早いもので、夫が亡くなってから3年が経ちました。
色々あった出来事をまとめていこうと思います。
3年も経つと、泣いたり気持ちが不安定になったりすることはあまりなくなってきました。
それが少し寂しくもあるけど、子どもたちと笑って(時には怒って)過ごす日々です。
春から、娘の習い事が週3回、秋からは息子の習い事も始まり平日はバタバタ。
仕事学校からの習い事に行き、帰宅してご飯、お風呂、掃除、洗濯で1日が終わってしまいます。
週末は、習い事のイベントに出たり、子どもたちとお出かけしたり。
とっても充実しています。
疲れたーーーー!!!という日は外食をしたり、時短料理で無理をしないようにしています。
我が家はカレーやシチュー、鍋率が高いです。
医療事務の他に、美容系の資格を一つ取得しました。
あとはー、家族3人で初めてユニバーサルスタジオジャパンに行きました!
私1人で子ども2人を見ながら初テーマパーク…ちゃんと回れるのか不安でしたが、楽しめました。
途中娘がミニオンの3Dの映像に酔ってしまって、1時間ほど救護室で休ませてもらうハプニングもありつつ。
爆睡したらしっかり元気になってくれて安心。
ゾンビダンスを1番の目的で見に行ったのですが、娘は将来ユニバでゾンビになりたいそうです…( ˊ̱˂˃ˋ̱ )
夢が出来てよかったよかった。
結婚する前の若かりし頃に夫とユニバにもディズニーにも行ったのですが、アトラクションの待ち時間もずっと笑って楽しかったのを思い出します。
夫がいたらもっと楽しかっただろうなー、子どもたちも疲れた時とかにもっと甘えられてよかっただろうなーと思います。
それと、我が家の土地問題。
新築を建てた時に、もともと土地も家も夫の名義にする予定だったはずなのに、色々言われて土地だけ義父の名義にしていたのですが。
夫が生きてる時から義父に、名義を義父の名義から夫の名義に変えて欲しいとお願いしにいってたのですが…(のちのち私が困らないようにだと思います。)
義父が60歳になるまでは名義を変えられない…とのことで、60歳になる前に夫が亡くなってしまったので、本当は変えてあげたいんだけど、下の子が18歳になるまでは名義が変えられない特別な土地だと説明されてて、それを信じてたのですが…。
それが嘘だということが判明しました( ; ; )
ほぼ毎朝のつきまといが続き、旧姓にも戻して、引っ越したいとずっと伝え続けていました。
子どもたちも義父の存在を怖がり始め、ここで子育てするのは環境が良くないな…子どもたちの生活時間を全部把握されるので、登下校など私が目を離せない、けどそれにも限度もある。
子どもたちにとって、もっとのびのびできる環境がいいよなぁ…とずっと悩んでいました。
上の理由で引っ越しも叶わずだったのですが、名義を変えられるということがわかったので、名義を変えて欲しいと再度お願いしたら。
家を取り壊してから出ていってください。
と言われました。
夫と建てた大切なお家。
まだ築3年。
もちろん娘はなんでー?と泣きそうになってました。
私の両親が間に入ってくれて、なんとか取り壊すのはなしになり、色々言われましたが、名義も無事に子どもたちの名義になりました。
(最後の最後でもごねられて、私の名義だとダメと言われたのですが、名義さえ変わってもらえればいいので。私は特にこだわりなしʕʘ‿ʘʔ)
だいぶ端折りましたが、ここには書ききれないくらい色んなことを言われたり、更に嘘が発覚したり。夏頃は怒りが収まらなかったです。
私に嘘つくのはまだ許せる…いや許せんけども。
病気になった夫に嘘つくのは絶対なしでしょ…と思ってしまいます。
ちなみに最近私の父に、義父が亡くなったあとは、息子(私の夫)と一緒にして欲しい…と電話が来てたみたいです。
父はそれは義父の娘(夫の姉)にお願いしてはどうでしょう?と言ってくれたみたいですが、自分は私や色んな人に嫌われてる、娘(夫の姉)ともうまくいってないと泣き言を言ってたようです。
うーーーん。
私は自分の子どもの結婚相手の親に、自分が亡くなった時の相談なんかするかなぁ…と思っちゃいます。
嫌われてるという自覚あるなら、ひどいこと言わなきゃいいのに。
あの時は怒ってしまって酷いことを言ってしまったと、あとから謝られても、言われたことは絶対消えない。これを何回も繰り返してます。
私たちが引っ越すことを夫の眠るお墓に手を合わせて報告してきました…と嫌味のLINEが入ってました。
多分夫は、私たちが引っ越すことを責めることは一切なく、色々お疲れ様、守ってあげれなくてごめんねと言ってくれてると思います。
そこからは一切LINEを開くことをやめました。
良いことは書いてないと思うので。
名義も変わったし、これ以上私から連絡を取ることは一切ないと思います。
あともう一つ。
私の父。
秋の初め頃に脳出血で倒れて緊急入院をしていました。
危ないかもとのことで、急遽実家に帰省。
久しぶりの脳神経外科。
ICUの部屋の鳴り続ける機械音。
夫の闘病の時の記憶が一気に蘇りました。
父のことに集中しつつも。
子どもたちと数年かけて乗り越えたかと思っていた、あの時の闘病の感情がまだしっかり残っていました。
消えるはずないんだけど。
一気にブワッと感情が溢れてきて倒れそうになりました。
それでも、しっかり意識を集中して。
これが最後になるかもしれない…と父と話をしてきました。
ずっと名義変更の件を心配してくれてた父。
その名義変更のことも何も覚えてませんでした( ; ; )
多分私の夫が亡くなった記憶もないかも。
その時は怖くて聞けませんでした。
帰省したのは1週間。
お見舞いに毎日行っても寝てることが多く、少し話しても、うまく会話にならない。
あぁ、脳の病気はやはり残酷だな。と思います。
病気の怖さを父があまり自覚してないこと…が唯一の救いにも感じました。
仕事もあるので、帰宅する前日。
お見舞いに行ってもほぼ寝てる父。
これが最後の会話になるかも…と思いながら、がんばってね…と伝えると少しだけ目を開けて、不思議そうな顔をしてました。
またすぐ眠ってしまったので、手をぎゅっと握って帰宅。
涙が止まりませんでした。
私が帰宅してすぐ、脳に血液が溜まってるので、緊急手術。
一時期呼吸も止まり危なかった父でしたが、無事に手術も終わり。
少しずつ回復。
しばらくは頭痛で顔を顰めることも多く、会話もうまくできず…どこまで回復するのか…。
退院しても母の負担がどれくらいになるのか。
色々心配していましたが、3ヶ月経過すると、倒れる前の父と変わらない状態まで回復しました。
これにはホッとしました。
夫の時も脳の回復はすごい…と感じることもあったので、人間の身体は不思議だし、脳って大事な器官なんだなと改めて思いました。
私の名義変更の記憶もバッチリ戻っていて、無事に終わったこと、色々力になってくれたことのお礼を伝えることもできました。
2025年、色々ありました。
名義変更の件では精神的に疲れはてましたが、2026年は子どもたちとゆっくり、いろんなところ、いろんな経験をしてすごそうと思ってます。
多分、夫の地元は離れます。
つきまといの心配がなくなるくらい、県外に出る、かつある程度離れた場所に引っ越すつもりです。
ここでしたかったこと、行きたいなと思っていたところには出来るだけ行くつもりです。
夫と建てたマイホームから離れるのはすごく寂しいし、ここで出会えた人たちと離れるのも寂しい。
子どもたちにとっても新生活になるので、負担にならないかなぁと不安もあります。
一年で色々準備して、次の場所でも楽しく笑って過ごせるように、また色々考えて行こうと思います。