ふと、目をあけると、窓から入り込んでくる光が見える。
俺はもう一度目を瞑りたい感覚に襲われるが、目を瞑ったら、2度と起きれないような感じがしたので、身を起こすことにした。
「ふう・・・」
一息つき、一度大きく体を伸ばしてみる。
「ふぁぁぁあ。」
大きな欠伸と共に、目から涙がこぼれる。
昨日、宿でグラトニオスとの話が終わった後、酒場までいき、何かしらの情報を得ようとしたのだが、役に立ちそうな情報は何も無かった。
0:00過ぎるころになると、人も減っていき、盗賊も現れる気配がなかったので、宿にもどり寝ることにしたのだ。
「結局、昨日はなにも収穫がなかったんだよなぁ。」
俺は、ため息混じりに呟いた。







身支度を終えた後、1階にある食堂へ向かった。
その食堂は、綺麗でもなければ汚くも無い。
石畳に、レンガ造りの暖炉。天井には、要所要所に照明がある程度。
まぁ、よく言えば古風な造り、悪く言えば・・・古汚い造りである。
食堂を見渡すと、すでにグラトニオスが席について、パンを千切りながら食べていた。
「よう、もう起きてたのか。ずいぶん早いんだな。」
俺はそういって、同じテーブルに腰を下ろす。
「あぁ、あまりのんびりしているわけにも行かんからな。昼の間は、各自で情報を集めよう。夜よりも出歩く人も多いから、そっちの方が捗るだろう。」
グラトニオスは、パンを飲み込んでから話した。
「あぁ、そうだな。この街も結構広いからな。ゆっくりしてると、すぐに日が暮れちまう。」
そういって、ウェイトレスに適当に朝飯を注文する。
「それでは、私は街の北口方面からあたろう。君は南口方面から当たってもらえるか?」
「あぁ、構わない。それじゃあ、霧の出始める18:00頃にまたここに落ち合うことにしよう。」
俺は、グラトニオスの質問に即答し、落ち合う時間も指定した。
どうやら、グラトニオスは食べ終わったらしく、口元を拭っている。
「それでは先に失礼するが、ここの代金は私に持たせてくれ。」
そう言うと、こっちの返答も聞かずに出口へと歩いていた。
「サンキュ・・・」
俺は、聞こえるか分からないが一応礼だけは言っておいた。
それからすぐに、注文した朝飯が俺の目の前に置かれた。








朝飯を食った後、俺は言われたとおりに南口付近から探索を始めた。
と、言っても南口付近は、特になにもなさそうな、平凡な街並みであった。
こっちの方は、どうやら住宅街のようだ。
住宅街には、情報源は少ない。
だが、少ないだけであって、たまにものすごい情報を持った、とあるお方々がいらっしゃる場合がある。
なぜ、敬語になっているのかは、察してほしい。
俺は、その方々を探すべく、手当たりしだい居そうな場所を回ってみる。
多くの人が通るような十字路、子供が騒ぎ遊ぶような広場の片隅等探してみるが、お目当ての方はみあたらない。
「おかしいな。この時間ならこの辺に居ると思うんだけどなぁ。」
そう独り言を呟き、街の南口へ向かうと、その方々は南口のすぐ近くにある塀のそばで円陣を組んでいた。
「・・・やぁねぇ、奥さん綺麗だからそんな事いえるのよぉ。」
「・・・そんな事無いわよ。奥さんだって十分に綺麗よ。」
・・・5人で井戸端会議中だ。
そう、ある方々とは、ここいらに住んでいる奥様方だ。
話すのは、かなりの精神力が必要とされるが、もっている情報の数は計り知れない。
はぁ、気が重いが仕方が無い。
この仕事を早く終わらせるためだ・・・
そう自分に言い聞かせて、奥様方の会議場へと足を進める。
「あの・・・」
俺は、勇気を振り絞り、奥様方の井戸端会議の中に踏み入れた・・・が。
「全く、うちのお隣さんなんて、朝から晩まで、ずっと酒びたりなのよ。」
「あら、大変ねぇ。でも、うちのお隣さんも・・・」
・・・シカトか?いや、気づいてないだけだろうが、この距離でも気づけないのかよ。
井戸端会議上まで、およそ3mくらいの地点で話しかけてるのに、一向に気づいてもらえそうもない。
「あの!!」
さっきよりも、かなり大き目の声で話しかけてみた。
すると、一行のは一斉にこっちを向き、警戒する。
「あらやだ、あなた見かけない顔ね?どなた?何か用?」
・・・そりゃ、見かけないだろうし、用も無けりゃ話したくもない。
っと、心の中で思いつつ、口には出さないように気をつける。
「実は私、各国を旅しているものなんですが、最近ここら辺で盗賊団が居るみたいじゃないですか?被害にあった人とかいるんですか?」
至って丁寧な口調で話しかけた。
自分がロードアサシンであることを、明かさないのは、素性が盗賊団の耳に入ることを恐れたからだ。
すると、あっさり信用し、笑いながら話してくる。
「あらやだ、盗賊団ってメンフィス盗賊団のことかしら?」
「違うわよ奥さん、メルフィンよ。」
「あらやだ、間違えちゃった。歳はとりたくないわねぇ。うふふふふふふ。」
・・・歳はかんけーねーだろ。
「で、そのメルフィン盗賊団について、何か知ってるんですか?」
出来るだけ、やさしい口調を心がけ話している。
偉いぞ、俺。
「知ってるも何も、この街で知らない人なんて居ないわよ。」
「そうそう、ほんとに困ってるんだから。」
「うちの旦那、前に盗賊に襲われて、持っていたお金を取っていかれたのよ。」
「あらやだ、怖いわねぇ~。」
ふむ、盗賊被害は結構あるのか。
「でも、最近見かけないわね・・・盗賊団。」
「そうねぇ。見かけないに越した事はないんだけど、急にこなくなったから逆に不安よね・・・」
奥様方は、各々に不安そうな表情をしながら、話している。
「急に?」
「えぇ、そうなのよ。毎日のようにやってきては、食料やお金を強奪してたんだけど、ここ1週間近くは、なんの話も聞かないのよ。」
「一番最後に現れたのは、何日前だかわかりませんか?」
「そうねぇ。確か、4日くらい前だったかしら?」
4日前・・・フェンネムの消息がたったのと同じ日か。
やはりフェンネムと盗賊団、なにかしらの関係がありそうだな・・・


馬車に揺られること3時間弱。

ようやく、見えてきた、霧の都ブルッケンハイム。

なぜ、この街が霧の都と呼ばれているかというと、近くにある、メギウス森林地帯は、朝と夜に異常なほどの霧が発生するのだ。

その霧が風に流され、この街に流れてくる。

そのことが、街の観光名所ってことで、霧の都なんてつけたんだろうな。

しかし、その霧のせいで、この街では朝方と夕方以降はあまり、外に人気は無い。

「やっぱ、こんな時間じゃ人っ子1人いねぇな。」

俺は周りを見ながら、呟いた。

「あぁ、この時間に外を歩き回る人間は、命知らずの酔っ払ったごろつきか、金目の物すら持っていない浮浪者か、盗賊団の団員くらいだ。」

グラトニオスは、馬車から降り、礼金を渡しているところだった。

「そりゃ、言えてる。んで、何か考えがあって、この時間につくように出発したんだろ?」

俺は、まだ周りを見渡しながらグラトニオスにいった。

「あぁ、そうでなかったら、こんな時間に着くようにはせんさ。取りあえず、宿を取ってある。荷物を置いてこよう。話はそれからだ。」

宿に、荷物を置き、俺の部屋にグラトニオスが来て話を聞くことになった。










「んで、どういうつもりでこんな時間につれてきたんだ?まさか、酒場に行くとかそんなふざけた理由じゃねぇよな?」

俺は、椅子にもたれ掛かり、相変わらずの気だるそうな態度で話す。

「あぁ、そんなことは、もちろん言わん。正直な話、私もも確信があってきたわけではないが、どうやら、盗賊団が活動をするのは、必ず0:00以降のようなのだ。」

グラトニオスは、他の部屋の人や、盗聴に気を使ってか、やや小さめな声で話す。

「そりゃ、暗くなってからが、奴らの仕事の時間だからな。夜が更けてから、行動することのどこが変なんだ?」

俺は声など気にしないで、普通のトーンで話す。

「わからんのか?君らしくないな。つまり、0:00以降でないと行動できない理由があるんだ。」

確か、この街は0:00辺りになると、多少霧が晴れるんだったな。

「そうか、昼の明るい時に街に忍び込んでおき、夜になって霧が収まり始めた時間に行動し、また、霧が濃くなる前にアジトに帰るって事か・・・」

俺はすかさず思考を回転させ、すぐに答えを導き出す。

「そういうことだ。つまり、この街のどこに潜んでいるか分からないってことなんだ。」

さらに、小さい声でグラトニオスは話を続ける。

「私たち、ロードアサシンが来てる事が奴らに知られたら、アジトに暫く引篭もってしまうだろうからな。」

確かに、そんなことになったら、ミッション失敗で、俺たちはノコノコとアークに帰らなくてはいけなくなってしまう。

「そりゃ、やべぇな。」

さすがに俺も声を潜めて話し始めた。

「で、いったいその情報は、誰から得たんだよ。」

情報の出所は、信頼性を持つためには必須なことだ。

「フェンネムだ。以前、彼がこの街の盗賊団の情報収集を任せていたんだ。」

フェンネム=ラスネル。

ロードアサシンの1人で、グラトニオスの部隊に所属していたはずだ。

「・・・以前?今はもう情報を集めてないのか?」

「あぁ、ここからが重要な話になる。心して聞いてくれ。」

・・・嫌な予感がする。

「率直に言うと、フェンネムからの連絡が途絶えたのだ。」

俺は言いたい事は山ほどあるが、黙って話の続きを聞く。

「連絡が途絶えたのは4日前。最後の定時連絡の時に、先の情報を得られたと報告があった。そして、その情報を伝手に、アジトを探し出すと言っていた。私は、その時に止めるべきだったのだろうが、フェンネムの実力を買っていたのと、メンフィス盗賊団を侮っていたせいで、探し出すように指令を出してしまったのだ。」

グラトニオスがそういって、うつむいた。

「つまり、あんたがそんな無謀な指令を出したせいで、フェンネムからの連絡が途絶えちまったって事だな?」

俺は、単刀直入に聞き返した。

「あぁ、そういうことになる。厄介な状況なのは分かっている。だからこそ、君の力を借りたく、マスターに組ませてもらえるように頼んだのだ。君に詳しい話もせずに連れてきたのは悪いと思っている。すまん・・・」

そういって、頭を下げてくる。

「ちっ、あんたが謝る必要はねぇ。早く仕事を片付けるぞ。」

グラトニオスに同情したわけではなく、本心からさっさと仕事を終わらせたかった。

しかし、本当に厄介なことになってしまっている。

いくつか、考えられる状況があるが、今はあまりいい状況とはお世辞にも言えない。

考えられる状況の中で高い可能性を秘めているのは2つ。

1つは、ロードアサシンからの連絡が無くなると言う事は、狩る側の俺たちが逆に狩られている可能性があると言うことだ。つまり、相手はそれほどの実力者である可能性が高い。

だが、そんなのはまだ生易しい。

もう1つは、フェンネムが裏切った可能性だ。

もともと、フェンネムは野心の強いタイプだった。その分、この可能性が高いと判断せざるを得ない。

それに、アークの中央広場襲ってきたスタッバー。もしかしたら、フェンネムか差し向けたものかもしれない。

そうなると、今までの情報が全く役に立たなくなってしまう。それどころか、俺たちがこの街に来ていることすら筒抜けの可能性も否定できない。

あくまでも、これはネガティブプランに過ぎないが・・・

おそらく、グラトニオスもその可能性があるのを分かった上で話したんだろう。


ちなみに、ネガティブプランとは、現状況で最悪と思われる状況が最も正しい事だと考えることによって、予想外の出来事にも対応できるようにしていく、考え方のことだ。良い状況から、悪い状況に流れてしまったとき、人はどうしても混乱してしまう。それを、わざと初めから、最も悪い状態だと認識することで、状況が変化したときに、混乱を最小限に抑えるためのテクニックだ。ただ、集団で使う時は、士気が下がりやすいと言うデメリットもあるが・・・


「まずは、その情報の検証からだな。聞き込みの基本、酒場にいくぞ。」

グラトニオスは、その言葉を聞き深く頷いた。












「確かに不自然ね。」

グラトニオスと別れてから、フィエルと合流し、事の経緯を話した。

「だろ?」

俺の相づちを聞くなり、話を進めるフィエル。

「でも、ティルちゃん気にしすぎじゃない?グラトニオスさんは人望も厚く、信頼のできる人だと思うわよ。」

そう、こいつの言うとおり、グラトニオスは親父からの信頼も、部下からの信頼もある。

「けっ、別にグラトニオスが怪しいってわけじゃねぇよ。このミッションに裏があるんじゃないかってことだ。」

俺は憮然とした顔でそう言ってみた。

「あら?そうなの?私はてっきり、ティルちゃんはグラトニオスさんが嫌いだから、このミッションにいちゃもん付けてるのかと思ったわよ。」

と、人をからかうように、ニヤニヤしながら、言ってくる。

「別に嫌いじゃないけどな。まぁ好きでもないが。」

これは、正直な俺の考えだ。

確かに、あいつは悪いやつじゃない。

俺が、いい子ちゃんタイプのやつとは気が合わないだけだ。

「ただ、用心をしておいた方が、いいかもしれないわね。ただの盗賊狩りとは思えないってのは私も賛成よ。」

おぉ、フィエルが珍しく、まじめな顔をしている。

「別に、珍しくないわよ?」

うっ、どうやら心の声を読まれたらしい。

「ま、まぁ、何かしらの手は打っといてもいいかもな。お前、この後暇だろ?」

こいつの考えも聞いたほうが、いい対策練れそうだからな。

この際、一緒に考えてもらうとするか。












フィエルとの、作戦会議はあの後3分くらいで、内容が分かるわけ無いのに対策が練れるか!って結論に至り、その後は、フィエルの無駄話に、延々と付き合わされた。

「あぁ、ミッション前から、疲れさせるなんて・・・」

憂鬱になりながら、待ち合わせの中央広場に向かう。

時間は18:00ジャスト。

我ながら、いい時間配分だ。

中央広場にいくと、すでにグラトニオスが腕を組み壁にもたれながら待っていた。

「来たか。準備はもう平気か?」
ゆっくりと、しかしはっきりとした口調で話してくる。

だが、俺は、辺りに佇んでいる、妙な気配に気づいていた。

「いや、平気じゃないな。」

俺は、その気配の基となる路地裏にある暗闇を睨み付ける。

グラトニオスもそれにつられて、暗闇に目をやる。

どうやら、グラトニオスも気がついたようだ。

「すまんな、気配を読むのはあまり得意じゃないんだ。」

グラトニオスは謝るが、礼儀上言っているだけで、悪ぶれる素振りは全く無い。

「自分の不始末は、自分で片付ける。」

と、言いながら、暗闇へ向けて、一歩踏み出す。

「いるんだろう?でてこい。」

グラトニオスは暗闇に向けて、一言声を掛ける。

すると、隠れているのも無意味と悟ってか、暗闇から静かに姿を見せてくる。

「グラトニオス=グルーガル、ティル=クレストハイヤーだな。悪いがここで死んでもらうぞ。」

その台詞と同時に、周りにある死角から、次々と妙な奴らが姿を現してくる。

グラトニオスは眉をひそめて、辺りを睨み付ける。

人数は8人。

目の下まで隠れるようなマスクをし、全身黒一色で統一されたコスチューム。

手には、各々の得意とする武器が握られている。

「むっ、アサシン・・・か?」

グラトニオスは俺に返答を求めるかのような、独り言をつぶやいた。

「いや、おそらくスタッバーだろうな。」

俺は丁寧にも答えてやった。

ちなみに、アサシンとは、人を殺したり、物や情報を盗んだりする事を生業としているやつ等で、正直言って強い。あまり、相手にしたくない奴らだ。

スタッバーってのは、簡単に言ってしまえば、見習いアサシンのことだ。実力はアサシンよりもはるかに劣るが、そこらの盗賊や傭兵などでは話にならないほどの実力はある。

「そうか、なら安心した。ミッションの前に、無駄に体力を使いたくないからな。」

少しは安堵したような口調で、言う。

「あぁ、そうだな。で、自分の不始末はしっかりと自分で片付けてくれるんだろうな?」

少し、いや、かなり嫌味っぽくグラトニオスにいってやった。

「あぁ、無論だ。手出しは無用。」

・・・おいおい、マジかよこいつ。

スタッバーとは言え、戦闘力が無いわけではない。

8人もいれば連携もできるだろうし、それなりに厳しいはずだ。

まぁ、グラトニオスくらいの実力があれば、負けることはないだろうが。

・・・っといっても、俺自身グラトニオスの実力をしっかりと見たことは無かった。

そうこう考えているうちに、スタッバーの1人がグラトニオスに向かって走りこんできた。

なかなか良い踏み込みだ。

スタッバーは自分の武器であるシミターを、グラトニオス目掛けて素早く斬り付ける。

グラトニオスは避わす気配すらみせない。

―どうする気だ?

刹那、グラトニオスの体がゆらめき、シミターがすり抜け、代わりにスタッバーのわき腹から大量の血が吹き出た。

致命傷・・いや、即死か・・・

いつの間にかグラトニオスは、相手の後ろに回りこみ、わき腹を自分の剣で切り裂いたのだ。

それをみた、他のスタッバーは、個々の力では到底及ばないことを把握し、動揺することなく、連携を組むように、襲ってきた・・・が、そう判断したときには、既に遅く他の3人のスタッバーがあっさりと切り捨てられ、地面に伏せていた。

「ふん、この程度か。やはり、ティルの言ったとおり、ただのスタッバーのようだな。」

グラトニオスはそういうと、剣についた血を振り払うかのように、剣を振った。

―おいおい、強いじゃないか。てか、どうなってやがる?まるで瞬間移動だ。

そう、まさに瞬間移動なのだ。

一瞬にして、相手の後ろに回りこみ、気がついたら斬られている。

その実力をみて、残りのスタッバーは呆然とし、1人が小さな声で何かを呟き、その場を去っていった。それに合わせるかのように、残りのスタッバーも撤退していった。

「さて、多少の時間のロスはあったが、ミッションには支障はなさそうだな。」

グラトニオスは何事も無かったかのように、荷物をもった。

「街の外に馬車を手配してある。待たせては悪い。早く行くとしよう。」

そういって、前を歩き出した。

俺は、その後ろを付いていきながら、考え事をしていた。

グラトニオスの強さもそうだが、それよりも撤退際のスタッバーの台詞が気になる。

・・・話が違う

確かにそう言っていた。

かすかな呟きだったが聞き逃さなかった。

「妙じゃないか?」

俺はグラトニオスに問いかけた。

「何がだ?」

グラトニオスは歩きながら聞き返してくる。

「なんか、あっさり撤退しすぎのような気がするんだ。それに、話が違うって言ってたぞ。」

「ふむ・・・」

グラトニオスは、そういって考え込むように腕を組んだ。もちろん歩きながらだが。

「今の状態では、なんの答えもでないな。取りあえず、ブルッケンハイムに向かおう。そこで、情報を集めれば、何かしらつかめるだろう。」

「まぁな。正論だ。」

それから、移動の最中も言葉を交わすことなく、俺は自分の思考の世界に耽っていた。











ザッザッザッ・・・


数人の男達が森の中を駆け抜ける。

森は月に照らされ、影がよりいっそうに強調される。


「はぁはぁ、ここまでこれば追ってはこられまい・・・」

その中のリーダーらしき男は、周りを警戒し、息を切らせながら言った。

「しかし、参りましたね。まさかロードアサシンがくるなんて・・・」

他のメンバーも周りの警戒は怠らない。

「しかし、相手は1人。俺達は5人ですぜ?何で逃げないといけないんですかい?」

と、別のメンバーが不平を口にする。

「バッカヤロウ!確かに1人だったらやれるかもしれないが、応援がきたらどうす・・・」

リーダー格の男の台詞を遮る様に、聞きなれない男の声が響く。

「安心しろ、応援などこない。」

その声を聞くと同時に、男達は竦み上がった。

「ど、どこにいやがる!!」

「でてきやがれ!!」

次々に、男達はまくし立てるが、一向に声の主の場所は特定できない。

「くっそう・・・俺達メルフィン盗賊団をなめるなよ!!」

男達の1人が涙目になりながら、捨て台詞を吐く。

だが、声の主は冷静に話を進める。

「だから、安心しろといってるだろ。お前達にいい条件の話があるんだがなぁ・・・」

「いい条件だと!?」

男達は訝しげに、声の主の言うことに耳を傾けていった・・・










「ふう・・・」

大きく息を吐く。

ここは、エイベルム地方の首都であるアーク。

世界でも有数の大国で、一般の生活を営んでる人を初め、商人や、旅人、吟遊詩人、傭兵に裏の仕事をしている奴ら等、様々人間が溢れ返っている。

そのお陰か、苦労は絶えないが。

「お疲れ、ティルちゃん。」

こいつはフィエル=アレンフィーノ。

幼馴染で、よく一緒にミッションに出向くことがある。

今もこいつと一仕事終えてきたばかりだったりもする。

余談になるが、こいつはやや筋肉質だが、細身で肌も綺麗な方だ。

声は女からみるとやや低めだが、高めで、いい声してる。

一見「女」に見えなくは無い。

「あら?どうしたの?浮かない顔してるのね。私でよければ話くらい聞くわよ?」

っとまぁ、今のこいつの口調を聞けば「女」と、勘違いするやつが多いって訳だ。

そう、簡単言ってしまえば「オカマ」だ。

「まったく、無視するなんてひどいわねぇ。そんなんだから、性格悪いって言われるのよ。」

こいつの、話に答えずに考えてたら、すき放題言われてしまっている。

「あ?なんでお前に、んなこと言われないといけないんだよ。このオカマ!」

ちょっと、言い返してやった。
「あら?オカマの何が悪いのかしら?」

あぁ、そうだ。こいつはオカマに誇りを持ってたんだ。

「まぁ、いいけどな。」

と、そのまま話を進めるのもめんどくさいので、軽くあしらい、大きく息を吸い伸びをしていると、フィエルが俺を咎めるように言ってくる。

「ティルちゃん、こんなところでのんびりしててもいいの?また、ミッションの報告をマスターにしてないんでしょ?」

「あぁ、してない・・・が、面倒だから後でいい。」

俺は、あからさまに気だるそうに答えたんだが、そんなんで納得するフィエルでも無い。

「だめよ。ちゃんと報告してからノンビリしなさい!何だったら、私もついていってあげようか?」

やっぱり、そうきたか。

「ちっ、んな必要ねぇよ。行けばいいんだろ。ったく・・・」

舌打ちをわざと聞こえるように打ち、その場を立ち、フィエルに指令を出しといた。

「んじゃ、俺は報告に行ってくるから、お前は次のミッションの支度でも済ませとけ。」

フィエルもその言葉に笑顔で頷き片手を挙げてその場を去っていった。

―さて、俺もいくか・・・

気が向かないが報告のためにマスタールームに向かうことにした。

―堅苦しいのは苦手なんだよなぁ・・・

とか考えつつ、アーク城に向けて足を進めていた。








「遅い!今まで何をしていた!!」

いきなりの怒号に耳を押さえる。

そう、マスタールームに付き、入ったとたんに、怒号されたのだ。

「ったく、いきなり叫ぶなよ・・・」

俺は耳を押えつつ、話す。

「今回は代理じゃなく、俺が直々にきてるんだからいいだろ?」

今叫んだのは、マスターの弟である、ゲネス=クレストハイヤー。いわゆる、サブマスターってヤツだ。

「そういう問題ではない!」

ゲネスは鼻息を荒くし、怒りを顕わにしている。

「まぁ、そう怒るなゲネス。しかったところで、こいつが改心するとも思えんしな。」

ため息交じりで、諦めるように言い捨てながら部屋に入ってきたのは、マスターであるレファルティング=クレストハイヤーだ。

「さすがマスター、よく分かってらっしゃる。」

取りあえず、嫌味を込めて言ってみた。

「はぁ・・・」

案の定、ゲネスはため息を付き、これ以上何か言うつもりはないようだ。

「お前は、いつもそんなことばかり言って・・・父親として、悲しいぞ・・・」

っと、マスターは苦笑いしながら言ってくる。


そう、何を隠そう、俺、ティル=クレストハイヤーは、アークのロード及びロードアサシン部隊総司令官(通称マスター)である、レファルティング=クレストハイヤーの息子なのだ。

俺にとっては肩書きなど、どうでもいいことなんだが、一応、ロードアサシン部隊の指揮を任されてたりする。まぁ、指揮といっても、緊急時や団体でのミッション時だけだから、あまり実感は湧かないが・・・

ちなみに、ロードってのは、国の治安維持や緊急時の防衛等を行う奴らのことで、ロードアサシンってのは、法の下に悪人を裁くことを生業としている。相手は主に盗賊や人斬り、テロリスト、殺し屋(アサシン)等、話しも通じないような奴らが相手なので、殺してしまうことも多々ある。まぁ、そんな殺しも認められてしまう職でもある。

さっき一緒にいたフィエルも、ロードアサシンの一人なのだ。


「・・・ル!・・・ティル!!人の話を聞いているのか?」

あぁ、親父はまだ説教していたようだが、全く聴いていなった。

「ん?あぁ、聴いてた聴いてた。」

と、軽く返事をしておく。

「・・・まぁ、もういい。戻って休んどけ。」

親父も諦めたようだな。

「んじゃ、またな。」

そういって、俺は親父に背を向け、片手を振りながら部屋を後にした。








「さて、何をするか。」

暇が嫌いなわけでもないが、特にやることもなく街を徘徊してみる。

次のミッションの準備は、フィエルに任せてしまったおかげで、やることがなくなってしまったのだ。

「あぁ、こんなことなら自分で準備をしておけばよかったか。」

と、軽くつぶやいてみる。

「ティルじゃないか。なに一人でブツブツいってるんだ?」

いきなり、後ろから話しかけられた。

「あんたか。」

俺は後ろを振り向くことなく答えた。

「任務お疲れ。と言っても、私も今報告が終わったばかりなんだがな。」

こいつはグラトニオス=グルーガル。字は執拗のグラトニオス。

髭をはやした、恰幅のいい紳士という感じだ。

俺がいなかったら、こいつがロードアサシンを指揮してたかも知れない。

「あぁ、盗賊どもの殲滅だっけ?お疲れさん。それじゃあな。」

こいつと、あまり話を続ける気も無かったので軽くあしらい、その場を立ち去ろうとする。

だが、グラトニオスは何故かこっちを見ている。

正確には、見られてる気配がする。

「まだ何か用があるのか?」

面倒くさいが、一応聞いてやった。

「聞いてないみたいだな。次のミッションは私と君でいくことになってるんだよ。」

「・・・・は?」

信じがたい言葉にもう一度聞きなおしてしまった。

「だから、次のミッションは私と君で共同作戦だと言ってるんだ。」

グラトニオスは、律儀にももう一度言い直してくれた。

「冗談だろ・・・?」

今の俺の顔は、おそらく、いや、確実に不満の色を顕にしているだろう。

だが、グラトニオスはそんなのもお構いなしに話を続けてくる。
「本当だ。また盗賊狩りだがな。ブルッケンハイムに巣食っている盗賊団だ。相手も大人数だからな・・・」

盗賊団・・・面倒くさいことこの上ない・・・

盗賊団ってのは一人一人の能力は大したこと無いくせに、群れていやがる。

そのせいで、一回で壊滅させるのは、少々骨が折れる。

数人やったところで、蜘蛛の子散らしたようににげていくからな。

「ったく、ほんと面倒なミッションもってくるのな。まぁ、マスターの命令なら仕方が無いか・・・」

一応、親父のことは、人前ではしっかりとマスターと呼ぶことにしている。

その言葉を聞いて、グラトニオスは笑みを見せた。

「安心したよ。君に断られたら、私一人で行く羽目になっていたからね。正直、一人で行くのは少々不安だったのだよ。」

とか何とかいいながら、自信に満ちた笑顔は耐えない。

「けっ、あんたほどの人間がよくそんなことを言えたもんだ。」

俺は、相変わらずの悪態をついてやった。

「んで、ブルッケンハイムの有名な盗賊団といったら、メルフィン盗賊団だろ?頭のメルフィン=ガリオスと、その側近どもは、それなりの実力があるはずだ。」

こいつと、世間話など真っ平御免なので、すぐに仕事の話にすり替えた。

「あぁ、奴らの頭は相当な切れ者だしな。こちらも、下準備なしでいくと、足元をすくわれかねん。おまけに、奴らの巣食っている場所は、ブルッケンハイムから少し離れた、メギウスの森林地帯だ。」

「メギウスか・・・確かに厄介だな・・・」

この森は、他の森とは違い、昼でも夜のように薄暗く、モンスターも数多く生息している。地元のハンターですら、あまり近寄らない場所だ。

だからこそ、盗賊どものアジトには、もってこいの場所なんだが・・・

「しかし、奴らは、あの森の地形を把握しているのか?」

そう、あの森はいわゆる、迷いの森なのだ。

「うむ、私もそれが気がかりだ。おそらく、100%把握はしていないだろうが、一定のルートなら把握しているんだろうな。」

もちろん、この一定のルートとは、アジトから街までのルートだろう。

「だろうな。それくらいは、把握していなければ、アジトとして機能するはずがない。しかし、アジトから街まで、何通りかパターンがあるはずだ。そのパターンを調べないとな・・・」

そう、アジトから街までのルートが1つだけだと、非常時になんの役にも立たなくなってしまう。自分たちも森で迷って死ぬのが落ちだ。

しかし、どうしても引っかかることがある。

なぜ、このミッションは俺とグラトニオスなのだろうか。

確かに、メルフィン盗賊団は規模もそれなりに大きく、アジトがメギウス森林地帯ってのは厄介だが、そこまで難易度の高いミッションじゃないはずだ。

並のロードアサシン3、4人いれば十分に方がつく。

俺と、グラトニオスは、最上級に位置するロードアサシンだ。

こんな仕事が回ってくるのが不自然だ。

・・・何か裏があるのか?

「まぁ、ここで考えていても仕方が無い。現地に行ってから、ルートの検証をしよう。18:00に中央広場で落ち合おう。しっかりと準備をしておいてくれよ」

グラトニオスは、そういい残して、その場を去っていった。