2030年 世界は食料不足の危機に陥っていた。世界の人口は推定85億人とされているのに対し、飢餓人口は9億人にもなっていた。
世界各地で食料と資源を求め、紛争が起き、多大なる被害が出ている。今、求められているのは、安定した食料調達が出来る広大な土地であるが、地球温暖化により適した土地が失われつつある。こうした状況を打破すべく我々、大陸捜索研究チーム(CSR)が立ち上がった。組織は{大陸捜索チーム}{環境学研究チーム}の大きく二つに分かれており、各国から優秀な人材が集められている。
CSRの事務総長プラティアは、アメリカ出身で55歳にして、元国際連合事務総長の経歴の持ち主であり、2020年から25年までの5年の任期であった。人望が厚く、頭が切れるので、任期終了後もあらゆる分野において指名が掛かったが、全てを蹴ってまで成し遂げたかったのが、この組織である。
世の中には凄い奴がいるなと物悲しい気持ちの中、出来上がったばかりの研究室にしては薄暗くて妙に静かな長い廊下を歩いていた。スッーと後ろで扉が開くと、甲高い声で
「ようミデン 久しぶり!相変わらず死んだような顔してるな〜、奥さんは元気か?」と昔から変わらず一言多い中学校から大学までを共に過ごしたブローチがそこには居た。ブローチは環境学研究チームの次期代表候補でもあり、責任感の強いやつだが、時には天然なやつでもある。「余計なお世話だ。お前は35になっても童顔のままだな。エナは元気にしてるよ。じゃあまたな」としてやったりという顔で多少、戯言を言いブローチに別れを告げ長い廊下の先にあるエレベーターに入り最上階15階のボタンを押した。エレベーターの中には何故か黄色のマリーゴールドが花壇に植えてある。また、外の眺めは最高で、遠くにはメガリ山があり手前にはマイスティリオ湖が広がり自然が溢れている。この研究室は広大な自然の中にあり、あらゆる研究に集中出来るように政府が関与して作ったらしい。壮大な景色を眺め物思いにふけてるうちにキコーンと音がなりゆっくりとドアが開き、重い足取りでプラティア事務総長が待つ、事務総長室へと向かった。
「失礼します。大陸捜索チーム代表イロアス・ミデンです。失礼ですが、この度はどのような要件でしょうか。プラティア事務総長」
「よくぞ来てくれたミデン君。君には重要な話をする為にここに招き入れた。そんなに硬くならずにリラックスして聞いてくれたまえ。そこに座りなさい。」と言い後ろにあったティーポットを手に取り金の装飾を施したコップにダージリン・ティーを淹れ差し出した。赤身の薄いオレンジ色でさわやかな味わいで世界三大紅茶の一つでもある。スッーと一口飲み終えたところで、形容のできない妙な表情でプラティア事務総長の口が開いた。
「CSRが立ち上がってから約半年が経った今では、元事務総長という恩恵もあり国際連合食料農業機関(FAO)と手を組み、主に発展途上国が農業水産林業分野で技術改善を進めて、発展途上国の一般市民がより栄養価の高い食物を入手できる手伝いをしている。だが、飢餓人口は減少するどころか微増しており、未だ革新的な成果は得られていないのが現状である。しかしこの度先進国1の食料自給率を誇るオーストラリアのエナス・キクロス首相と対談出来る場を設けた。なので君に是非その代役に抜擢したいと考えている。」と強く言い切った。
俺は少々戸惑い心は揺らいだが、事務総長も考えもなしに言っているとは考えづらい。それになにも取り柄のない俺に期待を寄せてくれているので期待に応えたいと思い、いままで以上に尊敬の念を込めて「承知いたしました。日々精進していく所存です」と言い、残りのダージリン・ティーを飲みその場を後にした。エレベーターに乗り1階のボタンを押しドアが閉まったところで、ホッと息をつき、表情筋が緩んだ感じがした。相変わらずマリーゴールドは綺麗に咲いているが、すこし不気味な気もしていた。とはいえメガリ山の山間から溶ける夕日がマイスティリオ湖に反射し、ただ呆然とその幻想的な景色を眺めていた。それも束の間のひとときで、仕事に追われていてゆっくりする時間などどこにも無かった。しばらく研究データを分析して、グラフ化し来週に迫るCSR研究学会に提出する資料を作成し終え、仕事も一段落つき、家に帰った。家に帰るとすっかり娘のティセラはとても気持ち良さそうに寝ていたので、蛹の殻のような布団をそっと手に取り体をすっぽりと覆うように被せ、慎重にドアを閉めた。それからエナに俺は複雑な心境で告げた。
「今日、プラティア事務総長にオーストラリアのキクロス首相との対談を任された。正直不安が募るばかりだよ。日程は恐らく来月だろう。これから重大な任務が増えてくると思う。だから...」
それ以上は自分の口からは言う事が出来なかった。己の葛藤が自分だけではなく他人までも傷つけていた。現実を受け止め、エナも察しがついたのか、目には涙を浮かべ、「わかったよ。でも無理はしないでね」と言いお互いの心を癒すように抱き合った。部屋の中には赤いカーネーションがとても綺麗に花が咲いていた。
事務総長に任命されたあの日からすでに、1ヶ月が過ぎようとしている。豪との対談を残り一週間に控えた俺は、すでに準備が整い最終調整に取り掛かっていた。今回の対談内容は主に先進国の食料自給率80%以上の国からその割合に応じて、CSRに支給してもらい、飢餓人口の減少を促進させるといった制度{先進国支給後援制}を検討するのが目的である。また、今回一緒に対談に行くのは、環境学研究チームのマブロとリフコーである。二人は双子であり、幼い頃から英才教育を受けており、世界屈指の有名大学卒業といった、スーパーエリートであり、心強い仲間である。あと一人行くとの連絡を受けているが、誰なのかはまだプラティア事務総長がお考えとのことだ。しかし、誰であれ、心強い仲間には違いは無いだろうと思い、いつも通り研究室にある自分のPCを立ち上げると一件のメールが届いていた。メールは送り先や、件名すら書いていなく、「Do not go absolutely」とだけ書かれていて、ハナズオウの写真が貼ってあるだけである。俺は対談の最終調整等が迫っているため、考えることをせずに、また迷惑メールでもきたのかと、躊躇なく削除した。
PcにUSB機器を繋げ、以前行われたCSR研究学会で使ったデータをバックアップした。そのデータを少し改竄して、今回の対談でも使うつもりである。なぜなら、プラティア事務総長から高い評価を得て、是非とも対談でも使用出来ないかと提案されたためである。そんなこんなをしているうちに時間は過ぎ去ってくばかりで、焦りと不安からなるフラストレーションが溜まる一方だった。PCと睨めっこする時間が長く、疲れ果て机で少し睡眠を取っていると、トントンと、肩を後ろから叩かれ振り向くと、妙に笑顔なブローチがそこには立っていた。「ほいよ、お前も大変そうだな!」とオレンジジュースを差し入れしてくれると、ニヤついた顔が急に真面目な顔になり、「今回、プラティア事務総長に対談に同行するように命じられた。俺の役目は、ミデンの補佐とマブロとリフコーの指導に当たることだよ。一親友として、喜ばしい事だ。よろしく頼むぜ。」
内心一番心強い仲間と行けることになり、今にも折れそうな心が、息を吹き返すように、立ち直る事が出来た。
「そうだな、俺も嬉しいよ。いろいろ頼る事もあると思うが宜しく頼むよ。」と言い、二人でオレンジジュースを一気に飲んだ。「ところで、ミデン。ここ最近アメリカ政府の奴らが、CSRの動きを妙に気にしているらしいぞ。」と言ったが、突然のことに理解することが出来なかった。
「それは何故だ?アメリカの連中がなんのようだ?」
「んー。ざっくりいうと、今回の対談でオーストラリアが合意すると、アメリカを含めた先進国にも当然{先進国支給後援制}が要請されるだろう。もし、反対するような事があれば世界からの批判は絶えない。がな、アメリカは保守的な国だから、迷わず国を優先すると推測する。そこで今回の対談が、アメリカに大きな決断をさせることになるんだよ。」と微笑を浮かべて言った。「そうか。理由はわかった。頭の片隅にでも入れておくよ」と言い冷静さを取り戻した。
そこで初めて、自分が今まで以上の大役を任された身であることを感じ、誇りに思った。同時に不安と恐怖も感じていた。「じゃあここら辺で、仕事に戻るよ、次は出発の9月11日に会おう。それではまた。」とブローチは言い研究室を後にした。それからまたpcと睨めっこし、データを改竄する作業が続いたが、ブローチと話したことで精神的にゆとりが出来、作業が円滑に進めることが出来た。
フランスの作家 ラ・ブリュイエールの名言の「時間の使い方の最も下手なものが、まずその短さについて苦情を言う。」はまさに俺のことだろうと切実に思う。明日はオーストラリアに出発の日なのに、家にいても、だらだらしていて、身支度すらまだまともに出来ていなかった。今日も朝から晩まで、対談に行くブローチ 、マブロ 、リフコーと打ち合わせをしていた。朝8時に始まった打ち合わせが、夜8時に終わり、一同体力の限界に来ていた。とはいえ、明日の移動日はプラティア事務総長から、自由に使っても良いと言われているので、一同、最後まで気力で乗り切ることが出来たといった所だろう。「明日のフライトは朝の8時ごろになるから、寝坊は禁物だな。」と大きなトランクケースに荷物を詰めながら、独り言を言っていると、ティセラが寄ってきて、「オーストラリアでお土産買ってきてね、絶対だからね」と言い嬉しそうに目を輝かせていた。小さい頃は俺もこんな感じだったなと思い出に浸りながら、用意をしていると、すっかり日付は変わっており額に汗しながら、準備を終わらせた。アラームを朝の5時にセットし、布団に入るといつになくぐっすりと眠ることができた。目覚めたのは30分遅れの5時32分だが、アラームは起きる30分前に掛けるのが習慣である。大きなあくびをした後、重い体を起こし、カーテンを開けると東の窓からは朝日が入って、とても気持ちの良い朝であった。いつもとなんの変哲もなく、エナとティセラと優雅な朝ごはんを食べ終え、朝の日課のコーヒーを飲みながら、新聞を読んでいた。新聞の見出しには[米政府 先進国後援支給性に対し嫌厭の情]と書かれている。やはりブローチか言っていた通りだったが、このタイミングで記事になるとは思いもしなかったが、いつかは来るとは思っていた。しかし、この計画を乗り出す時にあらかじめ心に決心したことがある。それは今苦しんでる人達をこの手で直ぐにでも助けたい。その一心であった。だからこの計画を必ず成功させるためにも、もう後ろは向けない。改めて、自分にそう問いかけた。いつのまにか、コーヒーはすっかりと冷め、時計の針も刻一刻と進み、気がつくと赤いカーネーションの花はすっかり元気を無くしていた。「じゃあそろそろ行ってくるよ。良い子にして元気で待ってろよ。お土産しっかり買ってくるから。」とティアラの頭をそっと撫で、「頑張って、気をつけてね」といい笑顔で送り出すエナに別れを告げ、俺は家を出た。耳にはイヤホンをし、片手に重たいトランクケースを持ち、一歩一歩を踏みしめながらブローチの待つディエスニス空港へと向かった。
予定通りに空港につき、長い飛行機の中で退屈しのぎをするための本を選んでいると、携帯の着信音が鳴った。
「もしもし、どこにいるんだブローチ。搭乗口に向かう前に合流したいと考えているんだけど。」
携帯に耳を当て、返事を待つと、呼吸の荒いブローチが「わ、悪い。渋滞に引っかかって遅れちまってよ、もう少しで着くから先に搭乗口前で待っててくれ!マブロとリフコーは搭乗口付近の売店にいるとのことだから先に合流しててくれ、頼む!」といいすぐに電話を切った。着信が鳴った時からそんな気はしていたが、あいつは、しっかりしてるのかしてないのか、分からない奴だなとつくづく思う。本を買い、ブローチの指示の通りマブロとリフコーのいる搭乗口前に向かった。二人は売店でソフトクリームを食べており、見つけるのは容易であった。二人を連れ搭乗口に向かうとスッと前を通り、ギリシャ神話の本を持った白人が奇妙な笑みを浮かべ通り過ぎてった。その直後にマブロが「UR…」と呟いた。恐らくマブロの知り合いであろうと思いながら歩いてると、
「申し訳ない!すぐに搭乗手続きをすませようか。はぁ…疲れた」
と呼吸の荒いブローチが来た。
「そうだな。あと20分もあるから焦らなくてもいいさ。」
「えっ?20分!?ま、まじか。時計10分狂ってた…」
ブローチはホッとため息をつき、崩れ落ちるように公共の椅子に座った。俺も相変わらずの天然さには正直ため息をつきたくなるが、それがブローチの良いところでもあるのを知っている。マブロとリフコーもクスクスと笑っており、とても和やかな雰囲気になった。それから順番に荷物を預け、保安検査をし、出国審査、搭乗ゲートを進み、機内の指定された席に座った。飛行機はボーイング787の次世代中型ジェット旅客機で、エコノミークラスである。しばらくすると機長から「皆さまこんにちは。今日もボーイング787便をご利用くださいましてありがとうございます。皆さまのお手荷物は上の棚や足元の固定された場所に置き携帯電話など電波を発する電子機器...〜…皆さまにご案内致します。この飛行機は間もなく離陸致します。シートベルトを今一度ご確認下さい。また座席の背もたれテーブル、足置きを元の位置にお戻し下さい。それではよい空の旅を」といつもと変わらずの決まり文句を言い、機体がゆっくりと前進した。なぜだか、機体の前進と共に期待も膨らんでいった。横にはブローチが座っており、先ほどまでの疲れのせいか、もう眠り着いていた。
離陸すると徐々に高度を上げ、3000…4000…そして5000フィートに達した。窓は大型の窓が採用されているため、綺麗に青空をずっと見渡すことが出来る。さらに高度を上げ、雲を抜けると対流圏界面見え、まるで空中に大陸があるかのように、雲が空一面に広がっていた。
しばらくしてCAがやってきて、コーヒーを貰い、トイレに向かった。用を済ませ、席に戻り搭乗手続きをする前に買った花言葉に関する本を読んでいた。最近よくエナに花をあげていたから、次からは花の一つ一つに付けられた、言葉を知ってからプレゼントしたいと思っていたからだ。「以前あげた赤いカーネーションって「愛を信じる」って意味なのか…。恥ずかしいが、良い花だな、次はどうしようか。そうだ、赤い薔薇はなんだ。…熱烈な恋。それも良いかな」なんて思っていた時に、頭に何かが過った。「以前迷惑メールで送られてきたのは確か…ハナズオウだったっけか。」ペラペラと本をめくっていくと、ある言葉を目にした。「裏切のもたらす死…それに送られてきた内容はDo not go absolutely絶対に行かないで…」ようやくあのメールを理解し、額からは恐怖による冷汗が垂れているのを感じた。ただ、メールはその一通だけしか送られていなく、確かな証拠や信憑を持てるほどのものではない。物事考え過ぎても駄目だと感じ、平常心を保つためにそっと目を閉じ、イヤホンを耳に当て、静かな曲を聴く事にした。少しずつ安心感を覚え、同時に睡魔が迫り来ていた。もう寝ているのか、起きているかわからないこの境界線で、必死に睡魔に抵抗していたが、遂に深い眠りについていた。しばらくすると機体の高度が下がっているように感じ、耳がスッーと痛くなるのを感じた。もう着陸態勢に入っているのかと思い、優雅な曲がシャッフルで流れているイヤホンを外すと、死に抗う悲鳴と、絶望の末に苦し紛れ必死に出したうめき声が辺りを包んでいた。コックピッドからは、大声で「頭を上げろ!!!!くそ!!パワーが足りない!!!頭下げろよ!!!!」とひたすら無我夢中で言ってる声がした。その声を聞いたCAが「予告なしに不時着 着陸する可能性がございます。焦らず非常準備に備えてください。繰り返します…」とひたすら言うだけであった。窓から見える景色は、変わらず青かった。状況を把握するまでの時間と精神的な余裕はすでに残されてはいなかった。しかし残されていないはずの時間が、いつもよりずっと長く感じた。
そしていつもより物事を考えられ、感覚が研ぎ澄まされている。必死に抗った結果ライフジャケットを着用するが精一杯であった。妻や娘そして自分に関わった全ての人たちのことや、今見てるこの光景がミリ単位で刻まれたり、映像化されたりを繰り返し、死に対する恐怖すら感じることが出来ない事に気がついた。そして、考えることをやめた。
「番組の途中ですが、大きな航空機事件がありましたので、緊急のニュースをお伝えします。オーストラリア初のボーイング787便が離陸3時間後、通信が途絶えその後墜落した可能性があります。FBIによりますとアメリカン航空機がハイジャックさせていたとの情報もあります。各国の軍が総動員して、救出に向かうとの事です。犯人はアメリカ国籍の白人二人組による犯行との連絡も受けています。乗客は280人乗りとのことです。引き続きお伝えします…」
エナは言葉を失った。目がヒリヒリと痛むのを感じ、急に胸騒ぎがし、吐き気が襲った。自分の夫があの飛行機に乗っていることはすでに分かっていたが、僅かな希望をまだ捨ててはいなかった。もう信じることしか出来ない、彼が死んでないことを。テレビの音量を上げ、必死に祈りを続けていると、更にエナを苦しめるニュースが流れた。
「速報です。乗員にはCSR大陸捜索チーム代表イロアス・ミデン氏を含めたCSRのメンバー4人が乗っていたようです。、FBIの一部見解によりますと、テロを目的とした意図的な犯行ということです。いまだ、場所は解析することは困難であり、引き続き捜索に当たるということです。」
エナは辛い気持ちを奥にしまい込んで、ティアラにニュースを見られないようにと番組を変え、平常心を装った。
「お母さんどうして、泣いてるの?なにかあったの?」となにも知らないティアラがやって来た。
「なにもないよ。すこしあくびしただけ。」
内心ホッとしているが、この先隠し続けることは到底出来ないのはエナ自身もう知っていた。
この事件は大きく世界を揺るがした。今回のオーストラリアでの対談は全世界が注目するほどの価値を持っていたからである。通信が途絶えたまま、乗客280名を乗せた飛行機が行方不明になり、捜索を断念したからだ。そして政府からは乗客280名全員の死亡届けが出された。数日後には、この事件を9.11事件と呼んだ。悲劇の再来とでも言うだろうか。そしてこの事件には不可解な点がいくつもあった。
世界中のあらゆる人がニュースを口にし、陰謀論を囁いた。
潮の匂いが嗅覚を刺激し、波とともに流されていく感覚があった。辺りは飛行機から見た青空と同じように澄み渡った海が広がっていた。墜落した飛行機の面影はなく、生きてる心地すら感じることはなかった。全身に寒気と頭痛が襲うが、身動きが出来ずただ呆然と空を見上げ波に乗り、どこかに連れ去られていった。意識が朦朧としている中どれくらい流されて来ただろうか。周期的にくる波が身体を包むように押し出し、気がつくと砂浜に身体が打ち上げられていた。そっと身体を起こすと、右手の中手骨が折れており、体にはいくつもの切り傷が刻まれていいたものの、軽傷で済んだらしい。俺は思考停止していた脳を必死に動かし、何かを思い出そうとしていた。「そうだ。ブローチやマブロ リフコーはどこだ。なぜ俺は生きている。そして此処はどこなんだ。」自問自答を繰り返しているが、答えは「わからない」この一択であった。悲しみに明け暮れますます孤独を感じながらも、この命を存続させるために、覚悟を決め、再び立ち上がった。辺りを見渡すとと、夕日が海に反射し遠く彼方に見える地平線が美し感じ、昔みたメガリ山の景色を思い出した。島には、人の手が加えられていないような深い森があった。太陽の光すらほぼ入っていなく、昼までないと到底行けるような場所ではなかった。とはいえど、手前の日が入るところななら大丈夫だろう。まず、生存のための優先事項として、飲み水の確保だ。人は三日間水分を取らないと死んでしまうからだ。しかしながら海水は絶対に飲んではいけないのだ。海水を飲むと海水に含まれる塩分を体の外に排泄してしまうため、更に多くの水が必要となるため、危険である。水をどう確保していいのか模索し、歩いていると海に流されて来たペットボトルのゴミを発見した。人間が捨てるゴミがこんなところにまであることに物悲しくはなったが、これから使える重要な物資にあることに変わりはないため、有効活用することにした。しばらく、森の方向に歩いていると、岩下に雨水が溜まっているのを発見した。歓喜のあまり「しゃぁ!!水だぞ!!」と孤独な自分を奮い立たせるように叫んだ。先ほど拾った2リットルのペットボトルの飲み口をまず、感染症の恐れがあるため綺麗に洗い、雨水をありったけペットボトルに入れた。一日の必要水分摂取量は1.5リットルであるため今日や明日の分は持つだろうが、雨水のため、有限ではある。しかしながら、雨が降ると知っただけ不幸中の幸いと思った。「もう日が暮れる。今日は焦らず違う水源の確保と簡易的な基地を作るのが妥当だ。」
海沿いを歩いていると、崖の窪みに沢山の貝があるのを発見し、小さな岩を避けるとミルガイが沢山あり、簡易的な食糧源も確保した。ミルガイは一個33kcalだが、動物性たんぱく質と、ビタミンb12そしてミネラルが豊富であり貴重な食糧源ともなる。沢山のミルガイを一旦岩上に乗せ、岩下に手を入れると、皿貝も取ることが出来た。皿貝は名前の通り、貝殻を皿のように使うことが出来、身はミルガイと同様、生で食べることが可能である。ライフジャケットを脱ぎ、籠のように使い数日間に及ぶ食材の調達をし、海沿いを歩き続けた。「おそらく海沿いの崖には人が入れるような、岩の穴があるはずである。数日間このサバイバル生活にゆとりが出来るまではそこをら拠点にしよう。時間が残されていないこの状況で簡易的な基地を作るのは、余計にカロリーを消費し良い選択とは言えないからな。」と自分に問いかけた。薄暗くなってきており、足元が少しずつ見えなくなりつつあった。しばらく崖沿いを歩いていると、直径2m奥行き4mほどの大きな岩の穴を見つけた。「よし。ここを第一の拠点にしよう。すこし硬いが、 今日1日の我慢だな。」
腕につけてあった時計は、しばらく海につけてしまっていたため時計の針が動き出す気配はなかった。ポケットにある携帯は奇跡的に防水仕様でバッテリーが残ってはいるが、この島には当然電波など通じないので、全く機能はしないが、いつか救助船が来て電波を拾った時などの僅かな希望のために電源を落とし、ポケットの奥にしまい込んだ。
外気温は一日中20度から30度の気温のため、夜は快適な睡眠が出来るだろう。しかし熱中症対策をしなければ、余計な水分を持っていかれる心配があるので、気をつけなければならない。「明日は、火の確保が最優先事項だな。そして食糧源にもなる魚を捕まえることだ。」
俺は前向きに生きるために計画を練った。それに、ブローチを含めたチームメンバーそして、同じく飛行機に乗ってた全ての人が今もどこかで生きてる事を願った。すっかりと月は真上に登っており、孤独な俺を沢山の星が照らした。
鳥のさえずりが聞こえると共に、太陽が地平線から顔を出し始めた。薄明ではあるが、早速身体を起こし、目標達成のために岩から身を乗り出し、森へと足を向けた。火の確保だが、今回はキリモミ式といった木を擦り合わせ摩擦熱によって火を起こすスタンダートな方法を試すことにした。外側が硬く、中心部が柔らかい組織になっている木が火起こしには理想である。近頃雨は降っていないので、乾燥しておりまさに好条件であると言える。探索から20分後、枯れ木の中から手頃な木を発見し、それを拠点に持ち帰り、風が邪魔しないところで火を起こしを挑戦することにした。以前から世界各地の貧しい国を訪問し、現地の住民に火の起こし方を教えて貰う機会が多々あったので、苦戦することはなかった。取り敢えず、火の確保が難航せず、2時間程度で終えることが出来た。集中力を高め、継続していたため体にかかる負担も計り知れないことになっており、体の隅々の筋肉が叫びを上げていたが、なぜだか、運動能力が高まり、集中力がさらに高まってきているのを感じた。二つ目の目的である食料の確保だが、サバイバルにおいて無駄な体力を浪費しない事はとても重要である。そこで今回はL7型ワナとを使って魚を取ることにした。通常は動物の捕獲用だが、魚用に応用することも出来る。まず、棒を組み合わせ川床に立て川岸の若木に結びつけ、次に糸の端に餌をつけ海に落とし、魚が食いつくと棒が外れバネの働きで釣り上げるといった単純な構造である。一度仕掛ければ勝手に罠が作動する仕掛けになっているので、体力の消費を抑えられ、何回も使えるのがメリットである。早速手頃の材料を森で調達して、拠点近くのところに設置することにした。基地に戻り、しばらくゆっくりしながら、火に手をかざし暖まり、気長に罠の成果を待っていた。しばらくして、罠に向かうとまだ、作動していなく、失望したが、代わりに目の前にはカエルがいた。カエルはフランスやベルギーでも食べられており、味は鶏肉に似ている。カロリーは99kcal。鳥のささみと同等の高タンパク低脂肪であり、今不足している栄養素を補うことができる貴重な食糧源がそこにはいた。「この世は弱肉強食の世界だ。俺が生きるために申し訳ないが死んでもらうぞ。」と小声で言い、下にあったテニスボールくらいの石を片手に持ち、思い切り叩けつけた。サバイバルの初日はそのような行為には抵抗心があったものの、生き抜くためにはそのような心は捨て去るべきであった。俺は人間同士が戦う意味とはなにかと以前考えたことがあるが、恐らく本能として弱肉強食という名残が抜けず、自分の存在価値を高めるためにやっている行為では無いだろうかとすら思った。国をかけ戦うのも動物としての縄張り意識の延長線なのだろう。そうして、俺は血に染まったカエルを片手に基地へと帰っていった。
内臓を取り出し、不必要なところを排除した後、ミルガイと共に火で調理した。
「やっぱり、鶏肉の味に似ているな。これはこれで、普通にありだと思うな。貝類もやはり美味い。」
妻の料理には到底及びはしないが、腹の足しになるくらい満たされた。しかし、何かが足りないと思い、とっさに考え出した答えは「愛情」というたった二文字に集約された。
まだ少しなら活動できる時間が許されてはいたので、落ち葉を拾い集めて柔らかいベッドを作ることにした。寝床の充実は次の日の作業の効率を大きく左右するので、多少労力をかけ、作業に徹した。
「我ながら、出来栄えば上出来だな。今日はいい夢が見れそうだ。」と布団に入りこの島について考えていた。
「この島に上陸して2日が過ぎようとしているが、探索したのは極一部で、まだなにがあるのかすら解っていない。ただ一つわかることは、無人島にしては明らかに島が大きすやしないだろうか。もしかするとこの島には人が居るのか。しかも、漂流物で流れてきたペットボトルの割には物が新しすぎる。おそらくここの場所は、アメリカからオーストラリア行きであるから、そのルートを割り出せば、大体の墜落した現場を推測することが出来るはずなのに、この島からは救助隊のヘリやボートはまだ見ていない。ただ、近いうちに、島の反対側を捜索してこの島についてもっと調べる必要がある。だからあと数日で長期の捜索に行けるように、準備をしよう。」
数日が過ぎ、ついにこの拠点から離れ、島の捜索に当たることにした。この数日間で森の中にあった木の実や、トカゲやカエルの肉を燻製して作った保存食や数日の飲み物を隙間時間を有効活用して作った蔓の籠の中に入れ背中に背負い、火種を手に持ち移動することとなった。森の中ではヒガシダイヤガラガラヘビやオオハリアリがチラチラとこちらを見ており、気味が悪いが慎重に前へ前と進んでいった。少しずつ太陽の光が入らなくなり、苔が次第に増えていった。歩いて居ると多数の蝉やバッタの鳴き声やキツツキが木を突く音など多種多様な生物が俺を出迎えてくれるように、次々と現れた。さらには、貴重な水源となる湧き水がありミネラルが豊富で今までに感じた事がないような自然の恵みを感じた。身体も回復し、さらに奥へと進み続け森の中に入った時から、約3時間後にようやく開けた土地が、見えた。そしてその先に小さな集落が視界に入った。
「嘘だろ。ここはやはり無人島では無かったのか。あれは先住民族の集落なのか?まぁ、あの集落に住んで居る人にここの情報を聞き出せば、この島からの脱出に一歩近づくことだろう。それに住んで無い家を借りてここを次の拠点にすることも妥当な選択だ。よし、行こう。」
近づくと、集落は、人影すらなく長年人の手にも触れていないような所であった。石を積み重ねて作られた簡易的な家で、誇りが充満し、蜘蛛の巣がいたるところに貼ってあった。、 部屋の中にはいつ折れてもおかしくない木製の机の上に、古いランプケンケが置いてあった。これは、18世紀によく使われており、今で言うデスクライトのようなものだ。その当時のものだとすると約230年前にこの集落が使われていたことになる。 そして机を開けると一枚のボロボロな紙がそこにはあった。。言語は英語でありどうやらこの島の地図のようである。
「この島の名前は、オリュンポス島。長さは縦に50km横に30kmのコの字のような形をしているな。この島はおよそ12の地名が割り当てられ、ここはバックスであり俺が漂着した場所はネプトゥヌスなのか。」
少しでもこの島の事情を知るために地図を目を凝らしてよくみると割り当てられた12の地名とは別にユビテルという都市があるらしい。そこに行くためには、ここから見て北西にある、ディアナという地名の先にある、オリュンポス山を超えなければならないという。
「なるほど。そこに行けば、今より沢山の情報を入手することが可能だ。だが、ここの位置から40kmあり、山を越えるには1日では到底不可能だろう。ディアナを次の拠点とし、2日で移動した方が、良いだろう。食糧も今日を含めた3日分なら持ってきたしな。」
俺は、この島の貴重な情報を記した紙をポケットに丁寧にしまい込んだ。
ここ、バックスは食料はないが、中心地に井戸があり水を確保できるほか、寝室には古いベッドが置いてあり、寝床にも困ることはない。さらには、石製でできた、暖炉に周囲で薪を調達し、持ってきた火種で火を起こした。籠から今日の食料を取り出し、集落で手に入れたナイフで調理し、火に炙り今日の夜飯とした。腹が満たされた後、部屋を軽く掃除して、布団に入ると、気づいた頃にはすでに朝日が差していた。
「うわ、眩しい。なんか疲れが思ったより取れているな。やっぱりベッドはあの穴と違って快適だな。じゃ、今日はディアナまでの移動か。早めに支度して出発するか。」
あの悲劇から一週間が経ちやっとまともな食事と睡眠・道具を手に入れることが出来、生活が少しずつ便利になっていることに喜びを感じた。いつしか、この生活も悪くはないなと思うようにもなり、次第に環境に適応する事が出来つつあった。
朝8時にバックスを離れ、ディアナまでは2時間半で着く事が出来た。まだ時間・体力に余裕が残っており、早めにオリュンポス山を越えユビテルに向かうことにした。山の麓まで近づくと、山の大きさには唖然した。
「デカイ…これはミティカス{山のピーク}に生きてたどり着けるのか」と不安を胸にしまい込み、足を止める事なく進み続けた。
ディアナで入手した地形情報によると、オリュンポス山は、標高は約3000mで植物相が豊かであり、固有種12種を含め約1700種が生息しているらしい。途中には小さな小屋があり、昔の人々なそこで休憩を挟んでミティカスまでを登ったという。
傾斜は思ったよりきつくはなく、長年で踏み固められた道が形成されており、数時間少々歩くと、そこには小屋が見えた。小屋に向かい歩き出すと、小屋のドアがゆっくりと開き誰かが出てきた。急いで、その人影を追うと、中年の男性が姿を現した。
「待ってください!」と大声で言うと、ビクッととしこちらを振り向きこちらに近づいて来た。「貴方はここら辺では見ない顔だな。私はここら辺で狩りをしているエナス・コノスと言う。私と何か話したいような顔をしているようだ。せっかくだ、小屋に入りなさい。」
そう言い、俺を小屋へと案内した。
「早速だが、君の名前はなんと言うんだ。そして何処から、ここに何しに来た」と、急に険しい顔になり、野生の動物のような、鋭い目つきで俺を睨んだ。
「私の名はイロアス・ミデンと言います。私は、CSRという組織の人間で、オーストラリアの首相と対談をしに飛行機に乗ったところ、その飛行機は墜落し、気がついた時には、このオリュンポス島に漂着していました。それから、ネプトゥヌスから、都市ユビテルを目指しここまで来ました。」
しばらく沈黙が続いたが、状況を理解したらしく、次第に額のシワが無くなり表情が柔らかくなった。
「そうか。それは残念だったな。良くここまで来た。早速、本題だがお前の言う都市ユビテルはもう実在しない。12年前ユビテル及び12の地域からなるこのオリュンポス島から人間はいきなり姿を消した。それに変わりアメリカ政府が、都市ユビテルを禁秘都市とし、大型基地として使用している。そこには、世界のおよそ4割にものぼる食料が貯蔵されているURSFの本拠地も実在する。」
「なんで、貴方はそこまで知っているのですか?貴方は一体何者なんですか?」
「そうだな、君はオーストラリアのキクロスと対談すると言っていたな。実は私はそのキクロスの弟だ。1年前、兄にオリュンポス島の視察を極秘任務で頼まれ、それ以来アメリカ政府の動きを監視しているんだよ。そろそろ、その任務が終わるがな。」
俺は驚きや戸惑いを隠せなかった。しかし僅かな希望を手繰り寄せ、ここに来た甲斐があった。そして俺は今までの点が線に繋がり、疑念が確証へと変わった。アメリカの連中がこの対談を嫌厭する理由は、我らCSRに禁秘都市ユビテルを知られないためである。俺はある可能性を示唆し、確証へと裏付ける質問をした。
「このユビテルを支配下に置いた最高権力者をご存知でしょうか。」
「あぁ、確かプロドシア・ブローチだ。数年前に配属されたばかりの若手だったはずだが。」
「じゃあ、Do not go absolutelyとハナズオウを添え、僕に送ったのは貴方ですね。コノスさん。」
「君は察しがいい。まさにその通りだ。ただ、私は一つ失敗をしてしまったがな。ミデン君がここに来ることは計算外だった。」と微笑を浮かべていた。
俺はいつになく頭が冴えていた。自然と答えが導き出されていった。そして、信じたくはないが、この人の言うことは本当だろう。ブローチが裏切り者だなんて考えたくはなかったが。
「俺、行きます。ブローチがいるユビテルに!!」
怒りや悲しさが込み上げ、あいつに思い切り一発ぶん殴りたいと生まれて初めて感じた。すると冷静なコノスが口を開いた。
「ダメだよ。あそこはアメリカの国家秘密の場であるから、いくら君が行ったとしてもすぐ捕まって君の命が危ういだけだ。」
「じゃあどうすれば良いんですか!!このまま指をくわえて見てれば良いんですか!!世界では飢餓に苦しむ9億人以上の人が、今も次々と死んでいくのに!!こんな下らない施設のせいで…」
今まで抑えてたストレスが自分では制御出来ないくらいに溜め込んでおり、目からは暖かいものが、ゆっくりと頬を流れて行った。コノスは俺の言葉に被せるように、冷静沈着な様子で続けていった。
「気持ちはわかる。だがな君が捕まればこの先も状況は変わることなく、余計に悪化するだろう。あと4日後に私を迎えに来るヘリが君か最初に漂着したと言う、ネプトゥヌスにやって来る。そこで、私と一緒にオーストラリアへ行き、君の治療を終えてから国家機密で会談を開かないか?目指すものは同じだ。心配する必要はない。共に戦おう。」
「そうですね。よろしくお願いします。」
二人は拳を交え、決意を固めた。遠くに見える夕焼けは二人の決心そのものを表しているように真っ赤に染まっていた。
数日後、最初の拠点を懐かしむようにヘリでこの島を後にした。コノスに出会わなければ俺は飢え死にしていただろう。ただ運がいい。それだけのことだ。
「今日のニュースです。9.11事件で行方不明になっていたイロアス・ミデンさんがオーストラリア当局によって保護された模様です。依然行方不明者は277人に登り引き続き捜索をしています。」
俺はオーストラリアのメルボルンにある国立病院に搬送された。身体は軽傷に留まり軽い食あたりだけが苦痛ではあった。入院期間は一週間で、リハビリを繰り返し基準値に戻り次第ここを出れるそうだ。
「やっぱり、ベットは最高だな」
しばらく横になり、ニュースを見ていると、扉がガチャン!!といいエナとティアラが駆けつけた。
ひたすら泣きじゃくるティアラとエナに、5本の薔薇をあげ、感動を分かち合った。
そうして長いサバイバルを終え何もかもが終わったと思いたかったが、これから始まる血みどろの戦いの幕開けになった。
世界各地で食料と資源を求め、紛争が起き、多大なる被害が出ている。今、求められているのは、安定した食料調達が出来る広大な土地であるが、地球温暖化により適した土地が失われつつある。こうした状況を打破すべく我々、大陸捜索研究チーム(CSR)が立ち上がった。組織は{大陸捜索チーム}{環境学研究チーム}の大きく二つに分かれており、各国から優秀な人材が集められている。
CSRの事務総長プラティアは、アメリカ出身で55歳にして、元国際連合事務総長の経歴の持ち主であり、2020年から25年までの5年の任期であった。人望が厚く、頭が切れるので、任期終了後もあらゆる分野において指名が掛かったが、全てを蹴ってまで成し遂げたかったのが、この組織である。
世の中には凄い奴がいるなと物悲しい気持ちの中、出来上がったばかりの研究室にしては薄暗くて妙に静かな長い廊下を歩いていた。スッーと後ろで扉が開くと、甲高い声で
「ようミデン 久しぶり!相変わらず死んだような顔してるな〜、奥さんは元気か?」と昔から変わらず一言多い中学校から大学までを共に過ごしたブローチがそこには居た。ブローチは環境学研究チームの次期代表候補でもあり、責任感の強いやつだが、時には天然なやつでもある。「余計なお世話だ。お前は35になっても童顔のままだな。エナは元気にしてるよ。じゃあまたな」としてやったりという顔で多少、戯言を言いブローチに別れを告げ長い廊下の先にあるエレベーターに入り最上階15階のボタンを押した。エレベーターの中には何故か黄色のマリーゴールドが花壇に植えてある。また、外の眺めは最高で、遠くにはメガリ山があり手前にはマイスティリオ湖が広がり自然が溢れている。この研究室は広大な自然の中にあり、あらゆる研究に集中出来るように政府が関与して作ったらしい。壮大な景色を眺め物思いにふけてるうちにキコーンと音がなりゆっくりとドアが開き、重い足取りでプラティア事務総長が待つ、事務総長室へと向かった。
「失礼します。大陸捜索チーム代表イロアス・ミデンです。失礼ですが、この度はどのような要件でしょうか。プラティア事務総長」
「よくぞ来てくれたミデン君。君には重要な話をする為にここに招き入れた。そんなに硬くならずにリラックスして聞いてくれたまえ。そこに座りなさい。」と言い後ろにあったティーポットを手に取り金の装飾を施したコップにダージリン・ティーを淹れ差し出した。赤身の薄いオレンジ色でさわやかな味わいで世界三大紅茶の一つでもある。スッーと一口飲み終えたところで、形容のできない妙な表情でプラティア事務総長の口が開いた。
「CSRが立ち上がってから約半年が経った今では、元事務総長という恩恵もあり国際連合食料農業機関(FAO)と手を組み、主に発展途上国が農業水産林業分野で技術改善を進めて、発展途上国の一般市民がより栄養価の高い食物を入手できる手伝いをしている。だが、飢餓人口は減少するどころか微増しており、未だ革新的な成果は得られていないのが現状である。しかしこの度先進国1の食料自給率を誇るオーストラリアのエナス・キクロス首相と対談出来る場を設けた。なので君に是非その代役に抜擢したいと考えている。」と強く言い切った。
俺は少々戸惑い心は揺らいだが、事務総長も考えもなしに言っているとは考えづらい。それになにも取り柄のない俺に期待を寄せてくれているので期待に応えたいと思い、いままで以上に尊敬の念を込めて「承知いたしました。日々精進していく所存です」と言い、残りのダージリン・ティーを飲みその場を後にした。エレベーターに乗り1階のボタンを押しドアが閉まったところで、ホッと息をつき、表情筋が緩んだ感じがした。相変わらずマリーゴールドは綺麗に咲いているが、すこし不気味な気もしていた。とはいえメガリ山の山間から溶ける夕日がマイスティリオ湖に反射し、ただ呆然とその幻想的な景色を眺めていた。それも束の間のひとときで、仕事に追われていてゆっくりする時間などどこにも無かった。しばらく研究データを分析して、グラフ化し来週に迫るCSR研究学会に提出する資料を作成し終え、仕事も一段落つき、家に帰った。家に帰るとすっかり娘のティセラはとても気持ち良さそうに寝ていたので、蛹の殻のような布団をそっと手に取り体をすっぽりと覆うように被せ、慎重にドアを閉めた。それからエナに俺は複雑な心境で告げた。
「今日、プラティア事務総長にオーストラリアのキクロス首相との対談を任された。正直不安が募るばかりだよ。日程は恐らく来月だろう。これから重大な任務が増えてくると思う。だから...」
それ以上は自分の口からは言う事が出来なかった。己の葛藤が自分だけではなく他人までも傷つけていた。現実を受け止め、エナも察しがついたのか、目には涙を浮かべ、「わかったよ。でも無理はしないでね」と言いお互いの心を癒すように抱き合った。部屋の中には赤いカーネーションがとても綺麗に花が咲いていた。
事務総長に任命されたあの日からすでに、1ヶ月が過ぎようとしている。豪との対談を残り一週間に控えた俺は、すでに準備が整い最終調整に取り掛かっていた。今回の対談内容は主に先進国の食料自給率80%以上の国からその割合に応じて、CSRに支給してもらい、飢餓人口の減少を促進させるといった制度{先進国支給後援制}を検討するのが目的である。また、今回一緒に対談に行くのは、環境学研究チームのマブロとリフコーである。二人は双子であり、幼い頃から英才教育を受けており、世界屈指の有名大学卒業といった、スーパーエリートであり、心強い仲間である。あと一人行くとの連絡を受けているが、誰なのかはまだプラティア事務総長がお考えとのことだ。しかし、誰であれ、心強い仲間には違いは無いだろうと思い、いつも通り研究室にある自分のPCを立ち上げると一件のメールが届いていた。メールは送り先や、件名すら書いていなく、「Do not go absolutely」とだけ書かれていて、ハナズオウの写真が貼ってあるだけである。俺は対談の最終調整等が迫っているため、考えることをせずに、また迷惑メールでもきたのかと、躊躇なく削除した。
PcにUSB機器を繋げ、以前行われたCSR研究学会で使ったデータをバックアップした。そのデータを少し改竄して、今回の対談でも使うつもりである。なぜなら、プラティア事務総長から高い評価を得て、是非とも対談でも使用出来ないかと提案されたためである。そんなこんなをしているうちに時間は過ぎ去ってくばかりで、焦りと不安からなるフラストレーションが溜まる一方だった。PCと睨めっこする時間が長く、疲れ果て机で少し睡眠を取っていると、トントンと、肩を後ろから叩かれ振り向くと、妙に笑顔なブローチがそこには立っていた。「ほいよ、お前も大変そうだな!」とオレンジジュースを差し入れしてくれると、ニヤついた顔が急に真面目な顔になり、「今回、プラティア事務総長に対談に同行するように命じられた。俺の役目は、ミデンの補佐とマブロとリフコーの指導に当たることだよ。一親友として、喜ばしい事だ。よろしく頼むぜ。」
内心一番心強い仲間と行けることになり、今にも折れそうな心が、息を吹き返すように、立ち直る事が出来た。
「そうだな、俺も嬉しいよ。いろいろ頼る事もあると思うが宜しく頼むよ。」と言い、二人でオレンジジュースを一気に飲んだ。「ところで、ミデン。ここ最近アメリカ政府の奴らが、CSRの動きを妙に気にしているらしいぞ。」と言ったが、突然のことに理解することが出来なかった。
「それは何故だ?アメリカの連中がなんのようだ?」
「んー。ざっくりいうと、今回の対談でオーストラリアが合意すると、アメリカを含めた先進国にも当然{先進国支給後援制}が要請されるだろう。もし、反対するような事があれば世界からの批判は絶えない。がな、アメリカは保守的な国だから、迷わず国を優先すると推測する。そこで今回の対談が、アメリカに大きな決断をさせることになるんだよ。」と微笑を浮かべて言った。「そうか。理由はわかった。頭の片隅にでも入れておくよ」と言い冷静さを取り戻した。
そこで初めて、自分が今まで以上の大役を任された身であることを感じ、誇りに思った。同時に不安と恐怖も感じていた。「じゃあここら辺で、仕事に戻るよ、次は出発の9月11日に会おう。それではまた。」とブローチは言い研究室を後にした。それからまたpcと睨めっこし、データを改竄する作業が続いたが、ブローチと話したことで精神的にゆとりが出来、作業が円滑に進めることが出来た。
フランスの作家 ラ・ブリュイエールの名言の「時間の使い方の最も下手なものが、まずその短さについて苦情を言う。」はまさに俺のことだろうと切実に思う。明日はオーストラリアに出発の日なのに、家にいても、だらだらしていて、身支度すらまだまともに出来ていなかった。今日も朝から晩まで、対談に行くブローチ 、マブロ 、リフコーと打ち合わせをしていた。朝8時に始まった打ち合わせが、夜8時に終わり、一同体力の限界に来ていた。とはいえ、明日の移動日はプラティア事務総長から、自由に使っても良いと言われているので、一同、最後まで気力で乗り切ることが出来たといった所だろう。「明日のフライトは朝の8時ごろになるから、寝坊は禁物だな。」と大きなトランクケースに荷物を詰めながら、独り言を言っていると、ティセラが寄ってきて、「オーストラリアでお土産買ってきてね、絶対だからね」と言い嬉しそうに目を輝かせていた。小さい頃は俺もこんな感じだったなと思い出に浸りながら、用意をしていると、すっかり日付は変わっており額に汗しながら、準備を終わらせた。アラームを朝の5時にセットし、布団に入るといつになくぐっすりと眠ることができた。目覚めたのは30分遅れの5時32分だが、アラームは起きる30分前に掛けるのが習慣である。大きなあくびをした後、重い体を起こし、カーテンを開けると東の窓からは朝日が入って、とても気持ちの良い朝であった。いつもとなんの変哲もなく、エナとティセラと優雅な朝ごはんを食べ終え、朝の日課のコーヒーを飲みながら、新聞を読んでいた。新聞の見出しには[米政府 先進国後援支給性に対し嫌厭の情]と書かれている。やはりブローチか言っていた通りだったが、このタイミングで記事になるとは思いもしなかったが、いつかは来るとは思っていた。しかし、この計画を乗り出す時にあらかじめ心に決心したことがある。それは今苦しんでる人達をこの手で直ぐにでも助けたい。その一心であった。だからこの計画を必ず成功させるためにも、もう後ろは向けない。改めて、自分にそう問いかけた。いつのまにか、コーヒーはすっかりと冷め、時計の針も刻一刻と進み、気がつくと赤いカーネーションの花はすっかり元気を無くしていた。「じゃあそろそろ行ってくるよ。良い子にして元気で待ってろよ。お土産しっかり買ってくるから。」とティアラの頭をそっと撫で、「頑張って、気をつけてね」といい笑顔で送り出すエナに別れを告げ、俺は家を出た。耳にはイヤホンをし、片手に重たいトランクケースを持ち、一歩一歩を踏みしめながらブローチの待つディエスニス空港へと向かった。
予定通りに空港につき、長い飛行機の中で退屈しのぎをするための本を選んでいると、携帯の着信音が鳴った。
「もしもし、どこにいるんだブローチ。搭乗口に向かう前に合流したいと考えているんだけど。」
携帯に耳を当て、返事を待つと、呼吸の荒いブローチが「わ、悪い。渋滞に引っかかって遅れちまってよ、もう少しで着くから先に搭乗口前で待っててくれ!マブロとリフコーは搭乗口付近の売店にいるとのことだから先に合流しててくれ、頼む!」といいすぐに電話を切った。着信が鳴った時からそんな気はしていたが、あいつは、しっかりしてるのかしてないのか、分からない奴だなとつくづく思う。本を買い、ブローチの指示の通りマブロとリフコーのいる搭乗口前に向かった。二人は売店でソフトクリームを食べており、見つけるのは容易であった。二人を連れ搭乗口に向かうとスッと前を通り、ギリシャ神話の本を持った白人が奇妙な笑みを浮かべ通り過ぎてった。その直後にマブロが「UR…」と呟いた。恐らくマブロの知り合いであろうと思いながら歩いてると、
「申し訳ない!すぐに搭乗手続きをすませようか。はぁ…疲れた」
と呼吸の荒いブローチが来た。
「そうだな。あと20分もあるから焦らなくてもいいさ。」
「えっ?20分!?ま、まじか。時計10分狂ってた…」
ブローチはホッとため息をつき、崩れ落ちるように公共の椅子に座った。俺も相変わらずの天然さには正直ため息をつきたくなるが、それがブローチの良いところでもあるのを知っている。マブロとリフコーもクスクスと笑っており、とても和やかな雰囲気になった。それから順番に荷物を預け、保安検査をし、出国審査、搭乗ゲートを進み、機内の指定された席に座った。飛行機はボーイング787の次世代中型ジェット旅客機で、エコノミークラスである。しばらくすると機長から「皆さまこんにちは。今日もボーイング787便をご利用くださいましてありがとうございます。皆さまのお手荷物は上の棚や足元の固定された場所に置き携帯電話など電波を発する電子機器...〜…皆さまにご案内致します。この飛行機は間もなく離陸致します。シートベルトを今一度ご確認下さい。また座席の背もたれテーブル、足置きを元の位置にお戻し下さい。それではよい空の旅を」といつもと変わらずの決まり文句を言い、機体がゆっくりと前進した。なぜだか、機体の前進と共に期待も膨らんでいった。横にはブローチが座っており、先ほどまでの疲れのせいか、もう眠り着いていた。
離陸すると徐々に高度を上げ、3000…4000…そして5000フィートに達した。窓は大型の窓が採用されているため、綺麗に青空をずっと見渡すことが出来る。さらに高度を上げ、雲を抜けると対流圏界面見え、まるで空中に大陸があるかのように、雲が空一面に広がっていた。
しばらくしてCAがやってきて、コーヒーを貰い、トイレに向かった。用を済ませ、席に戻り搭乗手続きをする前に買った花言葉に関する本を読んでいた。最近よくエナに花をあげていたから、次からは花の一つ一つに付けられた、言葉を知ってからプレゼントしたいと思っていたからだ。「以前あげた赤いカーネーションって「愛を信じる」って意味なのか…。恥ずかしいが、良い花だな、次はどうしようか。そうだ、赤い薔薇はなんだ。…熱烈な恋。それも良いかな」なんて思っていた時に、頭に何かが過った。「以前迷惑メールで送られてきたのは確か…ハナズオウだったっけか。」ペラペラと本をめくっていくと、ある言葉を目にした。「裏切のもたらす死…それに送られてきた内容はDo not go absolutely絶対に行かないで…」ようやくあのメールを理解し、額からは恐怖による冷汗が垂れているのを感じた。ただ、メールはその一通だけしか送られていなく、確かな証拠や信憑を持てるほどのものではない。物事考え過ぎても駄目だと感じ、平常心を保つためにそっと目を閉じ、イヤホンを耳に当て、静かな曲を聴く事にした。少しずつ安心感を覚え、同時に睡魔が迫り来ていた。もう寝ているのか、起きているかわからないこの境界線で、必死に睡魔に抵抗していたが、遂に深い眠りについていた。しばらくすると機体の高度が下がっているように感じ、耳がスッーと痛くなるのを感じた。もう着陸態勢に入っているのかと思い、優雅な曲がシャッフルで流れているイヤホンを外すと、死に抗う悲鳴と、絶望の末に苦し紛れ必死に出したうめき声が辺りを包んでいた。コックピッドからは、大声で「頭を上げろ!!!!くそ!!パワーが足りない!!!頭下げろよ!!!!」とひたすら無我夢中で言ってる声がした。その声を聞いたCAが「予告なしに不時着 着陸する可能性がございます。焦らず非常準備に備えてください。繰り返します…」とひたすら言うだけであった。窓から見える景色は、変わらず青かった。状況を把握するまでの時間と精神的な余裕はすでに残されてはいなかった。しかし残されていないはずの時間が、いつもよりずっと長く感じた。
そしていつもより物事を考えられ、感覚が研ぎ澄まされている。必死に抗った結果ライフジャケットを着用するが精一杯であった。妻や娘そして自分に関わった全ての人たちのことや、今見てるこの光景がミリ単位で刻まれたり、映像化されたりを繰り返し、死に対する恐怖すら感じることが出来ない事に気がついた。そして、考えることをやめた。
「番組の途中ですが、大きな航空機事件がありましたので、緊急のニュースをお伝えします。オーストラリア初のボーイング787便が離陸3時間後、通信が途絶えその後墜落した可能性があります。FBIによりますとアメリカン航空機がハイジャックさせていたとの情報もあります。各国の軍が総動員して、救出に向かうとの事です。犯人はアメリカ国籍の白人二人組による犯行との連絡も受けています。乗客は280人乗りとのことです。引き続きお伝えします…」
エナは言葉を失った。目がヒリヒリと痛むのを感じ、急に胸騒ぎがし、吐き気が襲った。自分の夫があの飛行機に乗っていることはすでに分かっていたが、僅かな希望をまだ捨ててはいなかった。もう信じることしか出来ない、彼が死んでないことを。テレビの音量を上げ、必死に祈りを続けていると、更にエナを苦しめるニュースが流れた。
「速報です。乗員にはCSR大陸捜索チーム代表イロアス・ミデン氏を含めたCSRのメンバー4人が乗っていたようです。、FBIの一部見解によりますと、テロを目的とした意図的な犯行ということです。いまだ、場所は解析することは困難であり、引き続き捜索に当たるということです。」
エナは辛い気持ちを奥にしまい込んで、ティアラにニュースを見られないようにと番組を変え、平常心を装った。
「お母さんどうして、泣いてるの?なにかあったの?」となにも知らないティアラがやって来た。
「なにもないよ。すこしあくびしただけ。」
内心ホッとしているが、この先隠し続けることは到底出来ないのはエナ自身もう知っていた。
この事件は大きく世界を揺るがした。今回のオーストラリアでの対談は全世界が注目するほどの価値を持っていたからである。通信が途絶えたまま、乗客280名を乗せた飛行機が行方不明になり、捜索を断念したからだ。そして政府からは乗客280名全員の死亡届けが出された。数日後には、この事件を9.11事件と呼んだ。悲劇の再来とでも言うだろうか。そしてこの事件には不可解な点がいくつもあった。
世界中のあらゆる人がニュースを口にし、陰謀論を囁いた。
潮の匂いが嗅覚を刺激し、波とともに流されていく感覚があった。辺りは飛行機から見た青空と同じように澄み渡った海が広がっていた。墜落した飛行機の面影はなく、生きてる心地すら感じることはなかった。全身に寒気と頭痛が襲うが、身動きが出来ずただ呆然と空を見上げ波に乗り、どこかに連れ去られていった。意識が朦朧としている中どれくらい流されて来ただろうか。周期的にくる波が身体を包むように押し出し、気がつくと砂浜に身体が打ち上げられていた。そっと身体を起こすと、右手の中手骨が折れており、体にはいくつもの切り傷が刻まれていいたものの、軽傷で済んだらしい。俺は思考停止していた脳を必死に動かし、何かを思い出そうとしていた。「そうだ。ブローチやマブロ リフコーはどこだ。なぜ俺は生きている。そして此処はどこなんだ。」自問自答を繰り返しているが、答えは「わからない」この一択であった。悲しみに明け暮れますます孤独を感じながらも、この命を存続させるために、覚悟を決め、再び立ち上がった。辺りを見渡すとと、夕日が海に反射し遠く彼方に見える地平線が美し感じ、昔みたメガリ山の景色を思い出した。島には、人の手が加えられていないような深い森があった。太陽の光すらほぼ入っていなく、昼までないと到底行けるような場所ではなかった。とはいえど、手前の日が入るところななら大丈夫だろう。まず、生存のための優先事項として、飲み水の確保だ。人は三日間水分を取らないと死んでしまうからだ。しかしながら海水は絶対に飲んではいけないのだ。海水を飲むと海水に含まれる塩分を体の外に排泄してしまうため、更に多くの水が必要となるため、危険である。水をどう確保していいのか模索し、歩いていると海に流されて来たペットボトルのゴミを発見した。人間が捨てるゴミがこんなところにまであることに物悲しくはなったが、これから使える重要な物資にあることに変わりはないため、有効活用することにした。しばらく、森の方向に歩いていると、岩下に雨水が溜まっているのを発見した。歓喜のあまり「しゃぁ!!水だぞ!!」と孤独な自分を奮い立たせるように叫んだ。先ほど拾った2リットルのペットボトルの飲み口をまず、感染症の恐れがあるため綺麗に洗い、雨水をありったけペットボトルに入れた。一日の必要水分摂取量は1.5リットルであるため今日や明日の分は持つだろうが、雨水のため、有限ではある。しかしながら、雨が降ると知っただけ不幸中の幸いと思った。「もう日が暮れる。今日は焦らず違う水源の確保と簡易的な基地を作るのが妥当だ。」
海沿いを歩いていると、崖の窪みに沢山の貝があるのを発見し、小さな岩を避けるとミルガイが沢山あり、簡易的な食糧源も確保した。ミルガイは一個33kcalだが、動物性たんぱく質と、ビタミンb12そしてミネラルが豊富であり貴重な食糧源ともなる。沢山のミルガイを一旦岩上に乗せ、岩下に手を入れると、皿貝も取ることが出来た。皿貝は名前の通り、貝殻を皿のように使うことが出来、身はミルガイと同様、生で食べることが可能である。ライフジャケットを脱ぎ、籠のように使い数日間に及ぶ食材の調達をし、海沿いを歩き続けた。「おそらく海沿いの崖には人が入れるような、岩の穴があるはずである。数日間このサバイバル生活にゆとりが出来るまではそこをら拠点にしよう。時間が残されていないこの状況で簡易的な基地を作るのは、余計にカロリーを消費し良い選択とは言えないからな。」と自分に問いかけた。薄暗くなってきており、足元が少しずつ見えなくなりつつあった。しばらく崖沿いを歩いていると、直径2m奥行き4mほどの大きな岩の穴を見つけた。「よし。ここを第一の拠点にしよう。すこし硬いが、 今日1日の我慢だな。」
腕につけてあった時計は、しばらく海につけてしまっていたため時計の針が動き出す気配はなかった。ポケットにある携帯は奇跡的に防水仕様でバッテリーが残ってはいるが、この島には当然電波など通じないので、全く機能はしないが、いつか救助船が来て電波を拾った時などの僅かな希望のために電源を落とし、ポケットの奥にしまい込んだ。
外気温は一日中20度から30度の気温のため、夜は快適な睡眠が出来るだろう。しかし熱中症対策をしなければ、余計な水分を持っていかれる心配があるので、気をつけなければならない。「明日は、火の確保が最優先事項だな。そして食糧源にもなる魚を捕まえることだ。」
俺は前向きに生きるために計画を練った。それに、ブローチを含めたチームメンバーそして、同じく飛行機に乗ってた全ての人が今もどこかで生きてる事を願った。すっかりと月は真上に登っており、孤独な俺を沢山の星が照らした。
鳥のさえずりが聞こえると共に、太陽が地平線から顔を出し始めた。薄明ではあるが、早速身体を起こし、目標達成のために岩から身を乗り出し、森へと足を向けた。火の確保だが、今回はキリモミ式といった木を擦り合わせ摩擦熱によって火を起こすスタンダートな方法を試すことにした。外側が硬く、中心部が柔らかい組織になっている木が火起こしには理想である。近頃雨は降っていないので、乾燥しておりまさに好条件であると言える。探索から20分後、枯れ木の中から手頃な木を発見し、それを拠点に持ち帰り、風が邪魔しないところで火を起こしを挑戦することにした。以前から世界各地の貧しい国を訪問し、現地の住民に火の起こし方を教えて貰う機会が多々あったので、苦戦することはなかった。取り敢えず、火の確保が難航せず、2時間程度で終えることが出来た。集中力を高め、継続していたため体にかかる負担も計り知れないことになっており、体の隅々の筋肉が叫びを上げていたが、なぜだか、運動能力が高まり、集中力がさらに高まってきているのを感じた。二つ目の目的である食料の確保だが、サバイバルにおいて無駄な体力を浪費しない事はとても重要である。そこで今回はL7型ワナとを使って魚を取ることにした。通常は動物の捕獲用だが、魚用に応用することも出来る。まず、棒を組み合わせ川床に立て川岸の若木に結びつけ、次に糸の端に餌をつけ海に落とし、魚が食いつくと棒が外れバネの働きで釣り上げるといった単純な構造である。一度仕掛ければ勝手に罠が作動する仕掛けになっているので、体力の消費を抑えられ、何回も使えるのがメリットである。早速手頃の材料を森で調達して、拠点近くのところに設置することにした。基地に戻り、しばらくゆっくりしながら、火に手をかざし暖まり、気長に罠の成果を待っていた。しばらくして、罠に向かうとまだ、作動していなく、失望したが、代わりに目の前にはカエルがいた。カエルはフランスやベルギーでも食べられており、味は鶏肉に似ている。カロリーは99kcal。鳥のささみと同等の高タンパク低脂肪であり、今不足している栄養素を補うことができる貴重な食糧源がそこにはいた。「この世は弱肉強食の世界だ。俺が生きるために申し訳ないが死んでもらうぞ。」と小声で言い、下にあったテニスボールくらいの石を片手に持ち、思い切り叩けつけた。サバイバルの初日はそのような行為には抵抗心があったものの、生き抜くためにはそのような心は捨て去るべきであった。俺は人間同士が戦う意味とはなにかと以前考えたことがあるが、恐らく本能として弱肉強食という名残が抜けず、自分の存在価値を高めるためにやっている行為では無いだろうかとすら思った。国をかけ戦うのも動物としての縄張り意識の延長線なのだろう。そうして、俺は血に染まったカエルを片手に基地へと帰っていった。
内臓を取り出し、不必要なところを排除した後、ミルガイと共に火で調理した。
「やっぱり、鶏肉の味に似ているな。これはこれで、普通にありだと思うな。貝類もやはり美味い。」
妻の料理には到底及びはしないが、腹の足しになるくらい満たされた。しかし、何かが足りないと思い、とっさに考え出した答えは「愛情」というたった二文字に集約された。
まだ少しなら活動できる時間が許されてはいたので、落ち葉を拾い集めて柔らかいベッドを作ることにした。寝床の充実は次の日の作業の効率を大きく左右するので、多少労力をかけ、作業に徹した。
「我ながら、出来栄えば上出来だな。今日はいい夢が見れそうだ。」と布団に入りこの島について考えていた。
「この島に上陸して2日が過ぎようとしているが、探索したのは極一部で、まだなにがあるのかすら解っていない。ただ一つわかることは、無人島にしては明らかに島が大きすやしないだろうか。もしかするとこの島には人が居るのか。しかも、漂流物で流れてきたペットボトルの割には物が新しすぎる。おそらくここの場所は、アメリカからオーストラリア行きであるから、そのルートを割り出せば、大体の墜落した現場を推測することが出来るはずなのに、この島からは救助隊のヘリやボートはまだ見ていない。ただ、近いうちに、島の反対側を捜索してこの島についてもっと調べる必要がある。だからあと数日で長期の捜索に行けるように、準備をしよう。」
数日が過ぎ、ついにこの拠点から離れ、島の捜索に当たることにした。この数日間で森の中にあった木の実や、トカゲやカエルの肉を燻製して作った保存食や数日の飲み物を隙間時間を有効活用して作った蔓の籠の中に入れ背中に背負い、火種を手に持ち移動することとなった。森の中ではヒガシダイヤガラガラヘビやオオハリアリがチラチラとこちらを見ており、気味が悪いが慎重に前へ前と進んでいった。少しずつ太陽の光が入らなくなり、苔が次第に増えていった。歩いて居ると多数の蝉やバッタの鳴き声やキツツキが木を突く音など多種多様な生物が俺を出迎えてくれるように、次々と現れた。さらには、貴重な水源となる湧き水がありミネラルが豊富で今までに感じた事がないような自然の恵みを感じた。身体も回復し、さらに奥へと進み続け森の中に入った時から、約3時間後にようやく開けた土地が、見えた。そしてその先に小さな集落が視界に入った。
「嘘だろ。ここはやはり無人島では無かったのか。あれは先住民族の集落なのか?まぁ、あの集落に住んで居る人にここの情報を聞き出せば、この島からの脱出に一歩近づくことだろう。それに住んで無い家を借りてここを次の拠点にすることも妥当な選択だ。よし、行こう。」
近づくと、集落は、人影すらなく長年人の手にも触れていないような所であった。石を積み重ねて作られた簡易的な家で、誇りが充満し、蜘蛛の巣がいたるところに貼ってあった。、 部屋の中にはいつ折れてもおかしくない木製の机の上に、古いランプケンケが置いてあった。これは、18世紀によく使われており、今で言うデスクライトのようなものだ。その当時のものだとすると約230年前にこの集落が使われていたことになる。 そして机を開けると一枚のボロボロな紙がそこにはあった。。言語は英語でありどうやらこの島の地図のようである。
「この島の名前は、オリュンポス島。長さは縦に50km横に30kmのコの字のような形をしているな。この島はおよそ12の地名が割り当てられ、ここはバックスであり俺が漂着した場所はネプトゥヌスなのか。」
少しでもこの島の事情を知るために地図を目を凝らしてよくみると割り当てられた12の地名とは別にユビテルという都市があるらしい。そこに行くためには、ここから見て北西にある、ディアナという地名の先にある、オリュンポス山を超えなければならないという。
「なるほど。そこに行けば、今より沢山の情報を入手することが可能だ。だが、ここの位置から40kmあり、山を越えるには1日では到底不可能だろう。ディアナを次の拠点とし、2日で移動した方が、良いだろう。食糧も今日を含めた3日分なら持ってきたしな。」
俺は、この島の貴重な情報を記した紙をポケットに丁寧にしまい込んだ。
ここ、バックスは食料はないが、中心地に井戸があり水を確保できるほか、寝室には古いベッドが置いてあり、寝床にも困ることはない。さらには、石製でできた、暖炉に周囲で薪を調達し、持ってきた火種で火を起こした。籠から今日の食料を取り出し、集落で手に入れたナイフで調理し、火に炙り今日の夜飯とした。腹が満たされた後、部屋を軽く掃除して、布団に入ると、気づいた頃にはすでに朝日が差していた。
「うわ、眩しい。なんか疲れが思ったより取れているな。やっぱりベッドはあの穴と違って快適だな。じゃ、今日はディアナまでの移動か。早めに支度して出発するか。」
あの悲劇から一週間が経ちやっとまともな食事と睡眠・道具を手に入れることが出来、生活が少しずつ便利になっていることに喜びを感じた。いつしか、この生活も悪くはないなと思うようにもなり、次第に環境に適応する事が出来つつあった。
朝8時にバックスを離れ、ディアナまでは2時間半で着く事が出来た。まだ時間・体力に余裕が残っており、早めにオリュンポス山を越えユビテルに向かうことにした。山の麓まで近づくと、山の大きさには唖然した。
「デカイ…これはミティカス{山のピーク}に生きてたどり着けるのか」と不安を胸にしまい込み、足を止める事なく進み続けた。
ディアナで入手した地形情報によると、オリュンポス山は、標高は約3000mで植物相が豊かであり、固有種12種を含め約1700種が生息しているらしい。途中には小さな小屋があり、昔の人々なそこで休憩を挟んでミティカスまでを登ったという。
傾斜は思ったよりきつくはなく、長年で踏み固められた道が形成されており、数時間少々歩くと、そこには小屋が見えた。小屋に向かい歩き出すと、小屋のドアがゆっくりと開き誰かが出てきた。急いで、その人影を追うと、中年の男性が姿を現した。
「待ってください!」と大声で言うと、ビクッととしこちらを振り向きこちらに近づいて来た。「貴方はここら辺では見ない顔だな。私はここら辺で狩りをしているエナス・コノスと言う。私と何か話したいような顔をしているようだ。せっかくだ、小屋に入りなさい。」
そう言い、俺を小屋へと案内した。
「早速だが、君の名前はなんと言うんだ。そして何処から、ここに何しに来た」と、急に険しい顔になり、野生の動物のような、鋭い目つきで俺を睨んだ。
「私の名はイロアス・ミデンと言います。私は、CSRという組織の人間で、オーストラリアの首相と対談をしに飛行機に乗ったところ、その飛行機は墜落し、気がついた時には、このオリュンポス島に漂着していました。それから、ネプトゥヌスから、都市ユビテルを目指しここまで来ました。」
しばらく沈黙が続いたが、状況を理解したらしく、次第に額のシワが無くなり表情が柔らかくなった。
「そうか。それは残念だったな。良くここまで来た。早速、本題だがお前の言う都市ユビテルはもう実在しない。12年前ユビテル及び12の地域からなるこのオリュンポス島から人間はいきなり姿を消した。それに変わりアメリカ政府が、都市ユビテルを禁秘都市とし、大型基地として使用している。そこには、世界のおよそ4割にものぼる食料が貯蔵されているURSFの本拠地も実在する。」
「なんで、貴方はそこまで知っているのですか?貴方は一体何者なんですか?」
「そうだな、君はオーストラリアのキクロスと対談すると言っていたな。実は私はそのキクロスの弟だ。1年前、兄にオリュンポス島の視察を極秘任務で頼まれ、それ以来アメリカ政府の動きを監視しているんだよ。そろそろ、その任務が終わるがな。」
俺は驚きや戸惑いを隠せなかった。しかし僅かな希望を手繰り寄せ、ここに来た甲斐があった。そして俺は今までの点が線に繋がり、疑念が確証へと変わった。アメリカの連中がこの対談を嫌厭する理由は、我らCSRに禁秘都市ユビテルを知られないためである。俺はある可能性を示唆し、確証へと裏付ける質問をした。
「このユビテルを支配下に置いた最高権力者をご存知でしょうか。」
「あぁ、確かプロドシア・ブローチだ。数年前に配属されたばかりの若手だったはずだが。」
「じゃあ、Do not go absolutelyとハナズオウを添え、僕に送ったのは貴方ですね。コノスさん。」
「君は察しがいい。まさにその通りだ。ただ、私は一つ失敗をしてしまったがな。ミデン君がここに来ることは計算外だった。」と微笑を浮かべていた。
俺はいつになく頭が冴えていた。自然と答えが導き出されていった。そして、信じたくはないが、この人の言うことは本当だろう。ブローチが裏切り者だなんて考えたくはなかったが。
「俺、行きます。ブローチがいるユビテルに!!」
怒りや悲しさが込み上げ、あいつに思い切り一発ぶん殴りたいと生まれて初めて感じた。すると冷静なコノスが口を開いた。
「ダメだよ。あそこはアメリカの国家秘密の場であるから、いくら君が行ったとしてもすぐ捕まって君の命が危ういだけだ。」
「じゃあどうすれば良いんですか!!このまま指をくわえて見てれば良いんですか!!世界では飢餓に苦しむ9億人以上の人が、今も次々と死んでいくのに!!こんな下らない施設のせいで…」
今まで抑えてたストレスが自分では制御出来ないくらいに溜め込んでおり、目からは暖かいものが、ゆっくりと頬を流れて行った。コノスは俺の言葉に被せるように、冷静沈着な様子で続けていった。
「気持ちはわかる。だがな君が捕まればこの先も状況は変わることなく、余計に悪化するだろう。あと4日後に私を迎えに来るヘリが君か最初に漂着したと言う、ネプトゥヌスにやって来る。そこで、私と一緒にオーストラリアへ行き、君の治療を終えてから国家機密で会談を開かないか?目指すものは同じだ。心配する必要はない。共に戦おう。」
「そうですね。よろしくお願いします。」
二人は拳を交え、決意を固めた。遠くに見える夕焼けは二人の決心そのものを表しているように真っ赤に染まっていた。
数日後、最初の拠点を懐かしむようにヘリでこの島を後にした。コノスに出会わなければ俺は飢え死にしていただろう。ただ運がいい。それだけのことだ。
「今日のニュースです。9.11事件で行方不明になっていたイロアス・ミデンさんがオーストラリア当局によって保護された模様です。依然行方不明者は277人に登り引き続き捜索をしています。」
俺はオーストラリアのメルボルンにある国立病院に搬送された。身体は軽傷に留まり軽い食あたりだけが苦痛ではあった。入院期間は一週間で、リハビリを繰り返し基準値に戻り次第ここを出れるそうだ。
「やっぱり、ベットは最高だな」
しばらく横になり、ニュースを見ていると、扉がガチャン!!といいエナとティアラが駆けつけた。
ひたすら泣きじゃくるティアラとエナに、5本の薔薇をあげ、感動を分かち合った。
そうして長いサバイバルを終え何もかもが終わったと思いたかったが、これから始まる血みどろの戦いの幕開けになった。