泡坂妻夫 『泡坂妻夫の怖い話』 | Pの食卓

泡坂妻夫 『泡坂妻夫の怖い話』

    ただし、あまり見事な名推理を読まされると、かえって信憑性が薄くなるような気もする。

                                     ( 『泡坂妻夫の怖い話』 "永日" 地の文 )


探偵小説を読んでいると、理屈を越えた推理や、ともすると飛躍とも思える推理に出くわすときがある。

そういった推理に出会ったとき、何だか童心に返ったようなワクワクした気持ちになる。


例えばホームズやデュパンなど黎明期の探偵は、人を一目見ただけで、職業や性質、

その他様々な情報を読み取ってしまう。

推理小説ファンの中には、そういった超人技の不可能性を指摘する人もいるかもしれませんが、

最近、そういった超人技に楽しみを覚えています。


一目でワトスンが軍医であると見抜けるからこそホームズであり、

ボケーっとしている主人公が何を考えているか見抜いてこそデュパンなのですよね。

数ある選択肢の中から、必ず正しいものを選び、そこから論を進めていく、

アリストテレスの弁証法で言う、信ずるべき "善き" 前提を見抜く力こそ探偵能力なのかもしれません。


泡坂さんの描く探偵や推理小説には、その "善き" 前提を受け入れやすいような気がします。

《亜愛一郎シリーズ》は文体からは感じさせないけれど、とんでも無く複雑なトリックや、

奇抜極まりないトリックがまるでおもちゃ箱のように詰まっている。

それだけ雑多にも関わらず、読み終えてみてスッキリと気持ちよくいられるのは、

一重に泡坂さんが "善き" 前提を文中に散りばめているからなのでしょう。


今回紹介します 泡坂妻夫さんの『泡坂妻夫の怖い話』 にもそのような傾向がありました。


泡坂 妻夫
泡坂妻夫の怖い話

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夫の態度が急に変わったのは浮気、それとも?美人女優とキスした夢から喜んで目覚めると…!終電間際の駅で連続して死傷事件が起きた理由は?添加物に汚染されていない究極の自然食品を探したら…。ドキドキするような艶っぽい話から、ゾッとするような日常の恐怖まで、それぞれ鮮やかな手品のようにトリックを効かせたショート・ショート集。一日一話で一ヵ月を愉しむ全31篇。

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一日一話でがまんできる人がいるのだろうか、と思ってしまいます。

一日で、否、1時間半くらいで読み終えてしまうくらいおもしろいです。
豪華も豪華、短編でも通用しそうな面白さのあるショートショートが詰まりに詰まった一冊。


解説文にもあるとおり、男女の色恋ものから、怪談めいたものまで、

とにかく泡坂妻夫さんが怖いと思うものを集めたもののようです。


泡坂さんが怖いと思うものが、おもしろくないわけがない!と、

某本屋さんの検索機で見つけた瞬間、購入予約いれてしまいました。

そして、それが届いたという知らせを仕事中に受け、銀行への出張と称し、

仕事中に手に入れてきてしまいました・・・


そして、仕事後に企画されていた食事会をキャンセルし、

足早に家に帰り、これでもか!ってくらい読みふけりました。

女性・友人・仕事仲間 < 泡坂さんの小説

という図式が見事なまでに証明された瞬間でもあります。


というわけで読後感想文、31編全部は無理なので、とくにおもしろかったものだけを紹介します。



《読後感想文》


  解坂中腹

    事故の相次ぐ解坂には怨霊が取り付いているという噂が立った。

    主人公はその噂を検証するために、あらゆる調査を行い、ついに正体を見破る!

    そんな流れは期待通りなのですが、一筋縄ではいかないラストに驚愕

    そこに泡坂さんの良さがあります!


  ミュージシャン

    静蒼園に 「水谷さま」 という元華族の老女がやってきた。

    「水谷さま」 は世にも不思議なオルゴールを持っているのだが・・・

    水谷さまが髪に手をやるしぐさなど、泡坂さんの描く独特の色気を感じます

    艶やかとは言えないかもしれませんが、経年の衰えを見せない美しさがあります。


  階段

    ある駅で、最後に降りた乗客が階段から転落するという事故が多発した。

    新聞などの分析から、主人公は自ら最後の乗客となり、事故の検証をするのだが・・・

    今回最もゾッとした話でした

    これは恐ろしい、ゾッとするどころじゃなく、悪意に戦きました。

    今まで読んだ推理小説の中で、最も完全犯罪に近い事件だと思います。


  影人形

    スタント用の人形の視点から書かれた珍しい小説。

    読んでいるとなんとも言えない独特で艶やかな情景を目の前に浮かべてしまう

    泡坂さんの表現力とアイディアには毎回驚かされます。

    思わず生唾を飲み込んでしまった話。


  烏が

    三日連続で一万円札を拾う男性。団地に増えたカラス。

    何も共通点の無い二つが互いに複雑に絡まりながら一つの話へと成る。

    何と言うか、どす黒い悪意を見せ付けられたような話です。


  悪夢

    悪夢を見るとびっしょり汗をかき、前後不覚の状態に陥ってしまうことがある。

    この話では、その悪夢の後味の悪さが最大の魅力です。

    眩暈の起きるような悪夢、恐慌状態に陥る表現とか好きです。

  

  分身

    綾辻さんの 『眼球綺譚』 に収められていそうな、不思議な話。

    これを怖いと思うか否かは人によりけりだと思いますが、

    とにかくおもしろくて、読む手が止まりませんでした。


  牡丹記

    舞台は中国、若い男女が一目を忍び、逢瀬を愉しんでいたとき・・・

    とにかく、泡坂さんの描く女性と花との相性の良さは尋常ではありません


官能的とも言える、泡坂さんの筆は今回ちょっと刺激が強すぎたかもしれません。

読んでる最中、思わずドキッとしてしまう箇所がそこにもここにも。

一週間くらいかけて読もうと思っていたところだったので、

あまりにも早く読み終えてしまい、もったいない感じがしました。


なかなか長編の方は進みませんが、短編の推理小説をどんどん読んで行きたいかと思います。

どなたか泡坂さんの短編で、進めてくださる本があれば、ぜひ教えてください。

泡坂さん以外でも短編のおもしろいもの、どなたか教えてくださると幸いです。