パーキンソン病ガイドライン2011ついて ~早期の対応~

1.早期はL-Dopaかアゴニストか?
2002年度版では、10年以上の治療期間が見込まれる概ね70歳以下の場合はドパミンアゴニストから治療を開始することを原則とする一方で、ドパミンアゴニストの副作用が出やすい認知症の合併例と高齢者ではL-Dopaから治療を開始することを推奨していた。

現在も基本的にこの考えに変更はなく、改訂ガイドラインでも原則は変わっていない。

しかし運動機能障害に対しドパミンアゴニストはどうしてもL-Dopaに劣るという報告から、2011年版では、認知症を合併している場合や70~75歳以上の高齢者の他に、症状が重かったり転倒のリスクが高い場合などにもL-Dopaで治療を開始することとし、それ以外ではドパミンアゴニストで治療を開始するというアルゴリズムに修正された。

2.早期に投薬を。
パーキンソン病の薬物治療の開始がある程度以上遅れると、その後治療薬が開始となってからも早く治療を開始したケースに比べて長期(数年)に渡って運動機能が強い傾向が示されてきたことも、ここ数年の大きなトピックスの1つである。

2002年のガイドラインでは日常生活に支障がない場合はただ経過観察とされていたが、2011年のガイドラインでは、パーキンソン病と診断された場合、例え症状による日常生活の支障がない場合でも、定期的に診察を繰り返しリハビリを勧めるなどして治療開始時期が遅れる事の無いように注意を喚起することとなっている。

2はリハビリも知っておかないといけないことかもしれません。

詳細は下記または本文献をご覧ください。

新治療ガイドラインの考え方
東北大学病院神経内科 武田篤  難病と在宅ケア Vol.17 No.6 2011.9

今回パーキンソン病治療ガイドラインが改訂され公表となった。2002年に最初のガイドラインが公表されてからおよそ10年ぶりの改訂である。この間にパーキンソン病の治療について多くの研究成果が得られており、その成果を踏まえて多岐に渡る改訂が加えられている。とても限られた紙面の中では紹介しきれないため、本稿ではまず初めにガイドラインの意義と目的について述べ、その後、代表的な改訂内容として、早期における治療方針の原則、進行期において特に問題となる運動合併症の治療方針、そして代表的な非運動症候としてしばしば問題となる幻覚・妄想の治療に関する改訂ポイントを紹介したい。

ガイドラインの意義と目的、そして問題点
 治療ガイドライン作成の目的は治療の標準化である。医療はそもそも経験の蓄積から構成されてきたが、そうした個別の経験を記述した「診療の手引き」が古来より無数に作成されてきた。しかしながらそうしてつくられた「診療の手引きは」個人の経験に基づいているが個の限界があり、治療法の選択にあたっても客観性に乏しい場合が少なくなかった。一方で近年、膨大な量の臨床試験結果が報告されるのに従って、個々の臨床医がそれらのデータを全ての分野について網羅して把握することはもはや不可能な状況となってきた。こうした背景もあり1990年代頃から欧米を中心として、科学的な手法を用いて報告されたデータを中立した委員会で検討することにより客観的に最も適切であろうと考えられる診療方法を提唱する目的で「診療ガイドライン」が作成されるようになった。
 こうして作成された診療ガイドラインは「根拠に基づいた医療(EBM : Evidence-based medicine)」を提唱するものとして瞬く間に普及し、いまや医療現場において「診療ガイドライン」を全く無視して医療行為を行うことはほとんどあり得ない状況になっている。
本邦においても1990年あたりから、医療費の抑制を期待する厚労省の推奨・指導があったこともあり、2000年代に入り次々と各疾患の治療ガイドラインが作成された。しかしながらそうした中でガイドラインについての少なからぬ誤解もまた生じている。例えばガイドラインに記載されている治療方針を教条的に絶対化し、それに沿っていない治療法を一切認めないような考え方は最たるものである。個々の症例の年齢・症状・生活環境などその背景は千差万別であり、当然ながら治療に求められる条件は異なってくる。ガイドラインはあくまでも標準的な診療についての記載をしている訳であって、様々な背景を持った個々の症例についてベストの選択を示している訳では必ずしもないことに注意を払って行くべきである。洋服でいえば身長やスリーサイズに合わせて大量生産された既製服が提供されるようなものであり、個人の体型や趣味に最もあった洋服(=オーダーメイド)が供される訳ではない。
 ガイドラインは最も短時間に関係する参考資料を参照できるツールとして捉えるべきであり、最終的には個々の患者背景情報を総合した結果としての主治医の判断が最も大切である。この結果としての治療方針が、ガイドラインに記載された標準的な治療と必ずしも合致しないケースは十分有り得る。この点は強調したい。
また「診療ガイドライン」には対象とする読者が規定されていることも指摘して置きたい。例えばガイドラインを作成するものとしても、専門医向けのものと一般内科医を対象としたものでは記載内容が違ってくる。さらに海外では患者向けの診療ガイドラインが作成されている例もあるが、当然その場合にはまた更に噛み砕いた内容にせざる得ないであろう。今回公表された「パーキンソン病治療ガイドライン2011」については神経内科医を対象として作成されている。従って記載内容はかなり専門的であり、専門用語などを知らないと読み進めることは困難と思われる。将来的には患者向けガイドラインも必要であると思われるが、ガイドラインの作成にかかる時間的、経済的コストを考えると中々現実は困難かもしれない。
実際今回のガイドラインの作成にあたっても約3年の歳月を要している。執筆に関わった委員は皆、現役の医療従事者であり、それぞれ多忙な診療その他の業務の合間(主に夜間や休日)の時間を割いて無報酬でガイドラインの作成に参加した。しかも日進月歩の医学の分野にあっては、一度作成され野ガイドラインはすぐに古くなるという宿命がある。数年後に向けた改訂作業がまたすぐに開始されることになるであろう現在の状況で、中々他のガイドラインを作成する余裕が生まれにくいのもまた事実である。

早期治療について
パーキンソン病の治療をいつ、どの様な薬剤でどの様に始めるのが良いのか?万能な薬剤がない現状ではこの疑問に対する絶対的に正しい回答は存在しない。それは患者側の背景、年齢や家族構成、社会的活動度等々によって異なってくる。L-dopaはパーキンソン病の運動機能障害に対して最も有効な薬剤であり、云わば治療薬の横綱である。しかしながらある程度異常の量を数年以上用いると必然的に運動合併症が生じることが次第に分かってきた。運動合併症とは、例えば薬効が早く切れてしまい、薬を内服する時間の間に動けない時間が生じてしまう(ウェアリングオフ)場合や、薬が効いてくると逆に体がくねくねと不随意に動かしてしまう(ジスキネジア)場合など、一日の中で薬効が一定しないことを指す。一方でいくつかの大規模な臨床試験の結果から、L-dopaではなくドパミンアゴニストで治療を開始すると運動合併症の出現が明らかに抑制されることが証明されてきた。しかしながらドパミンアゴニストには眠気や精神症状の出現、消化器系の不快症状など短期的には副作用がやや多い、このため早期パーキンソン病の治療について2002年度版では、10年以上の治療期間が見込まれる概ね70歳以下の場合はドパミンアゴニストから治療を開始することを原則とする一方で、ドパミンアゴニストの副作用が出やすい認知症の合併例と高齢者ではL-Dopaから治療を開始することを推奨していた。現在も基本的にこの考えに変更はなく、改訂ガイドラインでも原則は変わっていない。
しかしながら運動機能障害に対する症状改善効果を比較するとドパミンアゴニストはどうしてもL-Dopaにやや劣るという試験結果が複数報告されてきている。このため、症状が重い、転倒のリスクが高いなど急速な症状改善が必要な場合、運動合併症の予防に力点を置くあまり、ドパミンアゴニストに治療法を限定してしまうことで、骨折したり就労の機会を失ったりといったデメリットを生じかねない。このためこうしたケースでは早急に運動機能障害を改善する必要が高いことからL-Dopaで治療を開始することも推奨せざる得ない。以上から2011年版では、認知症を合併している場合や70~75歳以上の高齢者の他に、症状が重かったり転倒のリスクが高い場合などにもL-Dopaで治療を開始することとし、それ以外ではドパミンアゴニストで治療を開始するというアルゴリズムに修正された。
また幾つかの臨床試験の結果から、パーキンソン病の薬物治療の開始がある程度以上遅れると、その後治療薬が開始となってからも早く治療を開始したケースに比べて長期(数年)に渡って運動機能が強い傾向が示されてきたことも、ここ数年の大きなトピックスの1つである。このことは、脳内でドパミンが不足したまま一定期間放置すると神経回路網がうまく回転しない状態となり、その後に不足するドパミンを補っても、一度まわらなくなってしまった回路が容易には回復しない可能性を示唆している。このため薬物療法の開始時期について、2002年のガイドラインでは日常生活に支障がない場合はただ経過観察とされていたが、2011年のガイドラインでは、パーキンソン病と診断された場合、例え症状による日常生活の支障がない場合でも、定期的に診察を繰り返しリハビリを勧めるなどして治療開始時期が遅れる事の無いように注意を喚起することとなっている。
現在のパーキンソン病治療において、L-Dopa(横綱)とドパミンアゴニスト(大関)をどこにうまく組み合わせて使用して行くのかは最も大切なポイントの一つである。長期にわたってその患者さんに最も合った治療薬を選択してより良い状態を、より長い期間持続させるためにどのようにしたらよいか?今後も引き続き検討が続けられると考えられる。

引用:難病と在宅ケア Vol.17 No.6 2011.9