ご…ご無沙汰しております…?
誰も待っちゃあいないって?![]()
思えばブログをまめに書いていた時はいわゆる専業主婦だったので、だいぶ時間がありました。
前にブログを更新した時から環境が随分と変わりましたね。
私は離婚し、ガツガツと仕事をして、子どもたちが二人とも社会人になり、落ち着くかと思いきや、相変わらずガツガツ仕事をしております![]()
離婚してもらえるまで二年半を要し、そのことも書けば長くなるのですが…さておき、それはまた機会があれば…![]()
今日久しぶりに書き残したいと思ったのは、父の人生に終わりが見えてきたからです。
2024年6月2日現在。
父は92歳。
直腸ガンが発覚した88歳から4年。
当時はコロナ真っ最中。入院させたら面会ができない状態でした。
幸い痛みがないので、本人の希望で手術はやめて、在宅医療で過ごすことに。
父は仕事では本当に立派で、業界では結構有名なパイロットでした。…が、
家にいるとわりとポンコツで、母が居ないとダメな人。自分のことばかりだし、話す内容は相撲とゴルフと野球のことばかり![]()
それでも孫を連れていけば、とても優しい居眠りしているジイ様でした![]()
この数年のうち、病の進行なのか食欲が激減したりして、何度か「もうダメかも」となる時があって、さすがの姉が「お兄ちゃんに連絡をとろう」と。
それが実は2年前くらいなんだけど…
かなり前の投稿で、兄と姉のお母さまが事故で亡くなって、今の母と父が再婚して生まれきたのが私なので、異母兄弟なんだ〜って書いたんですが、
※2013年2月12日の「家族ってね…」を参照
その時は兄とほぼ音信不通。
たまに連絡を無理矢理すると、結果とても不快な感じで会話にならず「もういいや」ってなる感じでした…
こちらも生活があるので、会話が成り立たない人とはどうしても疎遠になります。
でもやっぱり「家族」なのです。
切っても切っても、やっぱり切りきれない。
久しぶりに姉と兄と三人のグループLINEを作ってみて、父がこんな状況だから会いませんか?と話しだすと「自分がいかに不遇な人生だったか」の話がはじまる。
確かに小学生の時に学校から帰ったらお母さんが事故でなくなりました…と聞かされたら…と思うと私は何も言えない。
でもそんな押し問答を繰り返して…
じゃあもう会わなくていいんですね?と姉が念をおすと
「たまたま明日から有給休暇を取ってる。気が向いたら実家に電話をするかも…」と。
その日はモヤモヤしながら、あれ…絶対に電話しないやつだよね?と姉と話して終わり。
次の日、ふと仕事帰りに錦糸町駅で乗り換えるため地下鉄から外に出た時に思った。
万が一、兄が実家に電話をすると…
あまりに久しぶりに電話を掛けてこられた母が真っ先に激怒し、父に代わる前にいつものおかしな状況になる…やっと「電話するかも」まで説得したのに、それはマズイ!
慌てて錦糸町駅前の雑踏の中、母に電話。
「今日ってご機嫌いかがです?」なんて訳の分からない感じで話して「お兄ちゃんから電話がかかっても門前払いをせずに、怒らずに、怒鳴らずにグッと堪えて会話をしてほしい」と頼みこみました。
結果、錦糸町駅前で泣きながら母にお願いすること10分くらいかな…
母とはスマホ同士で話してたところ実家の電話が鳴っている!
母「あ、お兄ちゃんからだ…」
私「お願い!怒鳴らないで!話を聞いて!」
母「分かったわよ💢」
……。
あぁ…あれ絶対怒鳴るパターンだよ…![]()
脳内「チーン…」ってなりながらトボトボとJRに乗り換えて最寄駅へ向かいました。
最寄り駅に着いてすぐ母から着信。
母「お兄ちゃん、明後日くるって」
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マジで??
母「あなたがあんなに泣いて頼むから…怒れなかったわよ…笑」
間に合った!
何となく錦糸町駅で電話して、なんとか間に合ったんだ!
私グッジョブ
そして兄から「お前がママに事前に電話してくれなかったら、また怒鳴られて終わってたと思うんだよね…ありがとうね」と感謝され12年ぶりくらいに再会したのです![]()
そんなこんなで…
家族がまた繋がった瞬間でした![]()
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まぁ…その後、結局、それぞれの想いがぶつかってゴチャゴチャとケンカしたりムカついたりするんですが、なんとか「家族」が保っています![]()
そんな中、さすがに80歳の母の体力も限界で、介護ができないと判断し、終末病院へ父を入院させることに。
父はボケていません。
「なんで病院に入るの?」「いつ帰れるの?」と聞く父を誤魔化しつつ「ママを少し休ませるためよ」と言い病院へ置いてきたのが約一カ月前。
意外と我慢強い父は、私が会いに行けば
「お!来てくれたんだ」なんていい顔をしてくれますが、それも5分と続かなくなっていきます。
母も夜眠れるようにはなりますが、病院へ入れてしまった罪悪感から病んでいきます。
朝晩の電話で日々荒んでいき、罵声を浴びせられることもしばしば。
結果、一カ月の入院で父が
「死んでもいいから家に帰りたい」と母に懇願。
母も病み気味だったので、姉と一回は退院を反対しましたが、家に戻しました。
今はオムツ交換のヘルパーさんの出入りにとてもイライラしていますが、もう母の体力では介助が難しいので、なだめて「ヘルパーさんに感謝なんだよ」と言い聞かせています。
…なんかの拍子に怒鳴られるけどね![]()
先週、母の代わりに4時間、実家でお留守番をしていましたが…
父はほぼ寝ていて。
時々寝息を確認しないと心配なくらい寝ています。
話しかけても聴こえているのか、返事する体力がないのか、返事がありません。
目の力は弱まり、とても切ない気持ちになります。こうやって人は終わっていくのかな…と。
いつかは自分もくる「人生の最期」
父は母と家に居たいという選択をして、母がそれに応えた。
私の最期は誰かと一緒にいるのかな…?
ふとそんなことを考えます。
子どもたちは、とりあえず生きていく術を身につけはじめたから…もうママの役目はだいぶ果たしたと思っています。
私なりに子どもたちになるべく火の粉がかからないようにと頑張ってきました。
でも、
自分の人生は、自分で守って、自分できり拓け!
そういう思いで育ててきたので、もうママはいいかな![]()
おそろしく長くなってしまったけど…
兄と…家族が再び繋がったこと。
人生の最期は切ないけど後悔したくないこと。
自分の残りの人生は…どうする?
…という事を書き残したくて![]()
今日も元気に生きよう![]()
