やっぱり僕は考えてしまう。

 

生まれる前、死んだあとのことを

 

なんでいま、こんなに寂しいんだろう

 

なんで、人との違いで気を使ったり、避けられたりするんだろう

 

それは、遺伝子で、すべて説明できてしまうのかもしれない。

人の設計図の違いで相性が決まっている みたいな

 

でも、やっぱりそれは癪に障る

 

親の都合で生まれてきて、その遺伝子によって自分ができているなんて

 

ぼくは、僕の都合で生まれてきた。

 

それが、一番しっくり来るのだ。

 

だって、生まれた環境も僕が選んだものだということができるから。

 

そうじゃないと、いやなんだ

 

エヴァンゲリオンみたいに人はもともと一つの塊で、

そこから分かれて人になってるっていうのがしっくりくるの

 

塊から分かれて、塊に帰る

 

液体の砂時計みたいにね

 

 

それが好きだったから、ずっとそうやって考えてきたんだ。

 

それはきれいで、救いがある話だから

 

 

でも、疑っている自分もいて、最近は本当に生まれて死んでいるだけなんじゃないかと思っていた

 

結局、神みたいなのを想像してるだけで、それは人間の脳が大きくて、言葉を使うからってだけなんじゃないかってね

 

スピリチュアル的なのを見て一番嫌だったのは、人間と動物に決定的な違いがあると考えていたこと

(聞いた話だから、僕がそこだけ無視すれば済む話だけどね)

エーテル体とかアストラル体までは何となく分かるんだけど、

人間にだけ自我があるってのは全く納得できない。

 

人間に懐柔されかけたゾウだって急に凶暴になったんだから

(ムツゴロウさんの映像で見ただけだけどね笑)

 

やっぱりそれって、「おれはお前の思いどおりにはならないぞ」

っていう自分が存在しているってことだと思うんだよね

 

この前言った動物園のふれあいコーナーのデカめのサルも背中に急に飛び乗ったり、

物を盗んだり、気まぐれでばらばらの動きをしたんだよ

 

 

 

自分が選んで生まれてきたのか、否か。

 

こんなこと、答えが出るはずがないんだけど

 

自分がどっちを信じたいのかってだけなんだけど

 

それでもやっぱり正しいことを信じたいってのはあるのよ

 

 

なんか、すっきりしたので、終わります。

結論もオチもなくて、ごめんね。

 

(おわり)