Ⅰ
スケッチブック
鳥ならばしあわせですとうすみどりいろのノートに指をはさんで
ほんとうは気づいていたよくちぶえをためらいもなく聞いてたわけに
くりかえしまぶたをとじて海へ来たことなど忘れてしまえますよう
ゆびさきがピアノにふれるところまでわたしも泣いていていいですか
たいせつなものほどゆれるからパンとジャムとをぼくはかさねあわせた
まえがみをまきあげる風このままじゃ手紙を書いてしまいそうだよ
はちみつを売りにゆくまでぼくたちが忘れなくてもいい言葉たち
さみしさがさみしさに呼びとめられていつかは桃でありますように
かりていた本をかえしにゆかなくちゃしおさいばかり聞こえる胸で
すこしだけふれてもいいよゆびさきで描いたなまえが風に似ている
マフラーをしてほしいんだもしぼくかぼくのすべてが森になれたら
Ⅱ
飛行船
この次にひらかれるまで図書室の詩集のなかでねむるさかなよ
海になるためじゃないけどかぎりなく海の色したシャツを着たんだ
風の日のねがいのようにぼくたちがこころをこめてこいだ自転車
船だったすべてのものを探してるきみのきれいなイニシャルのこと
ふりむいてしまうのだろうぼくたちは林檎のように呼びとめられて
そのときはちゃんとわたしもまちがって覚えた空のことばを言うの
ひとつずつ海へ近づくバス停でバスはひそかにあなたをのせた
窓のままぼくらはねむるすこしだけ長い手紙をポストにいれて
いまきみに雪をつもらせ時計ならかなしいほどにきれいになった
横顔
もう汽車でしかないものが待っているたったひとつの言葉のことを
ぼくたちの傘をたたんでくれたことずっと覚えていていいですか
どうしても海がみたくて今きみのできたばかりの詩を読んでいる
花束になるまえの花さよならを告げたい人がいないぼくらの
ピアニカをなくしたきみがしあわせになってしまったあとのおはなし
ほんとうのお別れみたくあかるくてあかるいだけの風をあなたに
ゆびさきを伸ばしてみればたわいなく苺のようなものにふれるの
Ⅲ
ちいさな水
一度しかない星の日にわたしたちボタンのついた服を着ていた
おさかなの祈りのような花びらがあなたの肩にとまってしまう
うつむいてつぶやく言葉みずぎわに降るのはただのさみだれだから
今日もまた手紙のようになりたくてぼくのボートに集まるひかり
さっきまできみが握っていたものがシロツメクサであったと気づく
ひこうきの雲がときどき見えるからあなたは空とまちがえられて
放してはいけないものをぼくたちは雨にみとれた子熊のように
どれくらいみがけばいいの夕ぐれの窓になりそこなったガラスは
こころごと星がやさしく燃えているわけを知らないころのわたしへ
地図
ゆれている水をみつめてゆれる水いつかひとりになる日のために
海をみてきただけなのにてのひらに風がこんなにあふれてしまう
わけもなく見上げた空のひこうきのかがやきだけがまぎれもなくて
ストローをふたつに折ればさみしさがさみしさのままあなたをつつむ
しっかりと結んでおくねかなったらちゃんとほどける指きりみたく
かんたんなかたちの椅子を並べてるあなたは海にあこがれたまま
とある日にぼくのなまえをさみだれとためらいがちに呼ぶきみのこと
きみあての手紙にいくつ空ということばをぼくは書くのだろうか
セーターと動くくちびるセーターじゃないことなんか知っているから
いつもより遠く聞こえるしおさいにきっとあなたは目をとじている