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          1981年 The League of Gentlemen

XTCのバリー・アンドリュースらとともに、 1981年 キング・クリムゾン ロバート・フリップ が結成したグループ。たった1枚のアルバムと数回のギグを行っただけで、80年代King Crimson再結成のために解散してしまった。現在ではベスト盤選曲でリミックス・バージョンであるGod Save The Kingを見かけることがあるが、The League of Gentlemenのアルバムを見かけることがなくなった。70年代Crimsonのイメージで聴くと、ディスコ調の当時流行していたニューウェーブサウンドと重なりチープなサウンドに聴こえてしまうこともあるが、フリップのギターはクリムゾンでは聴くことができない、楽しいリフが満載のアルバムだった。

「The League of Gentlemen」 ⇔ 「God Save The King」
<Side A>
1.Indiscreet Ⅰ
2.Inductive Resonance ⇔ <Side B>1曲目>
3.MinorMan
4.Heptaparaparshinokh ⇔ <Side A>3曲目>
5.Dislocated        ⇔ <Side B>3曲目>
6.Pareto Optimum Ⅰ
7.Eye Needies      ⇔ <Side B>5曲目>
8.Indiscreet Ⅱ
<Side B>
1.Pareto Optimum Ⅱ
2.Cognitive Dissonance ⇔ <Side B>2曲目>
3.Hg Wells          ⇔ <Side B>4曲目>
4.Trap            ⇔ <Side B>6曲目>
5.Ochre
6.Indiscreet Ⅲ

メンバー
Robert Fripp: guitar
Barry Andrews: organ
Sara Lee: bass guitar
Jonny Toobad: drums

Dislocated

楽しい曲なのにフリップは相変わらず 着席 。表情も変えず、クラシックギターのコンサートみたいだ。
ロバート・フリップ の腕前、同郷でありフリップと同じ音楽学校でギターを習っていた グレッグ・レイク は、EL&P全盛時代の1971年、インタビューでこう答えています。
「ボブ(=フリップ)のギターはその頃からかなり有名になっていた。ぼくはハンク・マービン(シャドウズのギタリスト)が好きでギターを始めたんだけれど、習ったのはクラシックだったからあまり熱心にできなかった。しかしボブは何でもやってしまうんだ。ある時は誰にも弾きこなせなかったバガニーニの曲を一回でこなしてしまった。彼はすごいギタリストだ。きっとこの国で最高のプレイヤーだろう。」
フリップは、ジャズ、ロック、クラシックとジャンルを問わずギターのあやゆる技法をマスターしていた。

The League of Gentlemenこのグループ名をフリップが使用するのは2回目。キング・クリムゾンデビュー前の 1965年8月 にリードギタリストとして2枚のシングルを発売した。ヴォーカルはクリムゾンの3rdアルバムでボーカルをとった ゴードン・ハスケル だった。



ロバート・フリップ ソロアルバム(80年代クリムゾン前後)
1979 1st Exposure(エクスポージャー)
1980 2nd God Save The Queen
1981 3rd Let The Power Fall
1981 4th The League of Gentlemen【グループ形式】
---80年代クリムゾン活動(1981年~1984年)---
1985 NetWork【1st2ndからのミニベストアルバム】
1985 God Save The King【2nd4thからのリミックス選曲】

フリップが初めてクリムゾン以外のアルバムに参加したのは ピーター・ハミル 率いるヴァン・ダー・グラフ・ジェネレータの3rdアルバムでした。このアルバムは1970年12月発売、クリムゾンも3rd「リザード」を発売したのが同じ1970年12月です。
ソフトマシーンを脱退した ロバート・ワイアット 率いるマッチング・モールとのセッションで知り合った、元ロキシー・ミュージックの ブライアン・イーノ 、フリップ&イーノとしてアルバム「ノー・プッシーフッティング」を録音したのは1972年9月8日の事、ビル・ブラフォードが加入した70年代後期クリムゾンの結成発表が1972年7月でした。

これらはクリムゾン在籍中のセッションでした。ピーター・ハミル、ブライアン・イーノとの付き合いは、クリムゾン解散後も続く事になります。


Brian Enoについては自分の音楽性と合わず、アルバム通して聴いた事もありません。自分にとってはちょっと難しいかな、と思います。「No Pussyfooting」はブラフォード&ウェットン在籍時のクリムゾンライブで、オープニングに使われていました。ブートレッグを聴いていても出てきます。でもそれ以上聴いてみようとは思いませんでした。でもフリップはイーノに触発されて、ある学校に通っていたとの事。メディアからも忘れかけられていた1977年頃から精力的にセッション活動を行うようになりました。

ジェネシスを脱退した ピーター・ガブリエル の1st~3rd、 デヴィット・ボウイ の「ヒーローズ」「スケアリー・モンスターズ」、 ダリル・ホール のソロ・アルバム、 ホール&オーツ の「赤い断層」、 ブロンディ の「パラレル・ライン」、 トーキング・ヘッズ の3rd、 ザ・ローチェス の「アーバン・ギャルズ」。ポリスの アンディ・サマーズ とデュオ・アルバムを作成したのは、80年代クリムゾン活動中の事でした。

ロバート・フリップのソロデビューアルバム 「Exposure」 では、ブライアン・イーノ、ピーター・ハミル、ピーター・ガブリエル、ダリル・ホール、ブロンディのデボラ・ハリー、そしてザ・ローチェスのテリー・ローチェが集結しました。さらに80年代クリムゾンのベーシストである''' トニー・
レヴィン '''もこのアルバムに参加しています。デボラ・ハリーとはレコーディングしたにも係わらず、所属レコード会社のクリサリスから差し止めに会い、お蔵入りになったそうです。

これだけ豪華なメンバーが揃ったデビュー・アルバム、しかしフリップは様々な音楽からそのエッセンスだけを抽出すれば最高の音楽になる、と考えていたみたいだったが、実際は 退屈でつまらないアルバム という烙印を押され方向転換を余儀なくされた。

2ndアルバムでは唯一人、トーキング・ヘッズのデヴィット・バーンを アブサルム・エル・ハービブ という変名で参加させている。その曲が Under Heavy Manners

この曲はトーキング・ヘッズで演奏されていてもおかしくないと思う。2ndアルバムではディスコ寄りの曲調をとった。

1st~4thまで一貫しているのが、 フリッパートロニクス という代物。フリップが説明しています。

結局このシステムはよくわからない。人によっては、それ以前からある代物で適当に名前をつけている、とか、手抜きしてる、とか、いい加減だ、とか。フリッパートロニクスだけで演奏、メンバーもフリップ一人なのが3rdアルバム「Let The Power Fall」でした。発売当時はこのレコードもレンタル店に置かれていました。それを聴いて、「1st以上の退屈さ」と思ったのは自分だけだったでしょうか。

そして4thアルバム「The League of Gentlemen」の発売となりました。80年代クリムゾン「Discipline」の原型と言われるくらい、退屈じゃないアルバムでした。入手困難になっている事がとても残念です。