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小説版Trace of the resonance エピソード7 ~音のある世界で~


 転入初日でいろいろな生徒に声をかけられるかと思いきや呉井は人を寄せ付けないオーラを出していた。海外からの転入で学校生活が面白くないと感じたのだろうか。笑っていた姿を見たのは小嶋との会話だけであった。そこに思い切って綺音が声を掛けることは少しばかり勇気のいることだった。

「あの、呉井さん」

「なに」

呉井はそっけなく返事した。少しひるんだ綺音だったが続けた。

「はじめまして、藤木綺音。よろしく」

「改めてよろしく。呉井真希奈」

短文での会話。あいさつよろしく、意外に呉井から手を差し出してきた。とっさのことに綺音は半歩遅れて反応して手を出した。

「慣れないの?」

呉井はいぶかしく綺音を見た。社交の方法も国が違えば異なるということか、綺音は理解するのに苦慮してしまった。

「ええ、ごめんなさい」

「あやまらなくても・・・」

ぐっと手を握り握手を交わす二人。その時、呉井が出していたオーラが引いていることに気付いた。単純に声をかけられなかったのは自分のほうが警戒していたことに綺音は気づいた。それと同時に綺音は彼女が別のことを感じていることに気付いた。

制服の袖から見えたのだ。ちょっとした傷なのだろうか、腕の上まで続いていそうな傷跡を。

それに気づいたからか、呉井はすっと腕を戻した。

「呉井さん・・・」

「見えた?」

「あ、うん」

呉井はうつむいた。知ってほしくなかったことなのだろうか、綺音は詮索したい気持ちを抑えて呉井の次の言葉を待った。

「小嶋先生と話してたこと・・・」

「あ、」

「気になったよね。」

「うん」

嬉しそうな、でもちょっと悲しい表情をしたのを綺音は見逃さなかった。

「ねえ、呉井さん場所変えない」

「え、ああいいよ。」

ここで話していい事と悪い事とあるような気がしたのだ。表向きの話をするよりも、彼女に対してもっと深くかかわったほうがいいと直感した。

「私の行きつけのお店があってね、そこで・・・」

「いいよ」

鞄に手をかけ、席を立とうとする呉井。それに対して、携帯で連絡をする綺音。

「藤木さん・・・?」

「あ、ちょっと部活のメンバーに今日休むこと伝えるだけだから」

「ぶかつ?」

「サークルだよ」

「あ、ああ」

携帯をもって廊下へ走った綺音を目線だけで呉井は追いかけていた。ふっと呉井の中でよぎったのは自分を優先してくれているという思いだった。なぜ彼女がここまでしてくれるのかが理解できなかった。ただ、今すぐ理解できなかったというだけなのだが。

呉井の鞄にはキーホルダーが付けてあった。形状が特殊で女子が普段つけるようなものではない。何かを彫るための道具を小さくしたような形のものだ。

「お待たせ」

「あ、」

「呉井さんは、自転車?」

「うん。」

「よっし、じゃあ行こうか」

綺音も荷物をまとめて、呉井と駐輪場へ向かった。その姿は何の違和感を感じるものでもなかった。


綺音が誘うつもりだったのは『クアトロ』だ。基本的に美空ヶ丘の生徒が利用しないということもあり、この早い時間帯は客も少ないので安心して会話ができる環境にあると判断したのだ。

慣れない道を走るせいで呉井は綺音についていくことを意識していた。

綺音もスピードには注意していた。呉井が後ろにいることを確認しながらペダルに力を込めた。春の夕日にはまだ早い時間だ。

クアトロのある街並みの道の角を曲がると、秀哉の愛車が見える。店主の存在があることを確認できて綺音はほっとした。美紀と会話することも悪くないが、どちらかというと鈍感と言われる店主がいたほうが気が楽だった。

『クアトロ』 の横に自転車を停める。綺音が案内する形で呉井を中に入れる。

カラン、コロン

レトロなドアベルが鳴る。

店の奥にいつもの顔がある。クアトロ独特のコーヒーの香りが店内を包んでいる。

「いらっしゃい、綺音ちゃん」

「こんにちは、秀哉さん」

「あれ、その子は・・・?」

秀哉にしては珍しくすぐに反応し、声をかけた。

「今日から転校してきた・・・」

「呉井真希奈です」

「へぇ~」

返事までは良かったが、いつもの無関心が始まった。秀哉はその一言だけで、綺音に話題を戻す。

「今日は何にする?」

「秀哉さん、今日は普通に話をするだけだよ」

「そうなんだ、早いから・・・」

続きを話そうとした秀哉を綺音は静止した。

「先にそうだな・・・今日は6番をお願いします」

「あ、ああ」

店内の一番奥の二人掛けのテーブルに綺音は座る。それに続いて呉井も腰かけた。

呉井は、鞄をバスケットに入れてテーブルの上のメニューを眺めた。

「藤木さん、いつもここに?」

「息抜きするときはここに来てる」

「そっか。すぐに注文したから慣れてるって感じだね」

「あ、ごめん。メニュー数字ばっかりで・・・」

「うん、ちょっと」

遠目から秀哉が見ているが、あえて声をかけようとは思わなかった。綺音がいつも以上に気を使っていることがわかるからだ。秀哉なりに気付いたのは、少し声が余所行きの綺音だったということ。

「どうしよう、前住んでたところでは行ったことないんだ」

「喫茶店?」

「うん」

「じゃあ・・・これあたりなら飲めるかな?」

「コーヒー・・・」

「飲めない?」

「飲まない」

呉井のその言葉に失敗したなと思ったところに秀哉がやってきた。

「紅茶なら飲めるかな?」

「ええ」

「じゃあ、ちょっと待っててくれ。最近アールグレーのいいやつが手に入ってね」

メニューにないオーダーに対応する秀哉。

「秀哉さん、紅茶なんておいてたっけ?」

「最近、コーヒーだめだから紅茶を置いてくれって常連のおじさんに言われてね。その常連さんの御嬢さんなんだ。だから少しずつだけど取り揃えているから」

「ふーん」

コーヒーを作るときほど手慣れた動作ではないが、スムーズに紅茶を用意する秀哉。男が仕切る店に女性的な紅茶を作るツールを揃えているのは、それなりに秀哉も試行錯誤した結果なのだろう。

面白い人だなと呉井は素直に思い、そして、ここに綺音が連れてきた理由がすぐに分かった。

「召し上がりながらゆっくりとどうぞ」

「言葉おかしいですよ」

「話の潤滑油が今日のめにゅーですから」

澄まして秀哉が言う。理由はともあれ秀哉がここの店主であってよかったと改めて思う。

ひと時は音楽を理解してくれる兄のような存在、時間があれば相談に乗ってくれる気のおける人でもあり、家庭の一端のような優しさもあった。ただ、秀哉の孤独やここに店を構えている理由まではまだ彼女は知らなかった。知る必要なんてないのだが、時々綺音の歌う姿を見ながら目を赤くしていることも事実なのだ。

クアトロで綺音が呉井に聞きたかったことは、以外にも呉井からすんなりと話し始めてくれた。

「藤木さんが知りたいことはいくつかあるんだよね」

「うん」

呉井の中では綺音の手を握った時にある程度理解していた。それは呉井が自分に与えられた才能という枷のため嫌でも伝わってしまったことなのだ。


続く




小説版Trace of the resonance エピソード7 ~音のある世界で~ 2


武藤が連れてきた、いや正確にはついてきたのは転校生であった。可憐な感じの少女はすこしおぼつかない足取りで教室へ入ってくる。

武藤があいさつするように促す。それに応えるように少しうつむきながら転校生はお辞儀をした。

武藤は黒板に転校生の名を記す。

「呉井真希奈といいます、よろしくおねがいします」

そういうと目を伏せながら、武藤へ合図を送る。武藤は打ち合わせとちょっと違うなぁという顔をしてもう少し話すように促す。しかし、思うように言葉が出ずに困惑する呉井。

仕方ないなという感じで武藤が簡単に紹介を始める。

「え~、今日からこのクラスの仲間になる呉井さんだ。彼女は、ヨーロッパの造形専門の高校に通っていたが、このたび帰国してこの美空ヶ丘に転校することになった。詳しいことは・・・まあ、そのうちで」

全然まったく詳しくない武藤のアバウトな説明だが、帰国子女らしい。

東都内での転入ですら珍しい中、海外からの転入とは異例中の異例と言っていいのかもしれない。

当然ながら、好機の目で見られるのも仕方ない事なのだが、校風が自由な美空ヶ丘であればそう案ずることもないようだ。

優斗の席の横が空席になっていたためそこに呉井は座ることになる。

「時期をみて席替えするから心配しなくていいからな」

「先生、時期って?」

こういう時に必ずくってくる生徒がいるものだ。

「俺の、気分だ」

明確な回答を避けるあたりが武藤のやり方らしい。席替えはクラス内の一大行事である。

不人気な席は教壇の前の2席、移動教室の場合は、コの字型に生徒が座るあたりから不人気度合いの高さがわかる。しかし、意外とこの席は穴場であり、教師の死角になっていることを多くの人間は知らないものだ。人気のある席は、教室の後方の左右の隅っこである。

まあ、席替えが実現するのは当分先だが、転校生が入ってくるとクラス自体もにぎわうものだからいい傾向なわけだ。


綺音は転校した呉井のことを気にしていた。環境は大きく異なるにしても、転校するという心理は少なからずわかるものだった。いわゆる美術専門系の高校から、しかも海外からの転入というのは気が重かっただろう。自分もそうだったように彼女も同じように悩むのかと考えていた。

綺音の中の音は少し変化していた。それは、転校という言葉で心がざわついたせいもあるのかもしれない。

武藤は、ホームルームを切り上げると、授業のため別の教室へ出向いた。代わりに小嶋が入ってくる。副担任であるが武藤とは全く違う性格であるし、当然ながら性別も異なる。

わりと美人で評判がいいのが小嶋であるが、授業の専門性からか、講義中のスタイルはあまり好かれていない。非常にマニアックなことを言うせいもある。専門は外語であり、小嶋自身も今まで語りはしなかったが複数の外国語を話せるというのである。

このエピソードを披露したのは、呉井が教室へやってきたことがきっかけだった。

始業のベルが鳴り、淡々と授業が始まった。難解な文法の解釈と訳をする外語の授業は、慣れない言葉と文化に触れる上で大切なものだ。しかし、退屈なものである。

授業の序盤に小嶋は呉井に話しかけた。

「えっと、呉井さん、はじめまして」

「はい」

「よろしく」

「はい」

素っ気のない反応を見て小嶋は呉井の話題を深堀するのを早々にやめた。

クラスのみんなが違和感を感じた。

普段であればもっと聞くはずの小嶋だが、すぐに切り上げたことはなんならかの配慮があったのだろう。そのあと、優斗が当てられ、難解な外語の訳を命ぜられた。

「はい、本城君これを訳してください」

「えっ・・・」

難しすぎてまったく訳ができない優斗。完全に絶句する。

美桜に助けてくれと目線を送るが、美桜もまったく難しくて困り果てていた。

綺音はあえて目を合わせずにいた。優斗は完全に沈黙してしまった。

が、視線を横の呉井に落とすと不思議なことを発見した。

ノートに訳がしっかりと記載してあり、それをあて優斗の目につくところに置いてあったのだ。

それを見てすらすらと答えればいいものを、優斗は戸惑っていた。

プライドが許さないという部分、今更答える恥ずかしさ、いろいろであった。

「すみません、これは訳できません」

ギブアップした。結果、これが小嶋が呉井に答えるように促すきっかけになる。

「呉井さん、わかる?」

「はい」

「では、お願いします」

小嶋のいやらしいところはほぼ難解なものを時々出題に織り交ぜてくるところであり、その99%は回答不能のものである。しかし、今日は違った。

小嶋の持っていたテキストが床に落ちた。

呉井がすべて訳したためだった。

「お見事・・・」

そのあとは淡々と授業が進んだ。終業のベルが鳴る。

小嶋は終業後、呉井と話していた。話の内容はおおよそ図り知れた。

どこの言語なのかわからないが、あえて国語では話していなかった。ほかの生徒に聞かれても問題がないように呉井がいた国の言語で会話をしていたのだ。

その話がおわると、満足そうに小嶋は教室を後にした。綺音の中の違和感がまた膨れた。


放課後、綺音は思い切って呉井に声をかけることにした。違和感が綺音にその行動をとらせたのは間違いなかったからだ。


続く。

小説版Trace of the resonance エピソード7 ~音のある世界で~


4人でのクレイドルライブの後、静かに4月は始まっていた。

自転車通学で相変わらずの通学路を走る綺音は、家を出る際にミケがいつもよりなついてくるようになった気がしていた。猫の気持ちは分からなくとも、行動が変わるきっかけがなにかあるのではと思うことができた。

正確には、少し気づけるようになったという状態だった。

相変わらず母は忙しそうだった。でも、彼女が少し楽しそうにしていることも最近になって気づけた。

いろいろなことが綺音を少しだけ前に進めてくれているようだった。

通学路には少し遅い桜が咲いていた。美空ヶ丘高校の近所の桜は、他の地区に比べて遅咲きのものが多く、気候的な理由と品種改良の結果がそれを実現しているのだ。

入学式を迎えるころはまだつぼみだが、学生たちがにぎわう頃にやっと満開になる。

東都でも有名な桜の名所として数えられている。

自転車を駐輪場へとめ、始業のベル30分前に綺音は教室へ入る。前の高校にいたときからのルールみたいなもので、30分という時間には何かとこだわっていた。そのルールを崩すときは綺音にとってよっぽど大きな事象が降りかかってきたときだけである。たとえば、少しリラックスしたいときとか、緊張をもって臨みたいとき、時々において自分のルールを崩しながら自分を高めることを綺音は自然と覚えていた。

平常心を保つには一定のリズムが必要だと父が繰り返し言っていた影響もあるのかもしれない。自然とこなせるようになっていることを時々父に感謝することが綺音はあった。

今は、その礼を直接伝えるすべはないのだが。


4月からはクラス編成も少し変わった。進学を目指す者と独自の道を進むもの、軍への入隊を志すもの大きく分けると3つの道を選択できるようになる。どれが正解というわけでもないのだが、誰もが若いながら道を違えないようにと希望を出す。綺音も当然希望は出した。幸い、軽音部のメンバーと同じクラスになった。独自の道を歩みたいと思ったそれぞれの思惑がたまたま一致したのもあり偶然にしてはできすぎの結果であった。

可もなく、不可もなくである。

担任は武藤が務めることになった。これも綺音にとっては後押しになった。

ライブの後、ゆっくりと武藤と話す機会はなかったが、クラス編成後にゆっくりとそのことについて話す機会が取れた。ライブの仕掛け人が武藤であり、それに水巻が賛同したという結果だった。だから、クラスメイトや生徒会の人間を含めた美空ヶ丘の生徒が多く訪れてくれたのだった。

嬉しい気持ちと少し複雑な気持ちもあったが、大部分が学生という違和感よりも、少数でもそれ以外のオーディエンスがいたことは綺音たちペグヨンには貴重な経験になったと武藤に話した。武藤もそれに頷いていた。

転入当初はここまでこの武藤のことを信頼することになるとは想像もしていなかったし、武藤もここまで入れ込んでしまうと思っていなかった。そんな話を綺音がすると武藤はむせぶように笑うのだった。


静かすぎる時間は上空で毎日のように起きている無人機による戦闘が嘘のように感じられた。

肌で感じる戦争なんてありやしない、ただゲームのような機械同士の消耗戦が毎日繰り返され、それを他人のことのようにテレビを通じてみる。それが東都の学生にとっては普通であり、綺音たちの日常であった。もし、この空に響く音があるとしたら、戦闘機が風を切り裂く音や爆撃の音ではなく、誰もが自分のうちにある音楽であったらいい、なんて思うことも綺音はあった。

父が起こしたかもしれないこの事態を嫌悪することだってある。だが、それを自分がどうしようもないと憂いことも重々承知していた。


ふっと窓から校庭の様子を眺める。風は優しく暖かかった。

春。

変わらない春。教室には始業に間に合うように駆け込んでくる優斗の姿があった。

意外に同じクラスにいると話さないこともある。それぞれの級友と談笑を楽しむこともいいのだ。

それでもつながれる場所があるから。綺音はその気持ちを大切にしていた。

始業のベルが鳴る。

ホームルームを知らせるその音に合わせて、武藤が教室へ入ってくる。

「え~、おはよう」

主席簿を開き出欠の確認を始める。いつもの朝礼。

いつもの風、いつものクラスメイト。

あることで満たされる時間に、静かに自分の音楽を綺音は奏でていた。頭の中で、誰にも聞こえないように。

ふと、武藤が言葉を止めてあることを伝えようとしたのを感じ、綺音は武藤を見た。

たまたま目が合うが、大したこともなく視線を外す武藤。そして、その視線は武藤が入ってきた扉のほうにむけられた。


~続く~