作品という程でもないけどついったに書こうと思ったけど思いとどまった文章を載せていきます。
誰もが皆不幸だったら、一番不幸な奴の不幸は誰が分け持つんだ。自分は少しくらい背負っても大丈夫、って見えるくらい、幸せな人は胸を張って分かたれる不幸に備えるべきだし、自分が、本当に心から幸せと言えた暁には、そうであって、尚且つ幸せを切り崩す準備を見せたい。
僕をそこらの 幸せを自覚出来ない上に無理な生き方なんて馬鹿やった末に心を病んだ愚かな精神病者と一緒にして貰っちゃ困るぜ 悠々自適、無理もせず自然に感じて生き、周囲の人の温もりと幸せを人並みに感じたうえで それでもまだ病んでるのが僕だ 並大抵の精神病者とは格が違うんだよ!
病弱そうな、細い、眼鏡とマスクを着けた、美しい女の人の、四角い箱のようなバッグと、靴と、スーツが、全て黒く、なのに、俯いて見えたまた黒い長い髪の後ろ側に、一筋の白髪が見え、僕はその人にストレスを与えた全ての物と、そういった現象を起こさせる人体の構造に大きな憤りを覚えたのであった。その女性は首もとに白いスカーフを着け、頭には濃紅のバラを模した髪飾りを付け、ピンク色の爪を伴った細い指を組み、一人の中年の男性に付き添われて、辛そうに目を閉じており、その閉じた瞼から生える睫もまた長く黒く美しかった。
電車に乗ると、人が如何に人と繋がりたいかを痛感するというのは皆携帯をいじってるからで、資本主義はその欲求を掘り起こしたに過ぎないが、その病的性向を助長したには違いない。両者の蜜月について書けば一冊になるだろう。ただテクノロジーが発展したから繋がるようになったという文脈ではとても収まるまい。