とあるアークスの日常 -2ページ目

とあるアークスの日常

ファンタシースター2のブログです

「相変わらず窮屈な生き方をしているな。レギアス」

 マザーシップでの激戦。
 仲間達の攻撃を掻い潜り、ルーサーの元まで目前と言うところで、三英雄が立ちふさがった。
 レギアス、カスラ、クラリスクレイス。
 アークスの最大戦力が敵として向かってきた時は、さすがに生きた心地がしなかった。
 シャオの導きで過去へとび、救い出したゼノ先輩が駆けつけてくれ、事態は何とか均衡状態へと戻す事ができたが、それでも苦しい戦いには違いなかった。
 俺に味方をしてくれたマリアとヒューイを含め、六芒全員が切り札である創世記を用いての大激戦。
 さまざまな想いが複雑に絡み合い、その場にいた者達に疲労の色が濃く出始めた頃、バテルは現れた。

「今マザーシップにはダーカーが現れててんてこ舞になってるぞ? 六芒が雁首そろえて何やってんだ?」
「仲間を放り出して行方をくらませていたあんたに言われたくないね」

 マリアに言われて、それもそうだなっと肩をすくめるバテル。
 彼女が腹を立てるのも無理はない。
 腹の中に重たいものを抱えて必死に戦う俺たちを、あの男は高台から見物していたのだから。

「やはり、私を許さんか。バテルよ」

 レギアスは静かにそう言った。

「私はお前との約束を破り、この者を排除しようとしている。だが……」
「勘違いするなレギアス。俺は情けない息子を叱りに来たんだ」

 そう言うと、バテルは俺を見てニヤリといつものいやらしい笑みを浮かべた。
 あの人を小ばかにしたような、腹の立つ表情で。

「おいアッシュ。老い先短いジジイ相手に何をへばってんだ? その程度でヒイヒイ言うほど、やわな鍛え方はしてねえだろ。それとも何か? アークスになってお前サボってやがったのか?」
「なんだと?」

 人の気も知らないで好き放題。あの時は全てを忘れて斬りかかってやろうかと本気で思った。
 だが、ふっと穏やかな表情を浮かべる。
 まるで父親のように。

「アッシュ。俺は教えたはずだぜ。苦しい時こそ耳を傾けろ。心を開け。迷った時は、お前の中のフォトンが全てを導いてくれる」

 そして、レギアスを指差してこう言った。

「ま、色々思うことはあるだろうが、これもいい経験だ。アークスの頭を貼る男に命を狙われるなんて早々ねえ」
「いい経験って、お前」

 ポジティブにも程があるだろう。バテルは肩を落とす俺に大笑いする。

「ま、気楽にやれ。ここで見ていてやっから」






「そして、お前は私を打ち破った」

 キャンプシップの中で思い出話でも語るかのように、マザーシップでの出来事を話していた。
 レギアスにとっては忌むべき失態であると思っていたが、その顔は穏やかだった。
 
「あの時のあんたはいろんな事にがんじがらめにされていた。おっさんの言うとおり、集中していけば付け込む隙はいくらでもあった」

 もしレギアスが本気を出せばマザーシップそのものが危なくなる。
 さらに心に靄のような物を抱えていた彼の技は微かだがさび付いていた。
 対して俺は、何が何でも勝たなければという想いから、絶体絶命と思われたその場を制することができたのだ。
 キャンプシップはすでに惑星の圏内に入っていた。
 時間は昼、天候は晴れ。
 一見してみれば異常はどこにも見当たらない。
 あの頃と少しも変わらない、鮮やかな緑が一面を覆う美しい景色が広がっていた。
 降下時間は近い。
 俺は能力強化用のドリンクを選んでいた。

「バテルさんって、アッシュのお父さんみたいだね」

 マトイの一言に、口に含んでいたドリンクを勢いよく噴出した。
 気管に唾液が入り込んで激しくむせる。

「マトイ……何を」
「だ、だって、子供の頃一緒に過ごしたって言うし、さっきの話だって、何だか子供を心配するお父さんみたいで」
「……そ、そうか」

 慌てて背中をさすってくれるマトイを見ると、少し羨ましそうな目をしている。
 
「けどな。父親って呼ぶには子供っぽ過ぎる。親と言うよりは、年の離れた兄貴……とでも言うべきか」
「そしてその弟はしっかり者に育ったというわけか」
「レギアス。からかわないでくれ」

 降下準備としてドリンクを手に取るレギアスは笑っていた。
 レギアスとこうして組んで任務に臨むのは初めてだが、普段のイメージよりも柔らかく感じる。
 からかわれるのは勘弁願いたいが、この熟練者の余裕は心強かった。
 
「よし。行こう」

 準備は十分整えた。
 俺は先頭に立ち、地上へとつながるテレプールに身を投げ出した。
 







「綺麗な星だね」

 マトイは息を大きく吸い込み、新鮮な空気を取り込んでいく。

「この星の木々はナベリウスの物よりも太く、高いな」
「まるで、私達小さな虫になったみたい」

 レギアスが巨大な木の幹に触れ、マトイが木々の間から差し込む日の光を見上げて目を細めている。
 なるほど。小さな虫になった気分か。
 それは言えて妙だ。

「マトイ、後ろだ!」
「え?」

 突然、マトイに黒い影が覆いかぶさる。
 振り向いた彼女の視界に、巨大な熊のような獣が立ちふさがったのだ。
 その巨体はナベリウスの森に生息する巨大生物『ロックベア』を上回る。
 頭部は狼、体は熊と言うアンバランスな外見。
 俺とバテルはこの生物を『オオカミグマ』とそのままの名称で呼んでいた。
 
「ッキャッ!」

 新しい環境と新鮮なフォトンに気をとられていたのだろう。完全にマトイは不意をつかれてしまった。
 俺とレギアスはすぐさま武器を構え、オオカミグマをしとめようと足に力をこめた。
 だが、その瞬間、巨体をなぞるように、小さな影がまとわりつく。
 そして、獣の悲鳴が響き渡り、オオカミグマは地面に倒れ付した。

「マトイ。大丈夫か?」
「う、うん。 ちょっとビックリしたけど」

 驚いて尻餅をついていた彼女に手を差し伸べつつ、倒れた獣の亡骸に目を運ぶ。

「ねえ。この子達は」
「俺がこの星で世話になった『ヨーク族』だ」

 緑色の肌に長い耳、子豚のような鼻を持つ。
 身の丈はマトイの半分ほどしかない、小柄な種族だ。

「彼らの持っているのは木の剣か?」
「ああ。樹齢千年を超える木の枝を削って作るそうだ」
「確か、アークスの扱う武器にもそのような物があるが」
「要領は少し違うな。二人も感じていると思うけど、この星は澄んだフォトンに満たされていて、それを吸い込んだ樹木がこんな感じに力強く成長する。
それを用いて作った武器も強靭になり、使い手しだいじゃあんな感じに巨大な獣まで倒せてしまうらしい」
「ほう」
「あ、あの……」

 マトイは助けられたと思ったのだろう。
 オオカミグマの体に荒縄をくくりつけて行くヨーク族の一人に恐る恐る話しかける。

「ありがとう。助けてくれて」
「キュ?」

 ヨーク族の一人はつぶらな瞳でマトイを見上げた。
 そして、不思議そうに眉根を寄せて首をかしげると、何か合点がいったのか、手をポンっと叩き。

『気にする事ないぷ。ぷー達、晩御飯を仕留めただけぷ』
「あ、そうなんだ。……って、これって」

 頭の中に言葉が響く感覚。
 マトイは驚いて耳の辺りに手を添える。

「ふむ。アムドゥスキアの龍族によく似ているな」
「ヨーク族は心で話をするんだそうだ。そして、心に闇を抱えている者に対しては敵対心を向けてくる」
「じゃあ、私に話しかけてくれるって事は」
「歓迎されてるって事だな」

 俺の説明を聞いて、マトイが『よかった』と嬉しそうに笑う。
 そういえば以前、惑星リリーパでリリーパ族に怖がられていた事を思い出した。
 事実を言えば、マトイが溜め込んでしまった『闇』に反応して、彼女を気遣って警告をしてくれていた訳で、警戒されているというわけではなかったのだが。
 手放しで歓迎されると言う経験は、マトイにとってあまりなかったことなのだろう。

『その心の色。お前もしかして、アッシュか?』
「ん? ……そういうお前、ポムポムか?」

 俺の頭に響く声。それには聞き覚えがあった。
 この星を離れてもう五年以上になるが、忘れられない声だった。
 思わぬ再会に、俺は古い友の体を抱き上げた。

「久しぶりだな! うおッ、重い!」
『当然だぷ。ぷー、アレから一杯練習したぷ。ぷー、立派な戦士だぷ』
「ああ。それとこの帯。もしかして師範になったのか!? じゃあ、あいつらは」
『ぷーの弟子達だぷ。えっへん!』

 俺の肩に乗って下を見下ろすポムポムの視線の先には、五人のヨーク族がずらりと並ぶ。
 五人とも、若干ポムポムよりも一回り体が小さい。
 麻の様な服に白い帯を巻いているその姿は、武術の胴着を連想させる。

「アッシュ。二人はお友達なの?」

 久しぶりの再会にマトイとレギアスの二人を置いてけぼりにしてしまった。
 ポムポムを地面に下ろし、俺はうなずいて返事をする。

「十年前、俺がおっさんとこの星に住んでいた頃、よく遊び相手になってくれたんだ」
『こんにちは空の人。二人ともいい心の色してるぷ。ぷーは、二人を歓迎するぷ』

 そういうと、ポムポムは並んでいる五人の弟子と共に整列する。
 そして合図をすると、彼等と共に地べたに跪き、深々と頭をたれた。
 それにレギアスとマトイも「これはご丁寧に」と慌てて正座し、頭を下げる。
 ヨーク族は見かけによらず、武を重んじる種族だ。
 客人には最大の礼儀を持って接する。
 この礼は、ヨーク族が来訪者に最大の敬意を表する時の挨拶だ。

『ところでアッシュ。今日はどうして此処に来たぷ? 久しぶりにぷーに会いに来てくれたぷ?』
「本当はそうしたかったんだが。……ちょっと、呼ばれてな」

 俺はポムポムにこの星に戻ってきた理由を説明した。
 例のメッセージの事を話すと、ポムポムには思い当たる節があったのか、直ぐに手をぽんと叩く。

『長老様が空に声を飛ばしていたぷ。やっぱり、お前を呼んだぷ』
「長老様が?」

 俺はレギアスとマトイを見る。
 それに、レギアスが先にうなずいた。任せると。

「ポムポム。連れて行ってくれ。話を聞きたい」

 











 ヨーク族の集落は巨大な木をくり貫いて作られる。
 木の中に家を作り、足場を作って橋を掛ける。
 そうして、木々がつながって、ヨーク族の村はできていくのだ。

「すごい!」

 頭の上に掛けられた橋の上を、小柄なヨーク族がえっちらおっちら走っていく。
 彼等の容姿が気に入ったのか、マトイはその辺りを歩く村人を見て、目を輝かせていた。

『お前達。後は任せるぷ。』

 ポムポムの五人の弟子達は、仕留めたオオカミグマを引きずって去っていった。
 そういえばオオカミグマのモツ煮はなかなかの美味だったな、などと思い浮かべながら。

『案内するぷ。ついてくるぷ』

 俺達はポムポムの後をついて行く。

「心なしか、騒がしいな」

 レギアスが忙しなく走り回るヨーク族を見て言った。
 そして、首を振る。

「いかんな。任務中だというのに、つい楽しいと思ってしまう」
「いいんじゃないか?」

 自由気まますぎるおっさんも困った物だったが、まじめすぎるのも困り者だ。
 俺はレギアスに振り向いて言った。

「そうだよ。レギアスはいつも忙しいってシャオ君から聞いたよ。ヨーク族の人達も歓迎してくれてるみたいだし、少しくらい羽を伸ばさなきゃ」
「……そうだな」

 此処に来たのはあくまでも任務。だが、二人がこの星を好きになってくれるのは素直に嬉しい。

『三人ともお腹がすいていないかぷ? 長老様にあった後はご飯の用意をするぷ』
「すまないな。ポムポム」

 そうしているうち、俺達は一際大きな木の前に立つ。
 そこには長い階段が設けられ、大きな扉がその先で開かれている。
 入り口や、階段は細かな装飾に彩られ、鮮やかに飾られている。
 息を漏らすマトイの背中を押し、俺達は階段を上った。

「おっきい……」

 この星に来てから、マトイは驚きっぱなしだなと少し笑いそうになる。
 巨大な木に大きく作られた空間。
 その空間を覆わんばかりの巨大なヨーク族の老人が姿を見せた。
 ポムポムや他の戦士達はマトイの半分くらいしかない背丈に対し、長老は俺とレギアスが見上げるほどの体躯があった。

『アッシュ。よく来てくれたぷー』
「お久しぶりです。長老様。元気そうで何よりです」
『アッシュも。まったく、あの洟垂れ小僧が、立派に成長して帰ってきた。ぷは嬉しいぷー』

 レギアスとマトイの前でこういわれると、何だか少し気恥ずかしい気がした。
 俺は頭をかき、早速本題に移る事にした。
 龍族のような念話のような力を、この巨大な老人は空へ向けて投げかけた。
 それをシャオがキャッチし、俺に伝わったわけなのだが。

「ぷー!」

 その時だった。
 一人の若いヨーク族の戦士が慌てて飛び込んできた。
 ポムポムが「何事か」といわんばかりの強い口調で応じる。
 ヨーク族本来の言語はほぼ「ぷ」としか発音されないため、俺達には何を言っているのかさっぱりだったが、緊急事態であることは確かだった。

『理由はわからないけど、ぷー達がしとめたオオカミグマがよみがえったぷ』

 すぐさま、レギアスとマトイへ目配せをする。
 穏やかだった二人の表情は一変、緊張感に満ちた空気を感じ取り、力が篭っていた。
 俺はうなずき、ポムポムに先導をまかせ、走り出した。







「体が軽い。いつもよりスイスイ動く」
 
 マトイが走りながら手のひらを眺めている。
 この星に満ち溢れている高純度の『正』のフォトンの効果を実感しているのだろう。
 やはり、この星の環境は彼女にも影響を及ぼしていた。

「ふむ。これなら、錆び付いた体でも何とかなりそうだな」
「どの口が言うんだアンタは」

 横を走るレギアスに俺は笑う。
 そんな俺達に、ポムポムは驚いていた。
 長老の館から飛び出した俺達は、集落にかけられた橋の上をぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
 崖を飛び越えたり、高所に移動するためのカタパルトを利用したジャンプが何処でも出来るといえばイメージはしやすい。
 レギアスとマトイはいち早くこの星の特性に気がつき、複雑に橋が絡み合う集落の中を移動していく。
 この動きはこの星の環境に慣れ親しんだ俺はともかく、経験のないレギアスとマトイの見事な動きに、ポムポムは目をパチパチとしばたかせていた。

『あそこだぷ!』

 ポムポムが空中で下を指差した。
 それを見て、俺は目を見開いた。

「何だあれは?」

 あれがさっきのオオカミグマなのか?
 熊の四肢は太く長く伸び、熊と言うよりは猿のような体になっている。
 体色も変化し、頭部の狼の額は大きく裂け、内部から赤い球体が覗いていた。
 まさか、あれは。

「アッシュ。あの感じ!」
「ああ」

 マトイも気付いたようだ。
 ダーカーだ!

「いかん。ヨーク族に被害が出ている。二人とも行くぞ!」

 レギアスが先行して向かっていく。
 だが、

「なに?」

 変異したオオカミグマがまっすぐ俺に向かって飛び掛ってきた。
 熊の体の前とは打って変わった、強靭な後ろ足での跳躍は瞬く間に俺との距離を縮め、長く鋭く変わった爪が突き出される。
 咄嗟にソードを構る。
 丁度ジャストガードのタイミングで防御に成功する事が出来た。
 オオカミグマの鋭い攻撃を反射させ、相手の巨体を弾き飛ばす事が出来た。
 オオカミグマが地面に転倒すると同時、地面に無事着地する。
 だが、相手もあの程度で黙るはずがない。
 すぐさま起き上がり、さらに追撃を仕掛けてこようと身構える。その瞬間、額のコアに爆発が起こる。

「アッシュ。大丈夫?」

 テクニックで援護してくれたマトイが俺の隣に降り立つ。
 俺はうなずいた。

「アイツ。まだまだ元気そうだ」
「そうだね」

 俺達が武器を構え、オオカミグマを迎え撃とうとした直後だった。
 キンッと澄み渡る金属音が響いた。
 そして、オオカミグマの動きが腕を上げた攻撃態勢でピタリととまってしまった。
 まるで一時停止のボタンを押されたかのように。
 静かな静寂が流れた。そこで全てを悟った俺とマトイは、武器を下ろした。

「さすがだな。レギアス」

 俺は無防備にオオカミグマへと近づいていく。
 
「だが、やはり訛ってしまっている。これでは武器を新調してくれたジグに申し訳がたたん」

 まるでオオカミグマが喋っている錯覚に陥りそうだが、声の主は向こう側にいる。
 オオカミグマの巨体が真ん中から左右に割れた。
 その間から、新たな創世記【創世】を収めたレギアスの姿が現れた。

「ぷ!」

 遅れて来たポムポムが、俺達に駆け寄ってくる。
 周りは負傷したヨーク族の戦士の手当てが始まっていた。

『助かったぷ。おかげで被害が小さくてすんだぷ』
「ああ。よかったよ」

 見たところ死人も出ていないようだった。怪我人は出てしまったが、まずはその事について胸をなでおろした後、俺はレギアスが斬り捨てたオオカミグマに目を落とす。
 亡骸は、赤い煙を放ちながら地面に解けるように消えてしまった。
 この消滅の仕方は、ダーカーの物だった。

「シャオ君。この星からはダーカーの反応はないって言っていたのに」
「そうだな」

 俺は頷き、ふと考え事をしていた。
 いや、思い出していたと言った方がいい。
 それは十年前、この星に来てまだ間もない頃。
 この集落で不気味な声を聞いた。
 そして、夢遊病のように森をさまよい、ナベリウスにある遺跡のような場所に辿り着き、……俺は。

「私の声を聞いたと!」

 突然頭上からふざけた声音が聞こえた。
 俺達は敵意を感じ、すぐさま武器を構えて見上げた。
 
「こーんにーちはー。アークスの皆さん。私の可愛い眷属、見事にぶった切ってくれちゃいましたねえ~。ああ、私は悲しい!」

 奴は宙に浮いていた。
 真っ白な顔に大きな鼻。道化じみたふざけた帽子。真っ黒な服。
 そして、まがまがしい気配。
 この星に満ちた澄んだフォトンの中で、それは一際異質だった。

「おや、おやおやおやおや? そんなに怖い顔をしないでくださいよ~。怖くておしっこちびっちゃいそう」
「ふざけるのは格好だけにしておけ。先ほど眷属と言ったな。貴様……」
「あ、そうですよ? ダークファルスですダークファルス。こーんなみみっちい奴ですが、ダークファルスです」

 真っ黒な道化師はあっさりと言った。
 まるで木々の間に張られた見えないロープの上に立っているかのように時折バランスを崩す素振りを見せる。
 外見通り、人を小ばかにしたその態度は、こちらの神経をさかなでた。

「六芒の一。二代目クラリスクレイス。そして現代アークスの英雄。こいつは凄い。よーくみれば、とんでもないVIPのご登場だ~!」

 すでにこちらの素性を知っている。
 その情報が他のダークファルスから共有されたのかどうかはわからない。
 ただ……、

「お前、今のはどういう事だ? 『私の声』を聞いた、だと?」

 情けない事に、俺の手は震えていた。
 子供の頃に感じた恐怖と言うのは厄介な物で、一度思い出されると制御が利かなくなる。
 奴は、そんな俺を見下ろし、満足そうに笑っていた。

「改めて自己紹介させていただきましょう! 私の名は『クラウン』! ダークファルス【道化】……。以後、お見知りおきを」

 【道化】(クラウン)は、観客に挨拶をするピエロのように、大げさに頭を垂れた。