今、初めてのブログを書いている。
理系か文系かといわれると文系ではあったが、日記すらろくに付けてこなかった僕がブログを始めようと思ったきっかけは、若年性アルツハイマー病である事。そして私が送っているこの不安定で非日常的な生活を記録に残したいと思ったからだ。
まず自己紹介も兼ね、私の生い立ちをご紹介したいと思う。
3300g ごく平均の出生体重だ。
理系か文系かといわれると文系ではあったが、日記すらろくに付けてこなかった僕がブログを始めようと思ったきっかけは、若年性アルツハイマー病である事。そして私が送っているこの不安定で非日常的な生活を記録に残したいと思ったからだ。
まず自己紹介も兼ね、私の生い立ちをご紹介したいと思う。
1992年8月横浜市 本格的な日差しが降り注ぐ夏の日、僕はこの世に生を授かった。
僕は産まれてすぐに両親が多忙だった事もあり、開業医を営む祖父母に引き取られた。
祖父母は僕の事を溺愛し、何不自由なく育ててくれた。
僕は日本人の母親とモロッコ人の父親を両親に持つハーフだ。
小学校に入るとその事が災いし、物静かだった僕は壮絶なイジメにあった。
自宅が裕福という事も重なり、恐喝もされた。
そんな僕は中学校に入ると「舐められたく無い。」という一心で眉毛を剃り、頭髪には剃り込みを入れ、服装も周りの不良に合わせる様になった。
そして僕は不良の仲間入りを果たした。
中学校二年生の頃、祖父が亡くなった。
肝臓ガンであり発見した時には手遅れだった。
祖父が亡くなると素行不良で手の付けられない状態であった僕を家に残し祖母は家から出て行った。
僕は孤独になった。
毎日リビングのテーブルの上に1万円の生活費が置かれていたが、僕は実質14歳で一人暮らしになった。
悲しかった。
僕は毎晩不良仲間を自宅に招き、パーティを開く様になった。
学校にも通わず、堕落した生活を一年送ったが、僕は傷害事件を起こし、少年院に収容される事になった。
11ヶ月もの間、社会生活から隔離された。
中学校の卒業式も少年院で行われた。
暫くして出所するがその後も孤独な生活に変わりは無かった。
毎日酒を飲んで気分を紛らわせた。
仲間達は皆、孤独を抱えていた。
昼夜逆転の生活を暫くすごしたが、20歳になると、真剣に将来の事を考える様になった。
やりたい仕事や、夢は曖昧で、ビッグになりたいという思いだけだった。
様々な地域を転々とし多くの仕事を経験したが、何をやっても長続きせず、次第に借金が膨らんだ。
母親がしていた輸入雑貨の仕事を始め普通に生活が出来る様にはなったが、仕事が楽しいと感じる事も無く、ただ一日一日を浪費し、年月だけが過ぎて行った。
これが20歳までの出来事である。
2/9 今日はとくに何も起こっていない。
自宅で映画を見て食事をした。
明日も更新したいとおもう。