psycho-Oの人生サイコー!〜 精神保健福祉士、楽しんでます 〜

psycho-Oの人生サイコー!〜 精神保健福祉士、楽しんでます 〜

初めまして、管理人のOです。

関西の辺境にある、生活訓練施設とグループホームで働く精神保健福祉士です。

非日常な日常ばかりの、退屈しないこの仕事に関わる悲喜こもごもを、徒然なるままに。

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  うちの施設は、利用者さん主体を徹底している。ということを前回書かせていただきました。



  ですが、現在の福祉の仕組みで利用者さん主体を徹底した時、そこにはどんな副作用があるのでしょうか?



  それは、「労働者の権利の欠落」ではないかと思います。



  うちの施設のオーナー夫妻の理想を徹底すると、1人の支援者は多くてふたりの利用者さんにしかつきません。



  施設のメンバーさんは最大で7人。対する職員は3人から6人。




  それはそれはきめ細かな対応をさせていただいているのではないかと思います。





   利用者さんは少ないが、スタッフは多い。





  これは、スタッフの賃金が安いことを意味します。


  利用者さんに徹底して寄り添うと、スタッフの時間的拘束は、なかなかに長くなります。



  例えば利用者さんの1人が躁転(躁状態に転じること)すれば、そのひとを他の利用者さんから距離を取るべく、1人以上のスタッフがつきっきりになります。



  当然、晩御飯も皆さんとは別に食べるので、付き添いのスタッフは残業が確定します。




  例を挙げればいろいろありますが、要はいつ残業になるかほぼ読めないときがある仕事と言えるでしょう。


  ワークライフバランスの取りにくい仕事です。



  給料は安い、拘束時間は長いとなると、やはり職員は疲弊してきます。献身的な人ほど、うつむいていくという現実があります。




  これは、ある種今の福祉のシステムで施設を運営する以上、なかなか越えられない壁と言えます。



  だからいろんな福祉施設が、あの手この手でお金儲けの方法を工夫します。成功しているところもあります。





  ぼくは、今日、この施設を離れることを告げました。





  理由は2つ。


  1つは、生活が立ちいかなくなりつつあるから。


  もう1つは、福祉の枠組みにこだわった支援に限界を感じたからです。




  出口の路地をひたすら歩かされる、福祉の世界に横穴を開けるにはどうしたらいいのでしょうか?




  今ぼくは、それを模索し始めています。
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  僕の勤める福祉施設のひとつは、いわゆる「作業所」というものです。


  利用者の皆さんが、祝日を含む月〜金曜日に通所し、生活する技術(例えば、料理や掃除)と仕事をする能力(簡単な内職や、休憩すること)を高める場所です。


  うちの作業所では、「ハブの実取り」と、「ジュース詰め」を就労のための作業に取り入れています。


  ところで、精神障害のある方々は、身体障害や知的障害のある方々と比べて、仕事につきにくいことを皆さんご存知でしょうか?


  理由は"欠勤や遅刻、早退が多い"からです。



  精神疾患を患うと、ものすごく疲れやすくなったり、感情をうまくコントロールできにくくなります。


  "そういう症状である"ということは、精神障害と呼ばれるものに関わったことがある人ならわかることです。


  しかし、集団で仕事をするとなると、時間を守ることはとても重要なことです。その能力なしに、現代日本で生活できる十分なお金を稼ぐことは本当に難しい。


  結果、僕たち支援者は、利用者さんに1日の仕事の流れに自分を合わせることを求めがちです。



  1日の流れ、ルーチンワークに合わせられるようになること。それ自体は絶対に必要なことだと思います。

  
  ただ、そもそも決まり切った仕事の流れ、ルーチンワークに合わせるには、まだまだ回復していない方が多いのが、うちの施設の現実です。


  どんな状態かというと、さやから実を外すだけの単純作業を、十分続けただけでも疲れ切って残りの1日を横になって過ごしてしまうくらいの状態です。



  いわゆる、"社会の歯車"としては不適格だとみなされるでしょう。



  特に日本社会は個性を殺し、集団の一員として、感情や苦痛を抑えることを求められます。



   大変個性的な、うちの施設のメンバーさんには生きづらいことでしょう。



  うちの施設では、ルーチンワークは非常に少なく設定されてきます。



  個々のメンバーさんに合わせた、1日の予定は存在しますが、その日の調子に合わせて、毎日変更されます。


  お腹の調子が気になると訴えがあれば、内科へ受診にお連れし、



  疲れがたまっていると伝えられれば、作業内容を減らし、


  気分転換がしたいと申し出があれば、散歩に出かける。


  "わがまま"に聞こえるかもしれません。ですが、 "個別化"、"利用者さん本位" を徹底すると、自然とこのように、ルーチンワークがすくない支援の形になるのだと思いました。



  これが、うちの施設の特色です。


  うちの施設は今年の2月に立ち上がりました。


  施設を運営されるご夫婦の、"理想の支援を実現する"という願いを軸に、少しずつ作り上げてきた施設です。


  私たちは、利用者さんを見下しません

私たちは、利用者さんに24時間寄り添います

 利用者さん主体を徹底します


  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


 次回は、利用者さん主体を徹底することの問題点について書きたいと思います。



  はじめまして。psycho-Oと申します。

  精神障害のなかでも、特に発達障害と言われるものをお持ちの方を、主に受け入れる施設で働いております。



  ぼくは、精神保健福祉士という資格を持っております。



  精神保健福祉士とは言っても、どんなものかはあまり知られていないかと。


  この仕事は、勤務先によって仕事内容が大幅に変わります。


 たとえば病院の相談室(院によっては地域連携室とも呼ばれる)なら患者さんや利用者さんの生活保護や外部診療の手続き、他の部署への連携をしたりするようです。



 就労支援なら、利用者さん達の仕事について、それを続けるための支援をしたりします。



 他にもいろいろありますが、長くなるのでこの解説はこの辺で。




「精神障害者って、ヤバイ人ばっかやん」




  というイメージを持つのが、やはり一般的な反応ではないかと思います。



  ぼく自身そんなイメージを持っていましたし、だからこそ刺激が好きなぼくが、この仕事を選んだという理由でもあります。


  結論から言って、



「精神障害者はヤバくない」



   ということをお伝えしたいのです。



 精神障がい者の方は、よく知ればただの人です。


  もちろん幻聴が聞こえたり、ときには涎を垂らしたりするダイナミックな個性をお持ちです。

 でも3日もすれば慣れてしまいます。


  そこに慣れると、今度は自分が「精神障がい者」というひとくくりで、利用者さん達を決めつけていたことに気づきます。




 障害者理解と国際交流は似ている



  ぼくは、趣味で英会話サークルに入っているのですが、共通点が多いというか、同じだなぁと思ったのです。




 外国の方と話をして、文化や風習の全く違う相手を知る。


 そのときに、はじめは、相手は〇〇国人です。



 でも、コミュニケーションをとり、友達になっていくと、相手は〇〇さんという一人の人間になります。



 たとえば相手がテキョンさん(仮名)という韓国人さんだとしましょう。



 はじめは、彼は韓国人です。韓流でモテモテでもあり、歴史的にわだかまりのある外人さんです。



 でも、知り合っていくうちに、彼は優しくて茶目っ気のある今時の若者だと思い始めます。



 ではそれを精神障害に当てはめてみましょう。
 


 たとえば相手がスズキさん(仮名)という双極性障害(そううつ病)を持つ精神障害者さんだとしましょう。



 はじめは、彼はそううつ病患者さんです。気分の波が激しすぎて、家に閉じこもったり、「俺は神だ!」と言ったりする病み病みの実の能力者です。



 でも、知り合っていくうちに、彼は真面目で我慢強い、思いやりのあるおじさんと思い始めます。




  目の前にいるひとは、「外国人」「精神障がい者」であるまえに、「◯◯さん」という一人の個性を持った人間なのです。




  こんなあたりまえなことが、精神保健福祉士として最初の3日が過ぎたときに利用者さんに教えてもらったことでした。



大事なのはそう、"個別化"です。



  難しい言い方になりましたが、要は

他人に興味を持って関わって、どんな人か知る



それが、人付き合いの始まりなんだと思います。


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☝️ハロウィンに作った、蜂の子ゼリーです。