
1980年10月 4th REMAIN IN LIGHT
ニューヨークのインテリ芸人、トーキング・ヘッズ。1978年7月に発売した2ndアルバムからプロデューサに Brian Eno (ブライアン・イーノ)を迎え、急成長したグループ。イーノのプロデュースは4枚目のアルバムまで続き、5人目のメンバーと言われるくらい、グループに携わっていた。リーダーの DAVID BYRNE (デヴィット・バーン、ギター&リード・ボーカル)が主導となってアフリカン・ミュージックとの融合を押し進め結実したのが、大ヒットアルバムとなった4thの REMAIN IN LIGHT 。B面にはシングルカットされた2曲(Once In A Lifetime、Houses In Motion)があるが、個人的にはいまいち退屈。しかしA面の3曲は素晴らしかった。何回も何回も繰り返し聴いた。アルバムに先行してシングル発売された2曲目の CROSSEYED AND PAINLESS 、1曲目の BORN UNDER PUNCHES 、そしてトーキング・ヘッズ最大の見せ場は、3曲目 THE GREAT CURVE だと思っている。
発売と同じ年1980年に行われたツアー、ローマでの演奏がようつべにあった。
ラストナンバーにしているTHE GREAT CURVE。
ラストナンバーにしているTHE GREAT CURVE。
このアルバムからツアーメンバーを大増員している。珍しい女性ベーシストの TINA WEYMOUTH (ティナ・ウェイマス)、大きくスリットの開いた白のドレスも気になるが・・(汗)・・、一番気になるのがティナのそばにいる、自宅でリラックスしていたところを連れ出されたようなファッションで演奏しているギタリスト。リードを演奏しているこの人は80年代以降の KING CRIMSON (キング・クリムゾン)のキーマンとなっている ADRIAN BELEW (エイドリアン・ブリュー)である。 Frank Zappa (フランク・ザッパ)のベルリン公演でブリューを見たブライアン・イーノが、トーキング・ヘッズへの参加を要請した。伝家の宝刀である動物の鳴き声奏法を存分に披露。存在感を十分に示した。このツアー後、ブリューはクリムゾンのメンバーとして参加する事になるが、トーキング・ヘッズは1983年の Burning Down The House ヒットまで長期休養に入る事になる。ブリューの脱退がトーキング・ヘッズには大きかったのかもしれない。
ブライアン・イーノがいるところに ROBERT FRIPP (ロバート・フリップ、 キング・クリムゾンのリーダー )がいる、かどうかはわからないが、ROBERT FRIPPはトーキング・ヘッズ3枚目(1979年発売)の1曲目「 I Zimbra 」では、ギターを弾いている。もうすでに80年代クリムゾンのアルバム「 Discipline (ディシプリン)」の原型を聴く事ができる。もちつもたれつ(?)、ROBERT FRIPPは自身のソロアルバム2枚目に、トーキング・ヘッズのリーダーDAVID BYRNEに参加を要請して、「Under Heavy Manners」のボーカルを頼んだ。
過去記事:The League of Gentlemen
過去記事:The League of Gentlemen
でもADRIAN BELEWをクリムゾンに持っていかれた時、DAVID BYRNEはどんな気持ちだったのだろうか・・・。
「REMAIN IN LIGHT」制作前後から、バンド内には別の動きがあった。ドラマーの CHRIS FRANTZ (クリス・フランツ)とベースの TINA WEYMOUTH (ティナ・ウェイマス)の夫妻が、 TOM TOM CLUB (トム・トム・クラブ)というバンドを立ち上げた。クリスが妻のティナをフロントに据えたダンス・ポップ・ミュージックという構想を実現させたもの。1981年にデビュー・アルバムを発表、トーキング・ヘッズが1991年に解散した後も現在まで活動
を続けている。
を続けている。
大ヒットナンバー、「 Genius of Love 」
TOM TOM CLUBはTALKING HEADSツアーの中でも演奏されたらしい。TALKING HEADS来日の時、自分も一人観客でしたが、その時はTOM TOM CLUBはいなかった。
ライブを観たのは、千葉県文化会館、こんな場所にまで来るんだ、と最初はびっくりしましたがゆっくり観れるんじゃないかな、と思ってその公演を選びました。千葉駅までも遠いのに、房総半島へ向かう電車に乗り換えて一駅、本千葉駅から歩きます。千葉県文化会館には葉加瀬太郎のクライズラー&カンパニーも観に行った事があります。このグループはわかるのですが、何故トーキング・ヘッズがこの場所を選んだのか、よくわかりません。
トーキング・ヘッズの晩年は、DAVID BYRNEとそれ以外のメンバーとの対立があり、決して幸せな終わり方ではなかったみたいです。でも輝いていた1980年までのグループ活動、REMAIN IN LIGHTは後世に残る傑作アルバムでした。ロンドンの観客の盛り上がり、これに加わりたかったなぁ。
3枚目のアルバム FEAR OF MUSIC YouTUBE全曲再生リスト
(本当はREMAIN IN LIGHTをUPしたかった。
しかし著作権だろうと思うけどYouTUBEですぐに削除されてしまう。)
(本当はREMAIN IN LIGHTをUPしたかった。
しかし著作権だろうと思うけどYouTUBEですぐに削除されてしまう。)