家
先週末、山梨の家の庭に咲くバラを見に2泊で行って来ました。
定年退職後にイングリッシュガーデンのようなお庭が作りたいという父の希望により、この地に家が建ちました。
家が完成した後、すぐに母は病気になってしまいましたが、
晩年はこちらですごすことが多かったようです。
父の趣味がヨットだったこともあり、
私の家族は私が幼い頃に、横浜から横須賀に引っ越しました。
良い季節になると毎週のように海に通っていた父ですが、
母が病気になり、思うところもあったのか、そのヨットをスパッとやめてしまったのです。
今回横須賀の家を手放すと決まったとき、不思議とあまり動揺はありませんでした。
たぶん横須賀の家が住む人をなくした瞬間に、
私にとってもそこは”実家”ではなくなってしまったのだと思いますが、
そのほかにも理由があります。
自分でも変な感覚だと思うのですが、
横須賀の家か土地か分かりませんが、私とは波長があっていなかったのかも・・と思うことが多々あるのです。
今回のことで横須賀の家への執着のなさが改めて浮き彫りになりました。
私は大学に入ったときに横浜の山手にある祖父母の家に身を寄せたときから
実家を出ることになったのですが、
そもそも家を出てからというもの、あまり横須賀の家に帰りたいと思うことがなかったのです。
反対に、母の実家であるそ山手の家には、幼い頃、高校生の頃、大学生の頃の一時期住んでいただけで、
期間にすると長くはないのですが、すごく愛着があり、
今でも車で近くを通れば懐かしく思い、寄って近所を歩いたりしたい、
できることなら住みたいとさえ思うこともあります。
(実際はおじ夫婦が住んでいるのでムリなのですが。。)
山梨の家も、それこそ住んだこともないし、訪れた回数だって数えるほどなのに、
そこに行くとすごく安らいだ気持ちになる自分がいます。
実は母が健在のときには特にそういった感情をもったことがなく、
それこそ年に1~2度くらいしか訪れることもなかったのですが、
母亡き後、じわじわと良さが実感できるようになってきたという方が正しいかもしれません。
横須賀の家よりもむしろ母の面影を色濃く感じることができる気がすることも大きな理由のひとつです。
私は父の影響もあってか海が大好きですし、
学生のときからのいろいろな思い出の詰まった横須賀ももちろん大好きなのですが、
なぜか横須賀の実家についてはほとんど愛着がなく、
そんな自分がすこし悲しかったのですが、
結局は手放すことになったのだから、やはり縁が薄かったのだと納得することにしました。
いとこ
今、お貸出しするマメオのベビーグッズの画像アップや、リスト作成が終わりました!
いやあ、肩こったし、疲れきったわ~
参考に こんな懐かしいブログ なんか読み直してみたり。
マメオの新生児の頃の写真などを見て、癒されました。笑。
実はマメオ、もうすぐ”いとこ”に会えます。
そして、わたくしも正真正銘”おばちゃん”に。



