お正月明け、坊が緊急入院しました。
帰省から戻った翌日、4日の日中、お散歩中に転んで手の指のすり傷ができました。まあいつものこと、たいして泣かなかったし、「あらあらー気をつけようねー」と軽く流してたら、翌日の昼から指がパンパンに腫れ上がり、全身に発熱。。。
翌日は平日だし朝一番に皮膚科にでも行こう〜などと呑気に思ってたけど、どうにも腫れが進み熱も上がってきたので、日曜日の夜、念のため♯7119に相談。

経過、症状と、いくつかの説明に応えたところ、「こちらの判断としては今すぐ受診することをお勧めします。」と、日曜夜間にやっている病院を紹介された。

「平日の診療時間内に受診してくださいねー」と言われるものとばかり思っていたから、慌てる。

23時半病院に到着。

救急医や小児科医の診察やいろいろな検査の結果、3時半頃「このまま入院してください。」と。

診断は蜂窩織炎。抗生剤の点滴で治療する方針。

指の腫れてうんでいるところを切開してうみを出し、

点滴ルート確保され、

夜中でうとうとしてている坊に間欠的に痛い処置。

かわいそうに。。。



病院には24時間付き添い入院推奨され、母が付き添うことに。付き添うなら個室!個室代かかるけどまあ3〜4日で帰れるだろうと。

5時半に一旦病院を出て荷物を取りに自宅へ帰る。

6時半に病院に戻る。


3日目の朝、主治医から「傷口の膿から耐性菌が検出されたので抗生剤を増やします。1週間しっかり点滴が必要です。」と告げられる。その日から感染管理のため部屋では簡易ガウンを着て坊と触れ合う。


おおう。。。


母はへこたれない。

だめもとで、「耐性菌てことは大部屋に移れないですよね、差額ベッド代減免できないでしょうか。」と交渉。結果、4日目から減免。ラッキー。


点滴が奏功して基本元気な坊。

3連休明けた火曜日に退院しました。


入院中ねえねたちの新学期が始まり、長女のお弁当は週末作り置いてきたおかずを自分で詰めて持っていったと。朝夕のごはんは姉妹で力を合わせて作ってくれたもよう。


家族力が高まる貴重な時間でした。


退院した日の夕ご飯、久しぶりに5人で食卓を囲み、心から幸せを噛み締めました。

大学院同期とのお食事会の2日後は
今の職場の入社同期とのお食事会でした。

1週間のうちに平日2日も忘年会だけど
「飲み会の予定は早い者勝ち」って言ったのは彼。
というわけで、彼にはしっかり早く帰っていただき、子守バトンタッチして出かける。

集まるのは、みんなの話をまとめるとどうも2年半ぶり?
とはいえ、この歳のなると、職場の異動はままあれど、新しく結婚したとかがなくなってくる。女の子二人がまだシングルだったな。
この歳といっても、わたしは紆余曲折を経て入ってるから、多くの女子よりは年上、殿方を含めればまあまあ真ん中くらいかな。
まあ、離縁っつう話もまだ聞かない。でもまあ奥様もご主人も勤めびとだと色々あるよねっていう、そんなお年頃。


同じスタートだけど、偉くなってるやつもいたりするけど、基本的にみんな真面目にお勤めしている。
一番働いてないのわたしだなー。
産育休で通算5年くらいは働いてないしな。


でも、みんな、若いとき濃厚な2週間を過ごした共通点以外は共通点はほぼなく、それぞれがそれぞれの場所で一生懸命生きていて、集まると、あの頃に気持ちが戻り、わたしのことを未だに旧姓で呼んでくれる殿方などもいて(基本は下の名前呼び捨てだったり愛称だったりだけど)、逆に新鮮。


大学院の同期は働く場所がバラバラだけど
この同期たちは同じ社にいるわけで、みんな社内とはいえど色々な場所で色々な悩みを抱えながらも、みーんなしっかり勤めてる。これまた、わたしも頑張らなきゃ!!って思わせてもらえた。「ぷう子ならできるよ!」「弱気になってんじゃねえよ!」「やっぱあんたできる子だわ」などとエールをもらった。


来年はいよいよ職場復帰。
地に足つけて、がんばろ。
毎年年末恒例のお食事会。
東京ミッドタウン日比谷のカレー屋でした。

早めに家を出たので、新橋から高架沿いを歩いて向かう。


新橋のSLが電飾でキラキラしとる。


サンタ乗っとる!


高架下も順次耐震工事が進み、お店もすっかりおしゃれな感じ。昔はベタベタの赤提灯でヨレヨレのサラリーマンがしいたけ串食べてるイメージだったけどなあ。。

まだ時間があったので、有楽町の手前で餃子屋さんへ入り一人0次会。
メニューを手に取ると、読みにくい。。。日本語どこ???


ホールのお姉さんに「日本語が小さくてよくわかんないんだけど。。。」と話しかけると、

「あ、それは外国人のお客さん用のメニューです。日本語のはこちらですー」と。


おお!読める!読めるぞ!!にわかにムスカみたくなります。

そこから、店長と思しきお兄さんとそのホールのお姉さんと仲良くなり、いろいろおしゃべり。
外国人のお客さんが多いらしく、私がいた30分あまりの間にも3組くらいは英語のお客さん。

私「じゃあお姉さんも英語ペラペラ?」
お姉さん「フィーリングでなんとかやってますwラグビーの時はもう9割外国人マッチョでしたから、鍛えられましたー」
店長「来年オリンピックどうなることやらですねー」

なかなか2020年のその先の日本が見えてこない世の中だけど、引き続きインバウンド好調だといいねえ。ますますお姉さんたちのコミュ力が磨かれるね。

店長に道を聞いて、東京ミッドタウン日比谷へ。そこからものの徒歩2分程度でした。「名前がアレなんで、待ち合わせしても六本木に行っちゃう人いるんすよねー」と。


そしてその時間まんまと同期の一人が六本木に降り立ってました。

社会人大学院の同期入学の仲間たち。卒業後も勉強熱心な彼らはいつも私に刺激をいっぱいくれます。今回も来春から夢に向かって新しい試みをはじめるよという報告があったり。
私も頑張ろう!と元気をたくさんもらいました。

刺激的な仲間は宝物。

実に3年ぶり(?)のネイルサロン。
あと4ヶ月の育休中はうんと楽しまなきゃ。
仕事復帰したら配属先によってはネイルNGだもんね。

施術中、坊はずーっとブロックで遊んでて、ネイリストさんに驚かれた。お母さんがそこにいるってわかってれば、割とずっと一人で遊んでいられる坊。なんならお母さんがいなくても一人で遊んで待てる子。大変ありがたい。

お昼ごはんは坊の大好きな炒飯を食べに中華料理屋さん。今日はベビーカーではなく徒歩で出かけたので、たくさん歩いてたくさん落ち葉を拾って、楽しかったね。




行ってみたかった街、たまプラーザへ行ってみた。

青葉区美しが丘って住所がもう勝ち組感もりもりで(※個人の感想です)、なんか足を踏み入れるのも恐れ多い感じ。
街の人がとっても優しかった!
押して開くタイプの扉にベビーカーが引っかかって少し困ってればすぐに道を歩く紳士が手伝ってくださる。
ダバダバ走る坊がご婦人の進路を妨害したので謝ったら、「男の子はそのくらい元気でいいのよー!」と素敵な笑顔で坊に手を振ってくださる。

心のゆとりというか、優しい街だなあ。。。

たまプラーザテラス、んーまあ普通かな。入ってるテナントはよくあるラインナップだから、そのためにここまでわざわざ来ないな。街の雰囲気は好きだから、たまにお散歩に来ようかな。
キドキドに入らなくても、キッズスペースにおもちゃが充実していて、坊は十分楽しめたね。

東急百貨店は昔ながらの百貨店といった感じ。
クリスマスグッズの特設売り場で、梯子を上り下りするサンタクロースにキラキラおめめを釘付けにしてた坊がすごくかわいい。食品店街はお歳暮の手配の人たちで大変賑わっていました。

夕方坊が寝たからワイン飲んで暮れ行く街を眺める。駅直結だから行く人来る人ひっきりなしで面白い。

おつまみに頼んだこのレバぺがむちゃむちゃ美味しかったので、レバー買って帰っておうちで手作り。


幸せだなー。