これは、音楽大学に通う私の体験談であり日記です。
ここで言う「宗教」というのはキリスト教ですが、キリスト教でない方でも気軽に読んでいただけると嬉しいです。
初めてのブログで軽く自己紹介をさせていただきたいので、音楽と宗教の二つに分けて書きます。
↓
〈音楽〉
私は現在、ピアノを専門にクラシックを勉強しています。
小さい時からピアノに触れ、「ピアニストになりたい!」と言いながら高校、大学ともに音楽系で今日まで猛烈に練習してきましたが、自意識とうまく向き合えないからか、本番ではいわゆる「あがり症」に悩み、自分は人前で演奏するタイプではない、と悟りました。
今ではピアノの演奏家を目指すのではなく、音楽から離れずに生きていく道を模索中です。
〈宗教〉
私は物心がついた時から親に連れられて教会にいました。
小学生から本格的に通い始め、聖書を読んで祈り、歌っては同じ世代の子たちと遊び、それなりには楽しいものでした。
大学に通う今も何人か友達がいて、大学生活が忙しくてあまり教会に行けていない私のために声をかけてくれます。
このブログの本題は、家族関係です。
父の実家は亭主関白で親に頭が上がらず(だったと聞いてます)、母の家庭環境は荒れていて自分の扱いも散々(だったとよく愚痴を言います)、そのような家庭に私は生まれたので、自分でも性格が穏やかであるとは言えません。良くも悪くも人に関心がなく、親には「冷たい」、「薄情だ」とよく言われます。しかし、そう言われるとますますうんざりします。私からすると、関心を断ち切らないとむしろ辛いです。理不尽に暴言を吐かれることもあるので、その時は無になってひたすらピアノを弾きます。
耐えきれずにちょっと論理的に言い返すと、もう感情MAX。「親に向かってそんなこと言っていいと思っているのか!」と言い、傷ついたムーブを醸し出し、他の家族や物に当たり散らします。当たられた家族はたまったもんじゃないので、私のせいだから謝りに行けと言います。明らかに母が言い過ぎな面があっても、このような事態になるのは理由があり、それは母は決して謝らないからです。何にそんなにコンプレックスを持っているのかわかりませんが、どうやら謝ると死んでしまうようなのです…というのは冗談ですが、プライドが高いのは確かです。
家庭環境というのは色々なタイプがありますよね。親が絶対のところもあれば、なんでも言えるオープンなところや、ちゃんと話し合える家庭もあるでしょう。母にとっては自分が悪いかなんて関係なく、ただ「傷つけられた、親なのに」というだけならまだしも、「仕事を辞めたら生活できなくなるけどいいのか」「親に全然感謝してないだろ」「あんたなんて産むんじゃなかった、消えていいよ」などまだまだありますが、そういうことを言われると別の家庭ならもっと幸せだっただろうなぁ、とは思わずにはいられません。
母は苦しいと思いますが、私も苦しいので「そもそも生まれたかったわけではないんだけどなぁ」といつからか思うようになっていました。私は本当は音楽と生きていくことを望みますが、音楽で生きていくことを目指すのには「食べていけないのではないか」という大きな不安があるゆえに将来が憂鬱なのです。このブログをお読みになっているあなたは、月にいくらクラシックに費やしていますでしょうか。当たり前ですが0円であることを責めたりはしません。そんな余裕あったら少しでも多くご飯を多く食べたほうがいい世の中です。
音大に通っているからにはお嬢様であるというイメージを持つ方もいるかもしれませんが、私はというと、通っている大学と某支援機構から最大まで奨学金を借り、なんとか大学に通い続けている状態です。もちろんそれすら叶わずに音大をやめた方も知っていますが、自分が何百万円と借金を抱えていて、なんとしてでも仕事を見つけてお金を返しつつ、やりたいことを実現しなければならないと思うとプレッシャーなんてものではないのです。普段の生活をお話しすると、大学までは2時間かかるので朝5時に起きて練習し、授業を受けたら課題をやるか図書館で芸術に関する資料を読み耽り、放課後に練習、夜に実家に到着です。
必死に時間を作り、勉強してピアノを弾いても、今日はそれを「エゴだ」とまで言われてしまいました。母が言うには「あんたは自分のことしか考えていない、親に感謝してない」と。なので私はどうして欲しいのか冷静に聞きますが、それがますます気に食わないようです。私は帰宅してからは、誰も洗わない皿を洗い、当番制の家事は滞りなくやっています。私は、将来に期待してピアノを与えてくれたことに感謝いるからこそ一生懸命練習しているのです。それがダメなのであれば、私は何をしていれば良いのでしょうか。大学を辞めて親に仕えていれば良いのでしょうか。
しかし、私も一応キリスト教なので神に仕えても人には仕えません。要は「親を敬え(キリスト教の教え)」だと思いますが、母も育った環境のせいかそれを実行しているようには見えません。祖母は孫である私を可愛がるので、母からしたら腑に落ちないようです。この頃はさらに顕著に嫉妬するようになりました。さらにはこんな目に遭うなら祖母にご馳走になりたくない、お小遣いなんかいらないと思ったのでそう言うと、満足したように「わかった。おばあちゃんに伝えておく」と言います。
実の母親ですが、なんだか意地悪な姑のように思えてきました。
母が言うように、たしかに私は冷たいです。ただ、何にだって理由はあるものです。
ピアノを弾く人がいる家庭にはだいたいお家にピアノがあると思いますが、練習する音が母にとっては苦痛らしく、私がピアノを弾いている間は音楽も聴けなければ牧師の説教も聞くことができないと嘆きます。私としては迷惑をかけている自覚は重々ありますが、ピアノ専攻として音大に通う以上は弾かないと話になりません。一日中弾いているわけではありませんが、嫌なようで「あんたのピアノなんか聞きたくない」と弾いている最中に止められることもあります。要はメンタルケアが欲しいんだと思います。しかし、親のメンタルケアを強いられる子供って…アダルトチルドレンではないですか。母は、教会のピアニストになってほしいとは言うのにピアノは弾いて欲しくないという大きな矛盾があるのでケアのしようがありません。そもそも私のピアノを全否定した時点でいくら家族であろうと、私の中では味方であるという認識に傷がつき崩れます。私のメンタルが崩壊しては意味がありません。ゆえに放置です。ピアノを弾くしかありません。するとどうでしょう、母の感情はMAXです。こうなると手がつけられません。
母は信仰熱心なので一日中、キリスト教の賛美や牧師のメッセージをスマホから大音量で流します。食事中でも私が寝た後でもお構いなしです。タチが悪いのが、母は自分の吐いた暴言を忘れてしまうようです。私は母に「自分は私に(こんなことを)言ったのに、私が事実で反論するとキレるんだから」と言うと「そんなこと言ってない」とか「私は全然怒ってない」とか言うのです。その場に居合わせた他の家族が聞いているので言ってないなんてことはありませんが…。それでも言われた、というと「私はあんたが困っている時に助けてあげたのに!もう助けない!」、「もう死ぬからお葬式はしなくていいからね」などと言い脅してきます。(現代の日本には受け入れられない話ですが、マジレスをするとキリスト教は自殺禁止です。)
感情的に暴言を吐き、まともな話し合いができない熱心な信者…。
私はただピアノが弾きたいだけなのになぜこんなに関係ないところで苦しめられているのでしょうか。
今も恨めしいとばかりに長文のLINEが母から届いています。
実家を出たいと思うものの、「そんなお金はないから大学近くになんて下宿できない」と言われていますし、挙げ句の果てに「何にもできないくせに、、一人暮らしできるものならやってみろ」と嘲笑う始末です。私は大学生活に支障が出ない範囲でアルバイトをいていますが、到底、実家から脱出できるほどの金額はありません。貧しさに固められているというわけです。
現在の日本みたいですね((
解決する術は一応まだありますが、穏便にいきたいですね。今日はこれで締めさせていただきます。ではでは。