節分も過ぎまして

以前、慌ただしい毎日を過ごしております。

 

母様のNT数値(で、いいのか?)

2,500を超えてましたガーン

 

ある日

「ぎっくり腰に成った」と出稼ぎから帰った わっちに悲痛な言葉が。。。

 

手足が浮腫んでる!

最近、息切れが頻繁に成ってたのには気付いてたんですがね。

 

母様って返事をしない人なんですよ。

難聴が酷く成ってるのは「致し方なし」なんだけど

返事が無い⇒聞こえて無い⇒怨霊が・・・あ!間違えた「音量」を上げなきゃ⇒怒ってると思われる⇒さらに返事をしなく成る。

悪循環。

 

亡父の癇癪玉のスイッチが判った気がした。

 

右か左かって聞いてるだけなのに

理由をくどくど話し始める母様。

 

私(イライラしだす)「で。どっち?」

母「なにがや?」

私「右?左?」

母「知らんよ」

私「二人しかおらんのやで。わっちの分担やないよねぇ?」

母「あ…ほうか?」

私「あんたのもんやろ?」

母「ほうや」

私「で。どこにあるん」

母「あそこやと思ったんやけど、○○で見たと思ったら・・・そんでな」

私「で!右か左か!」

母「・・・」

母「なんで。そう。大声出すんや!」

私「右か左か言わんでやろ!」

不毛っす。

 

大きな声⇒叱られる⇒とりあえず「謝る」

毎度のパターンに突入。

 

こうなると

拗ねる。

 

時間を置いて再チャレンジ。

1月半ばからこの繰り返し。。。

ストレスも溜るわぁ~えーん

 

互いに良くない。

で。

今回のギックリ&浮腫み。

わっちは膀胱炎になりやすいので

置き薬?に成ってる利尿剤を飲ませて

掛かり付け医で受診。

 

出掛ける前に尿漏れパンツを履かす。

数分後。

着替えも済んで、さてと立ち上がると

母「あ!でる!」

私「えぇよ。そのまま出てもえぇよ。」

母「まんだ出るびっくり

母「止まらん…えぇんか?」

私「えぇよ。薬がキイとるんやから。」

尿漏れパンツ無意味な状態に。

母「馬みてぇや…こうもでたん。始めてや・・・えぇんか?」

私「えぇよ。」

母「ズボンも…アカン…」

私「えぇよ。着替えやえぇんやもん。」

母「わりぃなぁ・・・」

私「えぇよ。そう言う時は『ありがとう』にする約束やったよね。」

母「あ…ありがとう。」

 

『ありがとう』がなかなか言えない人って

「とりあえず謝罪しておけばその場は収まる」と勘違いしたままなんだと言うことが判明した。

 

今回の血液検査で

心不全だと診断されたけど

栄養状態は良好なので自宅謹慎・絶対安静&時々デイサービスと指導された。

ご本人は重大さが理解できていないが

聞く耳を持ち始めてくれた。

 

年齢に関係なく

『お互いに聞く耳を持つ』と緩やかな時間が持てるってことだね。

 

長々と

お付き合い

ありがとうございました<(_ _)>

先日 出稼ぎ前に

母様が体調を崩しましてね。

掛かり付け医に電話して

なんとかこと無きを得ました。

 

意識ははっきりしていたので

先生にお願いして

出稼ぎに行きましたよ。

 

その日は

前々から わっちが楽しみにしていた

辰巳満次郎様の公演が

なんと岐阜である!

 

満次郎様直々にチケットを取り置きしてくださってましてね。

年始から楽しみにしてたんだよ。

ずぅ~と憧れてたお方の一人ですから!

でも・・・母様心配・・・出稼ぎは前もって早退届出してたんで

帰宅⇒病院へ。

 

点滴して

「家に帰って良いけど。暫く見守り絶対安静」と診断された。

母様を見に行く。

 

母「あんたぁ。今日やろ?」

私「なにが?」

母「能やわ」

私「うん・・・そうやよ」

母「今から行くんやろ」

私「今日は、止めとくわ」

母「アカンて!次はあれへんよ。わしはえぇで。先生も大人しく寝とればえぇといんさったで」

私「ほんでもなぁ・・・」

母「わっちのせいで観たいもんもみれんかったと思われるのは嫌や。いけや。」

お言葉に甘えて行かせてもらいました。

信長が聞いたであろう15世紀の洋楽と

能の二部構成。

 

会場内は

勿論、撮影禁止注意

このお写真は 満次郎様のご厚意で

送って頂けましたグリーンハーツ

 

これに弦楽器と角笛みたいな管楽器?

詳しく知りたい人は調べてちょ。

蒔絵も美しいチェンバロ

当時、西洋人はすでに日本の芸術に触発されたんだねぇ。

 

二部は宗教音楽「讃美歌」で始まった。

少々長い説明になるので

興味のある人だけ聞いてみてください<(_ _)>

 

 

で!

お待たせのぉ~「満次郎様ぁ~❤」

http://manjiro-nohgaku.com/ 

 

オープニングにもご登場。

パイプオルガンをバックに

信長の代表的な「敦盛」の一場面を

(違う人だけど)

 

う~んえーん

どなたか。

あの時の動画を投稿してくださいお願い

子供の頃から憧れてた

鼓に挑戦したくなりましたラブ

 

残念だったのは

観に来た人のマナーかな・・・。

 

最初は1階席で観てたんだけど

休憩時間にバルコニー席に入れることが判明し。

即座に移動しましたよ。

真ん中の席を独り占め照れ

 

数年前には

馬野様の「砧」を上京して観劇で感激❤

(居眠りしちゃいましたがzzz

こんな方下差し下差し下差し

http://www.tessen.org/about/member/umano_masaki 

 

まだまだ

お会いしたい方は大勢ですのじゃ❤

 

方向音痴な わっち

サラマンカまでの道を知らないガーン

辿り着けるのか心配だったけど

ご縁の神様が「会って来なさい」って言ってくれてるように

見事辿り着けました。

 

母様。

ありがとう。

「なんぞある時は、どんなことしてもあるんやから」とケツを蹴飛ばしてくれたんで

存分に楽しませて頂きました。

 

でも、まさか

ダビンチコード(映画版)のBGMを生で聴けると言う

サプライズまでラブ

 

活きてるって

やってみるって

最高な時間を掴む事が出来ちゃうんだね。

 

今、母様は?

録画した「御家人 斬九郎」をご覧になっておりますウインク

 

 

 

 

前に 「おかぁさんの恋話もお願い。」って

コメント貰ったことがあったんだよなぁ。

 

年の瀬に

今年の重大ニュース的な番組をやってて

不倫の話題になった。

その時

母「男なんかでぇきれいや!」

ガーン

突然!どうしたん?

 

「戦時中、ええとこの坊ちゃんが

天皇家の警護につくことに成って

その時の軍服姿がカッコよかった。」って話は聞いたことあるけど。

 

「戦後、大津の方にある喫茶店で働いていた頃

近所にあるヤクザ屋さんの若い衆が自転車の後ろに乗せてくれて

花火を見に行った」とかは聞いたけど。

 

恋については聞いたこと無かった。

私「なんで結婚したの?」

母「お父ちゃんを大事にしてくれたから。」

恋とか愛とかじゃなくて。

いや?愛なのか…実父と姉への愛。

 

一番一緒にいた姉は

昔で言う「唖(おし)」

聾唖だったそうで。

 

実父は今でいう『要介護度3』くらいに位置すると思う。

伊勢湾台風で

父親を庇って自分が骨盤粉砕した人だから

「親が1番」だったんだよねぇ。

 

その父親が

偶々、家に転がり込んで来た男が

凄く親切にしてくれる。

父親の口癖は

『おれんらは田んぼで死ぬか山で死ぬかだけや』

その父親に

『生きとるとぇぇこともあるんやなぁ。

まっと、生きなアカンなぁ。』と言わせた男だったから。

 

なんとシンプルな事だろう。

 

若い頃はよく教師と間違われたそうで。

知性的に見られてたんだねぇ。

だけど、本人は家族が生きて行くお金を稼ぐのに精一杯。

浮いた話など御座いません。

 

そのくせ

他人の縁結びはしてたって言うんだから

可笑しなもんですねぇ。

 

「男なんぞ。でぇきれいや!」

その真偽は?

余程嫌な思いをしたんだろう。

なので、突っ込んで聞く気になれんのだよ。

 

母様。

その分。

たんと笑ってくれやゲラゲラ