心と体と頭の栄養学

心と体と頭の栄養学

人間が死ぬまで、体のみならず、心と頭の3つに、バランスよく与え続ける必要があると思う。人生の中間地点を過ぎた今、心に映りゆくよしなきごとを語り続けていきたい。

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1日平均15千歩。

これは3年半の単身赴任時代のことだ。

会社がメタボ対策で運動習慣作りを勧めていることを受け、約3キロの徒歩通勤、アパート近くの公園までの早朝ワォーキングに取り組んだ成果である。(いずれかを週4回以上を目標)

それが、単身赴任解消後、1年経っての現在は6千歩台と大幅に減少している。

体重はどうかというと、単身赴任時代の最大値から7キロ以上は少ない。

しばらく会っていなかった知人と再会する際に、少し痩せた?と必ず聞かれる。

運動習慣をやめて、逆に体重が減るのは病気ではないかと心配になり、会社の診療所に足を運んだ。

胸部レントゲン撮影、採血と検査してもらったが、異状はないとのことだ。

よくよく考えてみると、主因は飲酒とストレスのようだ。

現在の飲酒は、頻度、量とも単身赴任時代の半減した。酒そのものもカロリーが高いが、一緒に食べる脂っこいつまみが問題で、22時以降の食事、とりわけ飲酒後のラーメンと合わせて、太る原因になるらしい。

ストレスについては、家族と再び同居、慣れない仕事への異動で、どうしても単身赴任時代よりも感じる要素は多い。

想い起こせば、大学受験の浪人時代、親元を離れて、予備校の寮生活を始めてから、ストレスが激減して、それまでの「痩身=痩せぎす」から、今の「小太り」体形を形成したのはこの時期であることに間違いない。農家(旧家)の跡取りとしての「無言の」プレッシャーからの解放感は他人には想像できないのではないか。

当然かもしれないが、家族と同居するということは、意に沿わないことの方がむしろ多く、ストレスを感じる機会も多いように思う。まして、慣れない仕事に変わったので、公私両面でストレスを感じているのだ。

近頃、好きなお酒を自宅で飲む「一人家飲み」の機会が多くなったように感じる。

お酒を飲むとよく眠れることも事実であるが、ストレス解消を酒に頼らないように心がけたいものだ。

初めて母を会社の保養所に連れて行った。

介護状態にある母の膝に少しでも効能があるのではと思い、温泉に連れていくことにした。考えてみると、祖母の法要で帰省した家族全員と母との初めての1泊旅行となった。

旅行先での移動に大いに存在感を示したのが、車椅子である。姉の尽力でどうにかレンタルできて、母の膝の負担を軽減できた。

保養所のフロントでも、館内用の車椅子を借りることができ、部屋から少し離れた共同の浴室まで車椅子が使えた。

実際に車椅子を押してみて、初めの方は段差での操作方法に戸惑ったが、しばらく押してみると慣れてきた。

観光地の通路のほとんどがアスファルト舗装であったが、一部にあった砂利道舗装ではタイヤが重く感じて、つらかった。

帰りに休憩をとったパーキングエリアで、地面に車椅子マークがある駐車スペースに車を止めた。平日というのに混雑していたが、幸運にも一か所だけ空いていた。当然かもしれないが、トイレに近いところにあったので、助かった。

普段、家の中でも押し車につかまって牛歩のようにゆっくりしか歩くことができない母との今回の旅行で、車椅子がこんなに便利でありがたいものなのかを痛感できた。以後、通勤電車の中で、足の不自由な方や車椅子の方が乗ってくると条件反射的にスペースを空けるようになったように思う。

子供たちも身内に車椅子に乗る人がいることを実感して、実際に介助した経験は、ハンディキャップを持った人にもっと優しくなれるのではと思った。
後日、電話をかけると母は車椅子を押してくれたことに対して何度も気の毒がっていた。そのせいもあるのか、息子や娘への入学祝いが心なしか多かったように思う。

3月末、福岡の実家で祖母の25回忌の法要を行った。

今回は家族4人での帰省だったが、25年前に亡くなったということは、妻も子供2人も祖母を知らない。お勤めをしていただいた件の御院家様曰く、妻や子供達が、顔も見たことのない曾祖母の法要の席にでて、恒例の参列者である父の従兄弟に会うのも、祖母がめぐり合わせてくれた縁というものだと。

祖母の長男である父が亡くなって、祖母の法要を営むのは孫として当然の役目であると思っているが、普段、実家にいない僕にとっては重責である。母が一人で実家を守っているが、無理がきかない体なので、準備は近くに住む姉夫婦に任せきりになった。おかげで、無事、終えることができ、感謝している。

僕は小さい頃、よく祖母の布団の中で一緒に寝ていたことを覚えているし、跡取りだった僕にはことのほか大事にしてくれたと今では思っている。

法要はよく会館や檀家となっているお寺で行うケースもある。それの方が施主は楽である。特に痛みがひどくなった築250年の実家で法要を行うには躊躇したが、大きな仏壇に先祖の遺影が並ぶ実家の座敷で読経してもらうことで、お世話になった祖母に対して謝意を込めた。

25年前、祖母の葬儀の当日は沢山の花が咲いていたことを覚えている。祖母は花が大好きで、花壇に沢山の花を育てていた。桔梗、山吹、ガーベラ、南天、水仙、コスモス、向日葵、鶏頭、カンナ、ホオズキ、マーガレット、夾竹桃とあまり花に興味がなかった僕でも頭に浮かぶくらいだ。

咲いた花を親戚や近所にあげるのも祖母の喜びだったと思う。

その後、会食のために近くの温泉宿に移動したが、会場の窓から、一面に満開の桜の花を眺められて、出席者一同は正に「花見酒」を堪能できた。これも、花をこよなく愛した祖母のなせる技ではないだろうか。

西行法師の歌にある「願わくは花の下にて春死なむ」を実践した祖母であった。