日本中央競馬会(JRA)は3日、美浦の蛯名信広調教師が死去したことを発表した。享年56歳。
どうやら管理馬の調教中に胸を蹴られたらしい・・・
蛯名調教師は1974年に騎手としてデビュー。デビュー2年目の75年にはホワイトフォンテン(7番人気)で毎日王冠を勝ち、重賞初制覇。
その後も76年にアイノハヤテでアラブ大賞典(秋)、77年にブルーハンサムで目黒記念(秋)、78年にタイホウヒーローで札幌記念、84年にニッポースワローでニュージーランドT4歳S、ホクトキンパイで七夕賞を勝った。騎手として重賞は計6勝で、JRA通算成績は3486戦284勝。
93年に調教師免許を取得し、翌94年に厩舎を開業。JRA重賞は0勝に終わったが、タイキヘラクレスで盛岡のダービーグランプリ(GI)を勝つなど、94年から00年まで7年連続で10勝以上をマークした。
調教師としてのJRA通算成績は2573戦153勝。
なお、蛯名調教師の管理馬全頭(18頭)は、4月4日付けで臨時貸付けに伴い鹿戸雄一厩舎へ転厩する。