先般、安倍内閣により、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定がなされました。これは、憲法改正が困難な日本では、画期的なことではあったのですが、日本のマスコミおよび左翼勢力の反発は強く、中国の工作活動もあって、内閣支持率が下がっています。
こういう時は、いったん基本に戻って、戦後日本の安全保障がどういう経緯をたどってきたのかを振り返ることも必要です。こういうことは、学校教育でも行われていませんが、さほど難しいことではなく、物事は必然性があって決められてきたのだということを確認することができます。
日本は1945年(昭和20年)に大東亜戦争(太平洋戦争)で敗北し、降伏します。連合軍によって全ての国土を占領され、旧日本軍は武装解除、武器の保持を禁止されました。占領統治が終わったのは、サンフランシスコ講和条約が発効した1953年のことです。それまで、日本は文字通り、「丸腰」の状態だったのです。
もし、今の左翼思想家やマスコミが言うように、憲法9条という非戦憲法を守り、丸腰でいることが、この国を平和に保つために最高の方法であるならば、おそらく自衛隊は存在しなかったであろうと思います。しかし、現実はそうではありませんでした。近隣諸国は、丸腰の日本を、そっとしておいてはくれませんでした。
1952年1月18日に韓国の李承晩大統領によって海洋主権宣言に基づく漁船立入禁止線(いわゆる李承晩ライン)がひかれ、竹島が韓国の支配下にあると一方的に宣言しました。1952年のこの宣言から1965年(昭和40年)の日韓基本条約締結までに、韓国軍はライン越境を理由に日本漁船328隻を拿捕し、日本人44人を死傷(うち5人が死亡)させ、3,929人を抑留しました。韓国側からの海上保安庁巡視船への銃撃等の事件は15件におよび、16隻が攻撃されています。これは明確な「侵略」です。
韓国による「侵略」は、「非武装中立」という考え方が、国を守るためには何の役にも立たないことを示しています。この事件は、日本が自衛隊を創設する原因となったのです。自衛隊は、朝鮮戦争(1950年6月~1953年7月休戦)に日本を参加させるために米国が働きかけてできた警察予備隊を元にしています。しかし、日本は朝鮮戦争に参加することはなく、むしろ国土の自衛のために武装したかったのが真実だろうと思います。自衛隊は朝鮮戦争が休戦に入った後の1954年に創設されました。ただ、この時に米国の働きかけに応じて憲法を改正し、軍隊を保持しておけば、現在のような問題はなかったと思われます。
日本の国土を削り取りたかったのは韓国だけではなく、中国も同じです。中国の毛沢東は、沖縄を虎視眈々と狙っていました。サンフランシスコ講和条約が発効して日本が主権を回復したあとも、沖縄は日本には返還されず、米軍の施政下に置かれました。これをもって「日本は沖縄を見捨てた」と沖縄左翼はいうのですが、それは間違いです。
独自の軍事力を持たず、竹島を韓国に奪われた日本が、たとえ沖縄の主権を回復したとしても、これが中国に奪われるのは火を見るより明らかなことです。そこで、いったんは沖縄を米軍の施政下に置くという処置がとられたと解釈するべきなのです。
最近、集団的自衛権の問題に関連して、「1972年政府見解」という言葉を目にするようになりました。これは、日本国憲法には自衛権についての規定がないのだけれど、「我が国には、自衛権の行使が認められる」とした事実上の解釈改憲を行った政府見解です。この1972年(昭和47年)は、沖縄が日本に復帰した年なのです。ですから、ここまで見てくれば、なぜ政府がこのような政府見解を発表したのかが、お分かりいただけると思います。
ちなみに、沖縄の本土復帰を強く支援していたのは、実は中国なのです。中国の毛沢東は、沖縄が日本に返還されれば、当然、米軍は沖縄から退去すると考えていました。そこで、沖縄県教職員組合などを使って、本土復帰運動を扇動させました。本土復帰の時に記念コインが造られましたが、これには守礼門が刻印されています。守礼門は、琉球王朝が中国からの使者を、臣下の礼をもって迎え入れる門だったのです。
沖縄は毛沢東の思惑通りに日本に返還されましたが、米軍基地は残留することになり、毛沢東の野心はくじかれました。米軍残留を知った毛沢東は激怒したと言われています。毛沢東の時代ははるかに過ぎ去っても、中国は沖縄をあきらめたわけではありません。ますます侵略の意欲をあらわし、「沖縄は中国の核心的利益」と表明するまでになっています。これは、「必ず沖縄を奪う」という意味です。
もうお分かりの事と思いますが、自衛隊の保有も、1972年政府見解による解釈改憲も、ある日突然に湧いてきたものではなく、必然性があったのです。今回の集団的自衛権の行使容認も必然性があります。南シナ海も東シナ海も、中国によってたいへん危険な状態になっています。これは、個別的自衛権で解決できるものではありません。米軍が世界の警察官をやめてしまえば、日本がアジアの警察官になる以外に道はありません。日本国憲法の前文をもう一度読みかえしてみましょう。
「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」
近隣諸国が平和を愛する諸国民でなければ、憲法9条の前提は崩れます。その時に日本がどうあるべきかが、この中に書かれています。「いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」のです。ベトナムやフィリピンや台湾を、見殺しにしてはなりません。
今回の動画
http://youtu.be/kx-I3TZotiY
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