お正月以来の帰省をしました。

ちょうど祖母の命日があったのでお墓参りを兼ねて

そこから実家へ居候。


一応東京都にある実家ですが、

家の周りには家しかないようなところ。

なので、実家に帰ったら寝てるかテレビ観ているかご飯作っているかご飯食べてるか

そんな生活。

とりあえずのんびりとしてきました。


とはいえ、気になったのは

母の老化。

父の方が年上ですが、勝手気ままにやっている人なので、気になりませんが

母は会うたびに、なんだか小さくなってきているように思えます。

昔はおぶってもらったのにな・・・

膝の上が私の指定席だったのにな・・・


骨粗鬆症で足腰が痛いらしく、遠出も考えてしまうとのこと。

買い物の父の車で行っているからますます動かなくなるよ・・・

それに、父だって72歳。いつまで車運転できるか判らないし

両親の老後を考えなくてはならない年齢なんだな・・・とつくづく思いました。


両親よ、孫の顔もまだ見せられなくて、

いや、孫の面倒みるまでは丈夫でいてくれよ~


と親不孝な娘は少し夢をみながら、でも現実考えないといけないなとつくづく思うのでした。

まだ、お前には面倒にはならないよと笑って言うけどね

やっぱり心配、でもどうしたらいいかわかんない。



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しばらくブログ更新していませんでした。
ログインするけど、自分のコトバがいい方向に向かわず、気落ちしてました。

あの地震があって
色々気がつかされたことが沢山あります。

その一つは、私はやはり1人なのかな?と…

会社の人たちは電車が動かない、雨が降るかも、そんな中、必死に帰ろうとしていて。
私は実家や兄にはすんなりと連絡がとれたのは良かったけど、帰る家には誰も待ってないし、
下手に動いて、危ない思いをするのであれば会社に待機していた方がましかと思いました。
必死に帰ろうとしていた人たちは守るべき人がいて、だから帰ろうとする。そういった人たちを見ていたら、凄く孤独に感じたのです。

その孤独感は、スーパーに電池が無かったり食材がなかったりしたときにも強く感じました。
東京の物がない騒動の中、自分で自分を守しか誰も守ってくれない。
あの地震の翌日の午前中に買い出しに出たのでトイレットペーパーやティッシュペーパーはすぐに手には入ったけど、
まさか停電するとは思わず、翌週の休みは必死に何軒かのスーパーを回って懐中電灯と電池を買いホッとしました。

買い占めが問題になっていたけど、2個も3個も買わなかったけど自分を守るべき1個は購入しました。でも、なんだか罪悪感。

親や兄など肉親はいるけれど
他に、地震直後に自分を思ってくれる人がいない、思える人もいない、『怖いね』と言ったら『怖いよね』と言いあえる人がいない

そんな孤独感、今まで言えなくて。

新聞で同じような気持ちのコラムを見つけて私だけではないんだと
少し楽になりました。
4月になりました。

震災があってから三週間。

先週半ばぐらいから、節電の暗さにも慣れたのか、東京の人たちの顔の表情が少し柔らかくなったと思います。
震災直後はみんな怖い顔していた。


まだまだ東北の人たちはたいへんだけど、他の日本の人たちが頑張って東北の人たちや日本の経済を引っ張っていかなきゃいけないと思います。

桜の便りがちらほらと。
自分たちの出来ること、やっていきましょう!

地震から半月が過ぎ

ようやく少しは落ち着いてきました。

自分のできることをやろう。


仕事はとりあえずやるべきことがあるのでやれますが

休みの日は脱力してます。何もやる気が起きなかった。

テレビを観てるのも怖くなるばかり、でもこれが現実。


東京は少し薄暗がりだけど、でもそんな空気にも慣れてきました。

今までが明るすぎたのだと。

とはいえ、徐々に節電の空気は少しずつ薄らいでないか?とふと思う。




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今日、見上げたらモクレンの花が咲いていました。

どんなことがあっても、季節は巡ります。



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実際にろうそくを使ってみると案外減りが早いことが判明。

ほのぼの灯り。こちらを参考に作りました。
http://www.e-quakes.pref.shizuoka.jp/center/hono/index.htm

家に有る材料で出来るし
炎も瓶の中だからろうそくより安心。
夜の計画停電に備えて練習がてら節電してます。
とは言え火の扱いは気をつけて。

私はキャンドルの趣味がなかったので、手持ちのろうそくが2本しかなく、心細かったけど
これで安心。