4連休、その前日の夕方から風邪引いたため、仕方なく一度外出した他は、寝て過ごした。
寝ながら読める、書き物は小説だけだった。

 そのおかげで、1年以上も前から読んでいた「カラマーゾフの兄弟」を、読み終えることが出来た。
今は、再読しているところで、中巻まで進んだところだ。

 小説は、短い期間で一気に読み通すべきなのだろう。あまり長い間、だらだら読んでいると、あらすじを忘れてしまう。

ドストエフスキーは、高校生の頃「罪と罰」を読んだが、「カラマーゾフ」は、いつも上巻の途中で放り出した。

 「カラマーゾフ」で最も有名なのは、次男イワンが、自作の叙事詩を、主人公の三男アリョーシャに聞かす、「大審問官」の章だ。

15世紀の、異端尋問で多くの人々が犠牲になった最も恐ろしい時代、スペイン、セビーリャの、数百人の異端者が焼き殺された直後の広場に、キリストが降り立つ。

その広場では、前日、国王や騎士たち、枢機卿や着飾った美しい貴婦人たちが、臨席し、全市のおびただしい数の住民たちが見物のために集まっていたのだ。


 そこに、ローマ・カトリック教会の枢機卿である大審問官が通りかかり、キリストを捕らえ、詰問する。

「なぜ、われわれの邪魔をしにきた?」


そして、新約聖書の「マタイによる福音書4章」で、キリストが

「石がパンになるよう命じろ」
「神殿から飛び降りて神の子であることを示せ」
「自分にひれ伏せば、世の国々すべてを与えよう」

という、悪魔の提案をことごとく拒否したことを批判する。


 「人間は自由など求めておらず、パンを与えてくれる者についていくのだ。
もちろん、お前(キリスト)の言うとおり、人はパンのみで生きているのではないのも事実だ。

孤独に耐えようとはせず、一刻も早く、みんなと一緒にひれ伏すことのできる偶像を、探しだし、偶像となる相手に自由を譲り渡したいのが、人間の本性だ。

そして、人間は、神をではなく、奇蹟を求めているのだ。奇蹟を与えないのならば、祈祷師の奇蹟や、まじない女の妖術にひれ伏すようになるのだ」と。

 そして、「われわれ(ローマ・カトリック)は、とうに、お前(キリスト)でなく彼(悪魔)についている。人類の世界的な統合の要求を叶えるために。

パンを与えると同時に、ひれ伏す偶像を与える者こそが、人間を善導することができる。

そして、悪魔につくことと引き換えに、世界と帝位を引き受けることで、全世界の王国を築き、世界的な平和を与えることができるのだ」と説く。

 現代において、偶像を与えるのは、誰であろうか?
そして、現代の偶像とは?


 続く