先日、電車に乗ろうと駅のエレベーターに乗ったとき
(すんません、ムスメを抱っこで階段やエスカレーターが怖いので)
一緒になった若い娘っ子ちゃん3人アッチョ

みんなカラフルなスーツケースをカラカラスーツケース
そっかー、卒業旅行のシーズンかぁgood
昨年、今年と殆ど近所の徒歩圏がワタシの行動範囲なので
卒業式の袴姿袴や、それこそ卒業旅行っぽい若者スーツケースの姿を
目にすることなかったので
気づかなかったなしょぼん

ふと、ン十年前の自分の卒業旅行を思い出しましたよ。
ワタシが普段一緒にツルんでいたのは、5人グループでしたが
いざ旅行の話になると、行き先で意見が分かれ(苦笑)
3人→このチャンスしかないからヨーロッパ欧州旗
2人→ま、海外行きたいし韓国ソウルへ韓国
1人→やっぱー、カレシとハワイっしょアメリカ(もちろん他の4人は親へのアリバイ工作に強制協力しょぼん

当初、5人で一緒に行く筈が…
みんな社会人になると
こんな年度末の時期にお気楽に旅行なんぞ
行っていられないという危機感からか
譲らなかったなぁ~おっちょ 汗
こういうところが女子っぽいっああああ
結局、ワタシはどっちつかずでソウルへ。

今の韓流ブームで大人気のソウルではなく
安・近・短の手軽さの方が注目されていた頃でしたし
空港も金浦空港しかなかったです飛行機
物価が安く、お食事が美味しかった、綺麗な青磁の食器を買うことができ
OLになるべく(変な気合?)武装のための少々のブランド品も揃えられ、
5人中一番仲のよい2人での旅だったので(勿論今でも交流してますよ)
意見も分かれず、楽しい旅でしたakn

今、どこか「卒業旅行」の名目で
(何からの卒業?)行くことができるとしたら
あなたは何処へ行きますか?ha-to
海外?国内?それとも意外に近郊?
うふふ、ワタシは何処へ行くかしら?目びっくり

またワタシの病気、「エア旅行」が始まりました…顔
妄想に忙しいので今夜はこの辺でバイバイ
東日本大震災から一年が経ちました。

今日は思い出話を交えて綴りたいと思います。

母方の祖母からいつも言われていたことがありました。
「道路のマンホールや排水溝のフタには絶対乗らないこと!」
子どもの頃は、逆に遊びの一環で
それらの上に乗りたくて乗りたくて仕方ないのに
何十回、何百回と厳しく言われ続けました。
ワタシが成長して、もうそのような遊びをしない歳(20歳過ぎても!)
までずっとです。祖母が亡くなる直前まで…。
そんなにしつこく言われるには
祖母に何か理由があるのだろうと思い
ある日聞いてみました。

答えはこのような理由でした。

祖母は関東大震災の被災者です。
まだ道は舗装されていない土の道が
揺れで地割れを起こし、割れ目に落ちる人が続出。
その後、割れ目は続く揺れでみるみる塞がっていき
落ちた人を飲み込み、また、挟まった人はそのまま息絶えていく
地獄のような一部始終を、祖母は目の当たりにしたそうです。
まだ幼く、7~8歳の頃ですから深いショックだったと思います。
その恐怖体験は、以後、祖母の脳裏にずっと刻まれて
孫の私たちに対し、自分の「地面」に対するトラウマで
マンホールや排水溝へ近寄ることすら許しませんでした。


きっと、東日本大震災でも
祖母と同様に、かなりの恐怖体験をされた方が
沢山いらっしゃるでしょう。
特に地域柄、津波でのそれが多いのだと思われます。
さらに、「津波」は身近な人の命を奪った象徴になっているかもしれません。
今後も脳裏に焼きついて、私の祖母のようにトラウマになり
余生、ずっと苦しまないと良いのですが…。


私は、今日の地震発生時刻に黙祷をしたいと思います。
お亡くなりになったの方々へ祈りを捧げるとともに
貴重な生存者で、今もなお
地震や津波の恐怖で苦しんでいらっしゃる方々が
かなりの数おいでだと思うので
その方が少しでも楽になることができるよう
祈願したいと思います。

一年前のあの地震を都内で体験した私ですが
祖母のあの言動が、やっと理解できたような気がします。