ですが、現在の福祉の仕組みで利用者さん主体を徹底した時、そこにはどんな副作用があるのでしょうか?
それは、「労働者の権利の欠落」ではないかと思います。
うちの施設のオーナー夫妻の理想を徹底すると、1人の支援者は多くてふたりの利用者さんにしかつきません。
施設のメンバーさんは最大で7人。対する職員は3人から6人。
それはそれはきめ細かな対応をさせていただいているのではないかと思います。
利用者さんは少ないが、スタッフは多い。
これは、スタッフの賃金が安いことを意味します。
利用者さんに徹底して寄り添うと、スタッフの時間的拘束は、なかなかに長くなります。
例えば利用者さんの1人が躁転(躁状態に転じること)すれば、そのひとを他の利用者さんから距離を取るべく、1人以上のスタッフがつきっきりになります。
当然、晩御飯も皆さんとは別に食べるので、付き添いのスタッフは残業が確定します。
例を挙げればいろいろありますが、要はいつ残業になるかほぼ読めないときがある仕事と言えるでしょう。
ワークライフバランスの取りにくい仕事です。
給料は安い、拘束時間は長いとなると、やはり職員は疲弊してきます。献身的な人ほど、うつむいていくという現実があります。
これは、ある種今の福祉のシステムで施設を運営する以上、なかなか越えられない壁と言えます。
だからいろんな福祉施設が、あの手この手でお金儲けの方法を工夫します。成功しているところもあります。
ぼくは、今日、この施設を離れることを告げました。
理由は2つ。
1つは、生活が立ちいかなくなりつつあるから。
もう1つは、福祉の枠組みにこだわった支援に限界を感じたからです。
出口の路地をひたすら歩かされる、福祉の世界に横穴を開けるにはどうしたらいいのでしょうか?
今ぼくは、それを模索し始めています。


