出産報告
12/27に長男が誕生いたしました。
以下に詳細を綴ります。
12/26
深夜3:00頃、寝ている隣の妻の苦しそうな声で起きました。
夜の陣痛でした。
連日続いておりましたが、この日はいつもと違いました。
1分以上握りこぶしを作り、顔をゆがめておりました。
産婦人科に連絡し、今すぐ来るよう命ぜられました。
タクシー送迎を頼みましたが、時間も時間でしたので、捕まらず。
仕方なく徒歩で向かいました。歩いて5、6分の距離が、10分ほどかかりました。
すぐさま着替えベッドでモニター。陣痛が8分間隔で波打つように起きている状態でした。
翌朝の診断の結果、いよいよ出産との事で入院。
このペースで行けば、午後には産まれるとの事だったので、呼吸を整え痛みと戦ってもらいました。
自分はもう少しもう少しと声をかけるのみ。
たまに背中や腰が痛くなるとのことで、トントンと叩いてあげたり
痛いところをさすったりすることしかできませんでした。
それが一番大事と助産師さんにフォローしていただきました。
お昼を過ぎ、夕方を過ぎても陣痛が強まる気配がなく、微弱(それでもとても痛く苦しい)な波が
断続的に続く状態でした。
23;00を迎え、妻に睡眠をさせなければならないとのことで、睡眠促進のお薬を飲みました。
邪魔にならないよう、この日は家に帰りました。
12/27
この日は終わらせなければならない仕事があった為、出社を予定。
出社前に産婦人科により、妻の顔を見てきました。
汗ばんでおり、息も絶え絶えで苦しそうでした。
助産師さんに話を聞き、微弱陣痛の為、陣痛促進剤の投与と連日の痛みでの体力の消耗が
激しく、通常分娩の痛みに耐えられないと判断され、無痛分娩を勧められたそうです
それに同意し、無痛分娩に切り替えました。
実家の母に任せ、出社しました。
その後メールがあり、麻酔を投与し痛みが嘘のように緩和したとの連絡を聞いて一安心。
15:30頃、妻から電話がありました。
子宮口が10cmに達したとのことで、分娩室に入るため、来て欲しいとの連絡を受けました。
仕事を取りやめ、電車・タクシーで産婦人科に向かいました。
16:30頃、産婦人科に到着。
分娩室外には、義理の母がおり、いっしょに安産を祈り待ちました。
17:31、廊下にまで響き渡る大きな産声と共に息子が誕生しました。
ほっと一安心で、義母と共に喜びました。
分娩室に案内されました。妻に「お疲れ様!」と声をかけました。
妻は放心状態で軽くうなづいてくれました。
息子とご対面。くっきり二重の大きな目をした男の子。
細くて長い器用そう指で、私の人差し指を握ってくれました。
体重計には「3734」の数字が。
とても柔らかく、暖かく、大きな赤ちゃんでした。
再び妻に寄り、話しかけました。
一気に力が抜けて、疲れたぁと言っておりました。
私は手を握ぎってあげようと体に触れました。
ここで違和感がありました。妻の指先がとても冷たかったのです。
触れたのと同じくらいのタイミングで、脈拍を測る機械からアラート。
血圧が下がり、脈拍が上がっていると助産師さんが言いました。
他の助産師さんが急にあわただしくなり、顔をしかめておりました。
少し部屋の外で待っていて欲しいと言われ、前掛けマスクを付けたまま、部屋の外に出ました。
お義母さんが「何かあったの?」と聞いてきましたが、何も説明できませんでした。
その後、廊下で立ったり歩いたりを繰り返しながら待ち続けました。
分娩室からは相変わらずアラートの音が聞こえておりました。
他の助産師さん、男の先生まで駆け足で分娩室に入っていき、次第に不安が募ってきました。
19:00頃、いつも診てもらっている先生が外に出てきて、説明をしてくれました。
出産時の出血量が多く、大変危険な状態だと報告されました。
通常出産時には少ない量の出血は伴うのですが、妻の場合はそれが多量で
一度に900mlもの血液を一気に体外に失ってしまった事で、失血性のショックを起こしている状態
と告げられました。
なおも血が止まらず、出血をしている状態の為、一時期血圧が66まで下がり、脈拍が高くなり始め、
輸血をしなければ大変危険とのことで、
大学病院の連絡を入れ、そこへ搬送する手続きをとってくれたそうです。
私は言葉を失い、目の前がぐらぐらと揺れはじめました。
お義母さんを不安にさせないためにも、なんとか平静をとりつくろいました。
助産師さんの一人が、私にお写真を撮るため、携帯電話を貸してほしいと言ってきたので
渡しました。少しした後、携帯を返されました。
写真をみると、本来なら抱きかかえて取るはずが、
真っ青で目をつぶっている妻の胸の上に息子がうつぶせで横になっている写真が映っておりました。
考えたくはなかった事ですが、最悪を想定しての助産師さんの計らいと受け取りました。
程なく救急車が到着し、妻が運ばれて行きました。
呼吸器をあてがわれ、呼びかけにもゆっくりとしか頷けない妻を見て
涙が出そうになりました。意識がもうろうとしている様に見えました。
19:30頃、救急車を追って、タクシーで大学病院に到着しました。
妻は既に救急救命センターに搬送されていました。
待合室でお義母さんと静かに待ちます。お義母さんは「大丈夫、大丈夫」とつぶやいておりました。
私がずっと不安そうな顔をしていたので、おそらく勇気づけてくれていたんだと思います。
してはいけない事だったのですが、出産時の出血リスクについて携帯で調べておりました。
出産時の出血による死亡してしまった母親の例を見て、背筋が凍る思いをしました。
待っている間、頭の中にいろんな事を考えておりました。
家族三人で公園でお弁当を食べたり、旅行にいったり、これからしたい事をずっと頭の中で考えました。
たまに嫌なイメージが頭をよぎり、その度に目をつぶってしまいました。
手は震え、足も貧乏ゆすりが止まりませんでした。
20:40頃、当直の医師が待合室にやってきました。
先生の顔を見た瞬間に、一気に心拍があがりました。
覚悟を決めるときが来たのかと思いました。
失血分の輸血、出血源である子宮部の裂傷の縫合などの処置を行い、
脈拍、血圧の安定を確認できたとのことで、一命は取り留めたとの報告でした。
その言葉を聞いた瞬間に、お義母さんと二人で号泣しました。
こみ上げた不安と喜びが一斉に外に飛び出し、ずっと泣いておりました。
胎児が3700gと大きかった事が主な原因で、出てくる時に子宮が少し裂けていたみたいです。
お義母さんは家族に連絡し、私も実家に連絡を入れました。
父から「こういう時こそ、お前がしっかりしないとダメだぞ」と叱咤をうけました。
いい加減な父ですが、心に染みる一言でした。
その後、22:00頃にお義母さんを送り、自分は面会出来るまで待合室で待ち続けました。
23:30頃、ICUに通され妻と面会できました。
両腕に色々な管を通され、なんとも痛々しい様子の妻がありました。
顔色も、運ばれてった時よりかは良く見えましたが、声は若干か細く感じました。
赤ちゃんはどうだった? 元気だった? 早く会いたい。 もう一度顔が見たい。
息子の心配をしていた妻をみて、ついにお母さんになったんだなぁと感動しました。
12/28
0:30まで、先生に入院と今後の治療などについてをうかがって、
妻にがんばって治す様告げ、お義母さんにも無事を伝え、0:50頃産婦人科に戻りました。
助産師さんに容態を報告し、無事を伝えました。
新生児室に案内され、息子を観に行きました。息子は保育器に移されていました。
私たちが大学病院に行ったあとに、体温が低下し、呼吸が乱れていたと報告を受けました。
濁った羊水の中に、30時間以上いたため、息子も相当疲労していたとのことです。
保育器の中で治療を受け、安定しているとのことでした。
ミルクもたくさん飲んで、元気だそうで安心しました。
改めて他の子と見比べると、やはり一回りくらい大きかったです。
1:20頃、産婦人科からの荷物を持ち帰り、帰宅。
全てを脱ぎ捨てて、布団に倒れ込みました。
疲れ、不安、恐怖、喜び、涙 短時間にたくさんの事を経験しすぎて
パンク寸前でした。
朝9:30
再度、大学病院に赴き、入院手続きを済ませ、妻と面会しました。
この日一般病棟に移るかもとの話だったので、家でまとめた入院グッズを一式持って行きました。
12:30頃、ICUに案内されると、夜より元気がない妻がおりました。
ICUの環境は常にお医者さんがパタパタと歩き回り、心拍測定のアラートがけたたましいため
寝付けなかったそうです。
おまけに、飲食厳禁でうがいのみ。点滴はずれ防止による体制固定を施されており、
なんともつらそうでした。顔は白く、口唇もカサカサに乾いておりました。
とてもかわいそうに見えて、涙が滲みました。その後私の母もICUにやってきました。
かなり心配していたみたいで、わんわんと泣いておりました。
先生からは、出血がまだ微量にあるとの事で、鉄剤等の投与は続けている物の、
また輸血が必要になるかもしれないため、今日も病棟は移さずICUで集中的に治療をする
と説明をうけました。私以上に妻本人がひどく落ち込んでおりました。
話している間もずっと妻は、早く会いたい、早くだっこしたいと唱えておりました。
15:00頃、産婦人科に行き、母と弟に息子の顔を見せてあげました。
とても喜んでくれたみたいです。母は初孫なので、早くだっこしたいと言っておりました。
あまり泣かずにとてもおとなしい子で、ミルクもたくさん飲み、
うんちもオシッコもよく出るとても元気な子だそうです。
妻にも早く合わせてやりたいと思いました。
こうした出来事があった為、少し発言を控えておりました。
忘年会シーズンで、あまり不安をかけたくなかったのが、
今のタイミングでお話した理由の一つでもあります。
出産にもリスクが伴う、当たり前に産まれる命はない
ということを身をもって知る事ができました。
まだ妻にかんしては、まだ楽観はできません。
がんばって支えてあげたいと思います。
そしておそらく妻より、先に息子が退院すると思われます。
大みそかと新年は息子と二人きりとなってしまいましたが、
はじめてのお正月。楽しく過ごそうと思います。
良いお年を。
折角ブログのアカウント取り直したのに、何にも書かないのは勿体無い
なので、昨日買ってきた貴虎兄さんでも貼っておくとする。

素体。こうしてみるとクウガのダグバっぽい。

ガポッ☆

グォォ…

ガチャン☆

ガキィン☆

天・下・御・免
私は果物のメロンが好きではないです。
あの誰にでも好かれてる感が、ものすごく気にくわないのです。
しかしながら、物の放つ高級感オーラは買っており、
この斬月も白、金と合わせることで、上手い事ひき出せてるなぁと感心
本編でも現時点であまり出ていないあたりが、貴少さを際立たせていいなと思ってます。
フェイスの造形もキリっとしててカッコイイ。
また鎧武は、初期のフィギュア玩具としてはかなりクオリティ高いと思ってます。
素体の稼働も申し分ないし、塗装もよく施されてます。
少し残念だったのは、無双セイバーのブレードがちょっとヘタっていたのと
メロンディフェンダーの裏側が全然塗装されていなかった部分ですかね。
リペで補える範囲ではありますし、無双セイバーも最悪プラ板で作り直しちゃっても良いやも。
なによりメロン装着ギミックが楽しいので、お釣りの方が大きいです。
ホントによく劇中再現できてると思います。(斬月の変身はまだだけど)
ACシリーズは斬月が初購入だったのですが、ちょっと集めちゃいそうですね。
嫁にも牽制されてます。

決め。
趣味の事のんびり書けるのって、やっぱりいいなぁ。
なので、昨日買ってきた貴虎兄さんでも貼っておくとする。

素体。こうしてみるとクウガのダグバっぽい。

ガポッ☆

グォォ…

ガチャン☆

ガキィン☆

天・下・御・免
私は果物のメロンが好きではないです。
あの誰にでも好かれてる感が、ものすごく気にくわないのです。
しかしながら、物の放つ高級感オーラは買っており、
この斬月も白、金と合わせることで、上手い事ひき出せてるなぁと感心
本編でも現時点であまり出ていないあたりが、貴少さを際立たせていいなと思ってます。
フェイスの造形もキリっとしててカッコイイ。
また鎧武は、初期のフィギュア玩具としてはかなりクオリティ高いと思ってます。
素体の稼働も申し分ないし、塗装もよく施されてます。
少し残念だったのは、無双セイバーのブレードがちょっとヘタっていたのと
メロンディフェンダーの裏側が全然塗装されていなかった部分ですかね。
リペで補える範囲ではありますし、無双セイバーも最悪プラ板で作り直しちゃっても良いやも。
なによりメロン装着ギミックが楽しいので、お釣りの方が大きいです。
ホントによく劇中再現できてると思います。(斬月の変身はまだだけど)
ACシリーズは斬月が初購入だったのですが、ちょっと集めちゃいそうですね。
嫁にも牽制されてます。

決め。
趣味の事のんびり書けるのって、やっぱりいいなぁ。
日記をつけることにしました。
使い分けとしては、ブログページのタイトル通り。
書きたい事、好きなだけ書いていきます。
今日は設定やらなにやらで疲れたのでこの辺で。
使い分けとしては、ブログページのタイトル通り。
書きたい事、好きなだけ書いていきます。
今日は設定やらなにやらで疲れたのでこの辺で。
