室だったのですが、部屋の壁が殺人事件があったかのような血まみれ。

もうダメなのは分かってました。

みんな家族が集まって、色んな話を耳元でして

笑ったり 泣いたり

心拍も乱れて来て、そろそろお迎えの時間かな。


母親が、お父さん私幸せだったよ。

娘もいるから心配しないでね。

良く頑張ったね。

もう張らなくて大丈夫だから。

幸せでした。ありがとう。


この言葉の数分後、世がまだ明けない朝方に

旅立って行くのでした。


そこから、私と姉が癌恐怖症になってしまいまして

身体に何か異変があると、癌ではないのか?

大きな病気じゃないのかとか考えてしまうようになりました。

私は少しずつその症状も様子見をする事が出来るようになって来ましたが、姉の方はまだ克服出来ずにいます。


お父さん。

大好きな孫は大きくなってますよ!

小学生の姿を見る前に旅立って、そんな子も今度は中学生。

見せてあげたかったな。