昔、ある山奥に1人の老女が住んでいました。
僅かばかりの畑を耕して生活していました。
近くには温泉があってたまに湯治に訪れる人達もいました。
人里離れた場所ですから、めったに役人も訪れては来ません。
しかし、年に一度くらい湯治客が帰って来ないと言う話を聞いた事がありました。
そこは幕府直轄地ですから代官がいます。
しかし、代官は気にもしていない様子でした。
帰って来ないのは全て女性で、しかも嫁入り前の美女と言うのが気になる。
たまたま調書を見た松平信綱が呟きました。
同じ老中の阿部忠秋に話を持ちかけました。
確かに不思議ですね。
しかし、我等が動くと事は面倒です。
十兵衛に頼みますか?
翌日柳生十兵衛が幕府に召し出されました。
2人の老中に説明を受けた十兵衛は考え込みました。不審な点はありますが、囮の美女はどうしますか?
命懸けですよ。
2人の老中も考えました。美女で豪胆な人物。
松平信綱は、1人の女性を思い付きました。
水戸頼房の娘で、光國の妹の総姫でした。
暴れん坊の光國をして、じゃじゃ馬と言わせた娘です。
2人の老中と柳生十兵衛は、水戸家の上屋敷に向かいました。
伊豆守と豊後守と柳生殿が来たのか?
御三家きっての麒麟児ですから、只事ではないと判断しました。
松平信綱が話をしました。柳生十兵衛が護りますから総姫を貸して下さい。
上様は御存知か?
頼房は聞きました。
上様に申し上げれば、上様自らお出ましになると仰せになりますから、まだ申し上げてはおりません。
父上、私も参ります故に総を出座させましょう。
柳生殿、私も柳生流免許皆伝の腕前です。
お邪魔にはなりますまい。水戸光國は、但馬守に仕込まれた剣術で、十兵衛も数回対戦したが、油断出来ない相手と知っていました。結局、柳生十兵衛と水戸光國と総姫の3人は騎乗して問題の山奥に向かいました。

後編につづく