老婆は、罠に懸かった猪を解体していました。
三十貫程度の猪でした。
久しぶりの獲物だわい。
腹を捌いて肝臓を食べました。
顔中を血まみれになりながらも、ムシャムシャと食べていました。
最近は、綺麗な娘が来ないな。
美女の活き肝を食らって寿命を伸ばしたいもんじゃのう。
去年の女は不味かったから今年は上玉を狙いたいもんじゃ。
さて、包丁を研いでおくかな。
この老婆の正体は、鬼婆でした。
その頃、柳生十兵衛達は目的地に着きました。
旅籠に着いて、光國は驚きました。
何故、この旅籠には紀州家の紋と我が水戸家の紋が左右に別れてあるのだ?
光國様、ここは養珠院様が湯治をなさった場所で、ここで体調を整えた後に、頼宣様、頼房様を産まれました。
その礼として紋を与えたのです。
柳生十兵衛が説明しました。
旅籠で食事をしていると、女中が温泉の案内に来ました。
今夜は暗くて入れませんがこの旅籠の奥には、美肌になると評判の女風呂がございます。
明日でもお入り下さい。
男は入れないのか?
不服そうに光國が聞きました。
すいませんが、養珠院様から、ここは女だけしか入れてはならぬと厳命されていますから。
そうか、それなら仕方ないな。
その晩は旅籠の温泉に入りました。
祖母様が入った湯に入るとは奇遇ですな十兵衛殿。
光國様、あの女中の目配りは曲者の目配りですな。
実は、総姫様の影武者を連れて参りました。
籠に載せて来た女ですな。光國は合点が行ったようです。
喜平、出て参れ。
その方、今から総姫様の影武者を見張れ。
多分、あの女中が何かしらするから、動いたら私に知らせろ。
翌日、昼過ぎに影武者が露天風呂に向かいました。
喜平は隠れて見張っていました。
すると昨夜の女中が現れました。
お客様、背中を流しますよ。
そう言って近くにくると、みぞおちを殴って気絶させて、女を担いで山奥へ向かいました。
喜平は後を着けて行きました。
小屋に入ったのを見届けると旅籠に急いで戻りました。
十兵衛様、女中が女を浚いました。
喜平、案内致せ。
十兵衛と光國は馬で喜平の後を着いて行きました。
その頃、鬼婆は影武者を台に縛って包丁を研いでいました。
久しぶりの上物だわい。
さぞや美味しいだろうな。ヒッヒッヒよだれが出るわ。
さて、始めるかな。
そうはいくか。
柳生十兵衛と光國が中に入りました。
貴様ら何者だ?
邪魔者は殺す。
鬼婆は包丁を振りかざして十兵衛に襲いかかりました。
光國が切りつけましたが、交わされました。
しかし、十兵衛の袈裟斬りは避けきれずに斬られました。
十兵衛は帰り血を大量に浴びました。
畜生、これで勝ったと思うなよ。
私の呪いを喰らえ。
鬼婆は、血の塊を吐き出しました。
光國を庇って十兵衛が塊を胸で受けました。
お前も道ずれだ。
十兵衛殿、大丈夫ですか?光國様こそ大丈夫ですか?私は胸当てをしていましたから大丈夫です。
帰りましょう。
光國と十兵衛は総姫の待つ旅籠に帰りました。
影武者と喜平は鬼婆の死体を再生しないように切り刻んでから、小屋ごと燃やしました。
江戸に戻って報告をしてから、柳生十兵衛は病の床に着きました。
血の塊が胸当てを貫通していたのです。
ある夜、十兵衛の枕元に鬼婆が現れました。
私の呪いは消えないぞ。
柳生に祟ってやるぞ。
それから7日後に十兵衛は死去しました。
柳生家には不幸が続きました。但馬守の三男は不祥事で切腹。
後を継いだ宗冬は夭切しました。
将軍家師範でありながら、8代将軍まで、剣技を学ぶ将軍が現れませんでした。鬼婆の祟りは、こんなに長く柳生家を苦しめました。柳生十兵衛の死因は昔から謎とされているのは事実です。