フェブラリーSといえば、前身のフェブラリーHに出走したダイナレターを思い出します。

フェブラリーH?

H?

そう、このレース、以前はハンデ戦だったのです。
G1の前身がハンデ戦っていうのも、何とも不思議な気がします。

ダイナレターが活躍した1990年あたりはとにかくダート重賞が少ない時代で…

・フェブラリーH
・札幌記念
・根岸S
・ウインターS(東海Sの前身)

これしかなかったんですガーン
あとはハンデ戦のオープンがあるのみ…

ダイナレターは条件戦から一気に3連勝して札幌記念を勝利。重賞ウィナーとなりました。

札幌記念?

実は昔、札幌競馬場には芝コースがなくて、札幌記念はダート戦だったのです。この翌年に芝コースが完成して芝のレースに変わりました。

ただでさえ少ない重賞を勝ったダイナレター。一気にハンデも増えて、ここからは斤量との戦いでした。

そんな中、60㌔台でオープン3勝。武蔵野Sはなんと62㌔で完勝。

強かったですね。例えれば、横綱のような感じ。レースはさながら若手力士に稽古をつけてる感じでしょうか。

そして翌年のフェブラリーH。
61.5㌔を背負ったダイナレターは伸び盛りのカリブソングに胸を貸します。

結果は4着。

ここから時代はカリブソングの方へ移ろっていきました。

それから4年。
ハンデ戦から定量戦になり、ダート路線は少しずつ整備され、今に至ります。このレースから海外へと飛び立つ馬も珍しくなくなりました。

ダート冬の時代の最後を駆け抜けた大物の名前と勇姿は、今も心に残ります。
なかなか更新ができませんでしたあせる

気がついたらドバイから招待状届いてましたねひらめき電球

ブエナビスタ、ワールドカップじゃなければ受諾しないかと思ってましたが、京都記念を勝ったらシーマクラシックでも行くみたいですねキラキラ
休み明けなのでシャキッと走れるかが鍵ですが、いい馬なので今度こそ遠征が実現して欲しいなと思ってますニコニコ

サクセスブロッケンにも招待状届かなかったですねハートブレイク(G2のは来ましたがガーン)
パート1の国になって自国のレースもほとんど国際G1になったわけですし、国際G2を目標に海外遠征っていうのはさすがに現実的ではないのでしょうね。

でも日本にはダートの国際G1&G2って3レースしかないのですけど得意げ
週末はテレビに釘づけでしたよテレビ

白浜オリンピック(笑)
堂々の銀メダルでしたキラキラ

落馬のピンチを凌ぎ、鞍ズレに冷静に対応。危険防止のため鐙から足を外して…何とそのまま障害を飛越w(゚o゚)w

6台も飛越…
ゴール後やんやの大喝采

ジョッキーって凄いですね。
飛越失敗後もやる気を無くさず淡々と飛越したスプリングカエサルも凄いですがガーン

もしこれが5月に起きてたら、宝塚記念にファン投票で選ばれてたかもしれませんねにひひ