ALSの吸気筋トレーニング
前回の記事で結果までをお伝えしていますが、吸気筋トレーニングによりPCFのみ良い結果を得ています。その理由についてみて頂ければと思います。

考察
吸気筋トレーニングと咳嗽力の関係
 今回のISによる吸気筋トレーニングで統計的有意差を示したのはPCFのみであった。PCFは咳嗽時の最大呼気流速である。咳の機能とは、深吸気期、開放期、それぞれの期に異常があれば咳の有効さは損なわれ、またPCFが低下することは想像に難しくない。
 特に放出前の息溜めに必要な吸気側の関連能力(吸気機能、吸気筋機能、口唇周辺筋、口腔気道内圧保持力、肺予備容量、球機能など)の重要性を表していると考えられる。
 以上のことから、吸気トレーニングがこれらに対し何らかの良い作用を及ぼしたと推測される。


以上です。詳細は下記または本文献を、また先日も同様の文献の前半を記載しているので、そちらもご覧いただければと思います。


筋萎縮性側索硬化症におけるインセンティブスパイロメータ―を使用した球筋トレーニングの有効性の検討

星孝ら 理学療法学 第35巻第6号 285~291頁(2008年)


考察
冒頭に述べたようにALSは呼吸筋萎縮による呼吸機能低下を呈する進行性難病である。したがって、本介入の効果の判断は呼吸機能の改善ではなく、可及的維持を得られるかどうかということである。

1.吸気筋トレーニングが呼吸機能に及ぼす影響
小森ら胸郭可動域訓練および呼吸介助施行群と、吸気筋トレーニングを加えた群との比較を行っている。吸気筋トレーニングの内容はPImaxの15~30%の吸気抵抗負荷と500g~1kg腹部横隔膜重り負荷を10分間1口1~2回行っている。このALSに対する介入の結果はPImaxにのみ改善傾向がみたてVC、PEmaxに変化を認めず、トレーニング群のみ%PImax、PCFの月変化率が経過とともに低下していた。本研究においてこれらの測定値の変化率をトレーニング群とコントロール群で比較すると、コントロール群は、笠原らの報告と同様に低下を示したが、トレーニング群ではPCFと%PImaxが維持または改善され、%VCについても保持された値と考えられる。これらの結果はISトレーニングは吸気筋力の低下を抑制する可能性を示唆しているものと考えられる。

2.吸気筋トレーニングと咳嗽力の関係
 今回のISによる吸気筋トレーニングで統計的有意差を示したのはPCFのみであった。PCFは咳嗽時の最大呼気流速である。咳の機能とは、深吸気期:声門閉鎖し、声門に抗する形で内肋間筋、腹筋群により肺・胸腔内圧を急速に上昇させたまま溜める。開放期:声門の開放とともに呼気筋の収縮をし、はいから一挙に空気の放出となり、また舌と硬口蓋間での気流量圧縮を行いより一層の流速を生じさせるとされる。よって、それぞれの期に異常があれば咳の有効さは損なわれ、またPCFが低下することは想像に難しくない。
 PCFと呼吸機能、呼吸筋力の関係については、Kangらが108名の神経筋疾患においてPCFとVC、最大強制吸気量の関連があることを示し、また筋ジストロフィー者を対象としてPCFとPEmax、PImaxが有意に相関することを報告した。三浦らは筋ジストロフィー者を対象としたassisted cohgh施行時にPEmaxの影響がなかったことから、PCFにVCとPImaxがより関連するとした。ALS者を対象に、Poleyらは呼気圧(声門下圧)を食道内圧値で、吸気筋(腹筋)圧を胃内圧で代用測定し、咳と腹腔内圧は相関するが、咳とPEmaxは相関せず、よって腹筋と口腔内圧はそれぞれ独立するものと報告した。またSmithらは吸気筋の萎縮により自発吸気取り込み不十分な場合は、呼気筋が正常に働いても咳の容量は減少すると報告している。
 これらの報告は、腹筋群の萎縮や低下がみられるALS患者の咳嗽は呼気筋(腹筋群)の代償を吸気力に依存している事を示唆している。それはまた、放出前の息溜めに必要な吸気側の関連能力(吸気機能、吸気筋機能、口唇周辺筋、口腔気道内圧保持力、肺予備容量、球機能など)の重要性を表していると考えられる。
 以上のことから、トレーニング群のPCFが保持された要因として、%PImaxと%VCを含む吸気側の関連能力の影響が考えられ、吸気トレーニングがこれらに対し何らかの良い作用を及ぼしたと推測される。

3.両群の特性について
ALSは非常に重篤な進行性神経難病であるが、有病率は10万人あたり4~6人であり、神経難病センターを有する医療センターであっても、一施設のALS患者数には限りがある。一方、同施設内で治療群と対象群を分けることは患者への倫理的配慮から困難でもある。したがって、今回の研究では多施設間共同研究の形を採用し、トレーニング群はALSFRS-R値が低下する中での、%PImaxおよびPCFの維持および改善であったので、今回の吸気筋トレーニングの一定の効果と考えられるが、より精度の高い研究とするために、症例数を増やし基本的属性をそろえた上での比較としていきたい。

引用:理学療法学 第35巻第6号 285~291頁(2008年)