キング・キングス・パラノイア
ミズリさんの企画で、松尾さんを小説に登場させて頂きました。
ククたん達のお部屋に遊びに行った松尾さん。
何やらとんでもない事になっているようです。
「――――脱ぎたまえ」
唐突なバリトンの宣告に、法王の間は静寂に包まれた。
ホールかと思うような広い部屋に、ぽつんと置かれた執務机。その上に肘杖を付いて、マルチェロはジロリと彼を睨める。
その視線の先で、その男はぽかんと口を開いた。
初老、と言っても良いだろうか。ちょっと痩けた感じの頬が、たちまち真っ赤になっていく。
「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
まるで絹を裂くような悲鳴を上げ、彼はずささっと後ずさった。
「きゃぁぁ、変態っ! この人変態だよ、こんなトコで脱げとか言ってるよちょっと!? 松尾乙女のピンチだよ河合くーんっ!!」
「……取り押さえろ」
パチンと指を鳴らせば、周囲の騎士達が一斉に頷く。
尚も黄色い声を上げようとする男を、数人の騎士がむぎゅっと床に押し付けた。何故か「ヒヒィン!」と馬のような悲鳴が上がったが、それは聞かなかったことにする。
「全く、法王に対して変態だの何だのと…… 日本とかいう国の者は、口の効き方も知らんのかね?」
「日本限定!? どこの人だって同じですよ、イキナリ脱げとか言われたら!」
「ここで脱げなどとは言っていない。何故この私が、中年男の裸体など見なければならんのだね? あいにく、私の対象は5歳から…… せいぜい、35までと言ったところだ」
「って、あんた法王様じゃないの!? いいの!?」
ガビーンと古典的擬音を落としつつ、ツッコミを入れる男。
それをキッパリと無視しつつ、マルチェロは机の資料を取り上げた。
今目の前にいる人物について書かれた報告書だ。イライラと机を指で小突きながら、書面に目を通していく。
「……松尾 芭蕉…… 日本という国で最も優秀と賞される、『俳句』詩人……」
ジロリと、マルチェロは彼を睨んだ。
詩人という人種は、だいたい何か神秘的な雰囲気を漂わせているものだ。浮世離れした感じ、と言っても良いだろう。
『俳句』というものも詩の一種ならば、その松尾芭蕉という男も、何か霞を食べるような雰囲気を持ち合わせているはず―――――
そう、思っていたのだが。
「……一体何なのだね、貴様…… そのふざけた服装は」
「へ、これですか?」
ぱちぱち目を瞬かせつつ、松尾さんは自分の服装に目を落とした。
それは、何と形容したら良いのか。
一言で言うならば、『歌のおねぇさん』だろうか。モコモコのファーを首から肩にかけて巻き、ぴっちりしたヘソ出しタンクトップを着て、更にはホットパンツだ。膝上のしましまハイソックスの上には、所謂『絶対領域』まで見え隠れしていたりする。
そしてその頭には、ふさふさの耳がくっついていた。
思わず、マルチェロも自分の耳に手を伸ばす。
この手に触れるふさふさ感は、彼の耳の感触ときっと同じだろう。紛れもなくあれは、ピキの耳だ。
「それに貴様、ピキではないか。私の元にある貴様の資料には、『種族:アメノヒグラシ』とあるのだがね?」
「あ、これ? そうなんですよ、丁度今ピキちゃんになっちゃってるんですよー」
「馬鹿な。スタジオ3周年記念ネオベルミンはとっくに終わっているではないか。今頃貴様は、オサナヒグラシになっているはずだろう!」
「何で知ってんの!? って言うかリアルの話はマズイでしょ、いいじゃんピキだって別に~!」
何やら妙に慌てつつ、松尾さんはじたばたする。
だが、マルチェロはそれもきっちり無視した。そして、何事もなかったかのように深く椅子に背を沈める。
「まぁ、設定資料にピキ松尾が指定されていたことだし…… 仕方がないと言えば、仕方がないのだがな」
「だからリアルの話はもういいってば!」
「こほん。ともかくだ」
ひとつ咳払いをして、マルチェロはまた机に肘杖をついた。
そして、ジロッとまた松尾さんを睨み付けると、
「そのようなふざけた格好で、法王の前に出ようとは…… まったく、無礼だとは思わないのかね?」
「いや、ふざけてるとか言われても。ピキになったら、こうなっちゃっただけで」
「っ、貴様っ…… ピキを愚弄すると言うのか!?」
バンッ!
椅子を蹴り返さんばかりの勢いで、マルチェロは腰を上げた。その目の前では、松尾さんが乙女のように身を縮めたりする。
「ひ、ひひぃぃ、別にそんなつもりでは~」
「ピキは…… ピキはな、断じてそんなふざけた格好の者ばかりではない。貴様のような者がいるから…っ…… このピキ耳のせいで、私がどれだけ苦労をしてきたと……!!」
ギリッと唇を噛みしめ、マルチェロは声を絞り出した。
ここへ登り詰めるまでの様々な記憶――――
ピキ耳であるが故に女の子に間違えられたことも、あれさえなければカッコイイのにと言われたことも、昔のあだ名が『M字デコ』であったことも。まるで、走馬燈に頭を過ぎっていく。
「くっ、せめて…… せめて種族だけでも、イッカクフェレルを継げていれば……っ!!」
「い、いや、知りませんよそんな…… って言うか、M字デコはピキ関係ないでしょ」
「貴様、私は断じてMではない。どちらかと言うとSだ!」
「そういう問題じゃないからっ! って言うか、どっか同じ匂いがすると思ったらやっぱこの人もそうだよ河合君~」
色々な意味で、松尾さんはあわあわする。
そんな松尾さんをよそに、マルチェロはしばらくの間肩で息をしていた。
だが、ようやく落ち着いたのかふぅ… とため息をつくと、また優雅な仕草で椅子に腰を下ろす。
「……失礼。少々取り乱したな。まぁ、この際格好は問わぬことにしよう」
「は、はぁ」
「要は、貴様が優秀な詩人であるかどうかが問題なのだ。その為に、わざわざ貴様を呼んだのだからな」
「……つかれた~、もう帰りたいよ河合君~……」
「聞いているのかね?」
ジロリと、ひとつ睨みを効かせる。
たちまちピキ松尾は、しゅぅんと身を縮めた。どことなく、叱られた小動物のようなノリだ。
そんなやりとりを、辺りに居並ぶ騎士達はただ黙って見ていた。
存在していながら、存在していないかの如く。表情ひとつ変えず、彼らは人形のように立ち並んでいる。
だが、その大半が―――― 「何やってんだろな、この人達は」と、内心思っていた。
「それで、松尾とやら。貴殿を呼んだのは、他でもない」
肘杖に顎を預けつつ、マルチェロはやっと本題を切り出した。
「貴殿が得意とする、その『俳句』というもので…… ぜひ、私の弟を詠んでもらいたいのだよ」
「弟さんって言うと、ククたん?」
「うむ」
どこか頬を緩ませつつ、マルチェロは頷く。
「まぁ、貴殿も知っての通り…… 私の弟の愛らしさと言えば、まさに天使の如くだ。そのあどけない微笑みだけで、どんなに荒んだ人の心もたちどころに癒してしまうだろう。まさに、神が造り上げた芸術。目の中に入れても痛くないどころか、スキあらば食べてしまいたいくらいだ。わかるかね、あの愛らしさが? うん?」
「は、はぁ…… さりげなく問題発言だよ、この法王様……」
どこか熱っぽく語るマルチェロに、松尾さんはタラ~と汗を滴らせた。その手が、今にもビシッとツッコミを入れたそうに震えている。
「それでまぁ、その姿を少しでも残しておこうと、既に姿絵は何枚も描かせてはいるが…… 絵はいずれ色褪せる。貴殿には、決して褪せることのない『言葉』によって、ククを描いて欲しいのだよ」
「へ、私に?」
「うむ。無論、報酬ははずませてもらうとも。望むだけの褒美を与えようではないか。……やってくれるかね、日本で最も優れた詩人殿?」
最後を強調しつつ、マルチェロは更に身を乗り出す。
すると、たちまち松尾さんの顔がぱああ~っと輝いた。何やらキラキラ効果を背負いつつ、困っちゃったなーとでも言わんばかりにバシバシ手を振る。
「や、やだなぁ日本一なんてー。そ、そこまで言うんだったら、俳聖松尾、詠んじゃってもいいかなーなんて! あ、サインもしましょうか?」
「いや、サインは要らん」
「そ、そう。松尾バションボリ」
「ではそうと決まれば、ククを実際に呼ぶとしようか。……ただし」
ニヤリと、口の端を吊り上げる。
その人差し指を突き付けつつ、マルチェロは一際低い声で告げた。
「万が一でも、悪い出来の句を作ってみたまえ。……明日の夜明けを、楽しみにしてもらうことになるぞ」
「ど…… どどど、どういう意味ですかそれっ!?」
「さぁ? 知りたければ、わざと悪い句を作って見るがいい。……後悔することになるがね。フフ……」
「ひ、ひえぇ~…… プレッシャーには弱松尾なのに~……」
「誰か、ククを呼んで来たまえ」
ガタガタ震える松尾さんを余所に、マルチェロは騎士に命じた。
だが、騎士達はどこか困ったように顔を見合わせる。その内の一人が、すすっと執務机に近付いて来た。
「申し訳御座いません、マルチェロ様。クク様は、先程お昼寝に入られてしまいましたが……」
「む、そうか…… それでは、無理に起こすわけにはいかんな……」
上げかけた腰を下ろしつつ、マルチェロは呟く。
途端、松尾さんはキュピーンと顔を輝かせた。早速ビシッと手を掲げつつ、そそくさ後ずさりをはじめる。
「ク、ククたんがおねんねじゃしょうがないなぁ~。松尾残念☆ それじゃ、また今度と言うことで……」
「待ちたまえ」
パチンと、指を鳴らす。
すかさず騎士が二人駆け寄り、両側から松尾さんをがしっと掴まえた。あたかも捕獲された地球外生命体の如く。
「ちょっ、ちょっと離したって~っ! 怖いよこの人ーっ、絶対どんなの詠んでも気に入らないとか言うに決まってるよーっ!」
「何を言うか。私は、芸術に関しては公平だとも。……ちなみに、前に姿絵を描かせた画家には、50回ほどリテイクを出したがね」
「オニ―――――――っ!!」
悲痛な叫びさえどこ吹く風と言うように、マルチェロは優雅に茶など啜ったりする。
その顔には、どこかSな笑みが浮かんでいるような気がしなくもない。
「まぁ、席につきたまえ。茶でも飲んで、ゆっくりとくつろぐがいい」
「かか河合くーん…… 帰りたいぃぃ……」
「誰か、彼にも茶を。茶菓子は、そうだな…… サヴェッラ名菓、サヴェッラ饅頭がよかろう」
「って、ここどこよ! 日本の観光地!?」
ずるずる引きずられながらも、松尾さんはビシッと裏拳を虚空に叩き込んだ。
「うん? 何だ、サヴェッラ煎餅の方が良いかね?」
「いやいや、同じようなもんですから!」
「煎餅も気に入らんのか。ならば…… 土産用に、記念ペナントでも用意させよう」
「ペナントまで!? あっ、でもそれ松尾ちょっと欲しいかも」
などと、ぽっと頬を赤らめたりもする。
そんな様子を、周りの騎士達は変わらず人形のように見守っていた。その誰もが、内心「変なヤツら……」と思いながら。
と、その時。
――――ガチャ……
法王私室の扉が、とても控えめに開いた。
ぱたっと、微かに上がる足音。僅かに開いたドアの隙間から、小さな小さな影がひょこりと出てくる。
「むにゃ…… なぁに? 何か、変な声がするの……」
もぞもぞ目を擦りながら、小さな影は呟いた。
その頭でふわふわと揺れる、可愛らしいピキ耳。寝ぼけ眼にはほんのり涙が浮かんで、小さなおててがウォームのぬいぐるみをぎゅぅっと抱え込んでいる。
「っ…!」
その姿に、マルチェロはガタッと椅子を立った。
たちまちデレ~っと崩れていくその顔。まるで別人のように頬を緩ませつつ、マルチェロはにこにこしながら手を差し伸べた。
「おお、ククか……! 起こしてしまったかね? すまなかったな」
「……むにゃ?」
「大丈夫だ、何も心配は要らないのだよ。そら、こっちへおいで、クク。そら」
まるで仔犬でも呼び寄せるように、マルチェロは軽く手を叩く。
それに誘われるように、ククたんもふらふら~…… とマルチェロの方へ歩き出そうとした―――― その刹那、
「……あれ?」
ピタッと、ククたんは足を止めた。
寝ぼけた目が、ふっと一点を映す。部屋の微妙に端っこの辺りを。
そこには、騎士二人に両脇を抱えられたまま―――― 松尾さんが立っている。
「……わぁ~……☆」
たちまち、ククたんの顔が輝いた。
途端、ウォームのぬいぐるみをひょいっと兄へ放って、ククたんはぱたぱたと松尾さんに駆け寄っていく。
「わぁい、松尾のおじちゃんだ! おじちゃーん、あそぼーっ♪」
「ク、ククたんっ。あのね、おじちゃん助けて欲しいんだけどー……」
「松尾のおじちゃんがピキちゃんだ~! お耳ふかふかだ~、わーいわーい♪」
と、ククたんは松尾さんにぴょんっと飛びついた。
そして、そのふわふわの耳を思いっきりぎゅーっと引っ張る。もちろん、遠慮など一切なく。
「ヒィィ! ク、ククたんっ、耳引っ張っちゃダメ! 痛いからちょっと、ククたん!?」
「ピキマッスオ、マッスオ~♪ きゃぁきゃぁ☆」
「ちょっと、引っ張っちゃダメって…… ちょっ、あんたお兄さんでしょ!? 弟さんにどういう教育してんのっ!?」
必死に抵抗しつつ、松尾さんは必死に抗議の声を上げた。
だが、その途端―――――
「ひぃぃっ…!?」
ククたんをくっつけたまま、松尾さんはズササッと後ずさった。
その視線の先に漂う、ドス黒いオーラ。何やら『ゴゴゴゴゴ』と擬音を背負いつつ、網掛けグラデを天に立ち上らせている男が一人。
マルチェロは、そこに立ち尽くしていた。
その顔には劇画の如き影を落として。その手には、ククたんが放ったぬいぐるみを抱いて。
「……この私を差し置いて…… ククに、それほど懐かれるなどと……」
震える唇が、地響きのようなバリトンを紡ぎ出す。
パチン! と、鳴らされる指。
それを合図にするかのように、二人の騎士がまたガシッと松尾さんを捕らえた。今度は、野生動物を捕獲するようなノリだ。
「ちょっ、だからさっきから何なのこの人たち! 松尾なんか悪いことした!?」
「弟をたぶらかした罪…… その身を持って、思い知るがいい」
ゆらりと、法衣の裾が揺れる。
その顔をドス黒い微笑みに歪めて、マルチェロはニヤリと目を細めた。
「……明日の夜明けを、楽しみにしているのだな」
「って、元ネタ引っ張ってこられてもわかんないから松尾! 日和キャラだから!」
すると、ククたんもぴょこんと松尾さんから離れた。そして、ただニコニコと手を振る。
「松尾のおじちゃん、楽しかったの。また遊んでねー」
「ちょっ、何イキナリあっさり引き下がってんのこの子!?」
「ヤツの拷問はキツイぜ☆ なんだよ♪」
「元ネタの使い方間違ってるでしょ! 助けてくれてからでしょそれ! ちょっ、ククたぁぁぁぁぁん!?」
「はいばーい♪」
天使の如く微笑みつつ、ククたんはただ手を振る。
法王の館に響き渡る、ヒヒィンと何故か馬がいななくような絶叫。
騎士達の「気の毒に……」という眼差しに見送られつつ、松尾さんのピキ姿は扉の向こうへと消えて行くのだった。
* * *
「ねぇねぇ、兄貴。オレ今ね、松尾のおじちゃんと遊んだ夢みたの♪」
「そうか、よかったなクク。おやつにサヴェッラ饅頭があるが、食べるかね?」
「おまんじゅ? わぁい、食べる食べる~!」
―――――ククたんは、今日も幸せです。
お兄様が思いの他はっちゃけて下さいました。
ストライクゾーン開始が早すぎるよ!とか、褌って貴方!とか色々ツッコミどころ満載です。
もう本当にククたん大好きっぷりが面白いよ兄さん、という事で色々描かせて頂きました。
もう着たらいいと思うよ!
という訳で着せてみた。
ククたんは可愛いよね!
改めてミズリさん、お兄さん好き勝手しちゃって御免なさい。
凄い楽しかったです。
素敵なネタを有難う御座います!!
ようこそ!ドッペルさん。

尻犬島にログインしてみると、見慣れぬビビッドなパキケさんが。
HP見てらっしゃるのかなぁ、と思っていましたが、何故か10分以上そのまま居てもお帰りにならない。
若しや、と思って/drive 掛けてみると、島に見事にいらっしゃいました。
いやっほぅ!これでメンテ迄島に新しいメンバーが加わった事に!
おいでませ!と草葉の陰から尻犬とドキドキしておこうと思います。
