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余命

先週末、知人のお母さんが亡くなりました。


おとといはお通夜に行ってきました。


仕事でも仕事以外でもお世話になった方でした。


自分にだけでなく、色々な人にとても面倒見のよい人だったと聞いています。


何より、人をとても大事にして、いつお会いしても満面の笑顔だったのが印象的です。


彼女に世話になったり、大事にしてもらったりした人、沢山いたんだと思います。


斎場には250人以上の弔問者がいました。 
 
そんな素敵な人を病魔が襲って


余命一ヶ月と宣告されてから10日で容態が急変し亡くなってしまった。 
 

帰路。途中、高速のパーキングで車内で休憩。


一人きりでのお通夜をしながら考えました。


まずはもしも自分もあと一ヶ月しか命がなかったら・・・ 
 
どっちにしても自分は 
 
今いる場所で
 
同じことをしてるんだろうなと思います。 
 
実は、先日の車内に限ったことじゃなくて


この数年そんな気持ち(余命を宣告されたら)


になることが普段の生活でもしばしばありました。
 
でも小さなことは変わるかなぁ・・・


例えば


古着だけじゃなくてもうちょっと値段の高い服を着てみたり 
 
もうちょっと程度のいい車にのってみたり


人にもっとご馳走してあげてみたり 
 
それでも 
 
やっぱり自分はここにいて、 
 
今の仲間たちと波乗りをしたり 
 
やきとり屋さんで飲み食いをしたり 
 
夜中にドンキホーテやファミマやマックにいったり 
 
昼の午後の日ざしの中、近所の川でバス釣りをしたり 
 
車の窓から煙草のポイ捨てをするドライバーに腹をたてたり 
 
自分の彼女の子供と勉強したり遊んだり教育したり 
 
一緒にDVDや映画をみて泣いてわらったり
 
誰かの幸せのために祈ったりしながら


生きてくのかな・・・と思います。 
 
なんも成し遂げなくても夢なんか叶えなくてもいいし 
 
「夢」っつう今を生きているそのものの自分が「イマ」ここにいる。
 
それだけでいいのかなって。 
 
生きているだけ、こんな風に生きてられるだけで 
 
ありがてえことだなんだな~って思います。

 
命が限られてようがそれは変わんない真実であって 
 

いささかオーバーにいうと




この宇宙・世界はすげぇ美しい (・・・?)
 



みたいに感じられること。それが自分の宝物。 
 
死ぬ事はやっぱり恐いのかもしれないけど 
 
自分はここにいる。


ホント、それだけでいいのかもしれないなって思います。 




この場をかりて恐縮ですが再びご冥福をお祈りします。


Mさん、本当にお世話になりました。ゆっくり休んでください。


また会いましょう。合掌