そーいえば
昨年、まだ建設中のスカイツリーをノリで見に行って、首が痛くなるほどひたすら見上げたなぁ~。。。
写メの通り、この時も雨でした。(^_^;)
さてさて、、、
先日、来月Bootsyが来るよ。
って事をチラっと書いたら思わぬ流れでStevie Salasにw
ちょうど本宅(大阪)に居てたんで、久しぶりにCDを引っ張り出してきました。
18~9歳位やったかなぁ~
誘われて演った今は無きディスコ(祇園マハラジャw)での生演奏バイトがキッカケだったのか?私はハードロック野郎からFunk野郎に転身w
P-Funkも当然のように傾倒してました。
そんな流れで、ファンクとハードロックを融合させたらオモロいん違うん?と、何で知り合ったのか全く思い出さないLarry Graham好きなチョッパーベーシスト君と意気投合。(笑)
そのまま共に周りを洗脳しバンドメンバーを集め、準備していた頃です。
当時流行ってたPopsやR&B等をファンキーかつロックにアレンジしてレパートリーも数曲出来、そろそろオリジナルも作ろうかと。
当時、そんなバンドありませんでしたし。
ちょうど、ファンクロック等と称されたExtremeがデビューした気がしますが、Van Halenの影響モロ出しやな~とは感じたものの、私的にはあれはファンクでは無い。
そんな中、Stevie Salasが「Color Code」というバンド名義でデビュー。
正直、やられた。。。
全部持っていかれた。。。
と思いました。
マジで。(笑)
若かりし頃の話でお許しいただきたいのですが、それくらい勘違い野郎で、あまりのカブりっぷりに「ケッ!」と言いつつも、それは雲泥の差で、今だから言うと素直にカッコエエ~♪と思ってましたネ。(笑)
その後、ファンク路線は束の間の流行となり、Living Colourとかイロイロ出てきました。
マンネリ化していたハードロック界というか、ちょうど時代の移り変わりだったか。
その流れが、Lenny Kravitz やRed Hot Chili Peppers 等と共に、グランジとかいろいろ称され細分化される音楽に繋がった気がします。
聞けば、インディアンの血を引いているとか。
ナルホド、なんて妙に納得したり(笑)
で、Rod Stewartのバンドへの参加で道が開けるも、その前はP-Funkの創始、George Clintonのところに居たとか。
そりゃ勝てんわ。。。(まだ言ってるw)
しかし、結構廃盤になっててんなぁ。。。
YouTube上でも特にデビュー当時のが殆ど見当たらないゾ。
ウチにたんまりあるのはレアかも?w
特に日本で人気が高かったみたいで、ライヴ盤やら何やら企画盤も次々出てましたからネ。
初期の映像が見当たらないですが、確かデビュー曲だったハズ↑。
特に、'92年にBootsy Collins(B/Vo), Buddy Miles(Dr/Vo)といった大御所と組んだ「Thied Eye」は私的ドストライク。
その後もソロ名義で次々とアルバムを出し、オリジナルに加えFunkadelicやHeatwave等のファンクの名曲はもちろん、同じStevie繋がり?でStevie Wonderまでロック調にカヴァーしたカヴァーアルバム「Stevie Salas Presents. "The Electric Pow Wow"」も好きでした。
ちなみに、Salasは「No Wonder Music」という事務所をもっていた。同じStevieでもWonderじゃ無いよというシャレなのか。
この曲↑のVocalをとるのは、Glenn Hughes。
Stevie Wonder自身もめっきり演らなくなった曲ですが、'67年、彼が17歳の時に作ったヒット曲(同年The Beach Boysでも発表)で、個人的にも好きな曲のカヴァーです。歌詞は恥ずかしくりますけどネw
Presentsっていうだけあって、ゲストが多彩なアルバムです。
この頃からサラスと同じくファンクとロックを融合、この言い方嫌ですネ、、、
ヘヴィーファンクにしましょうかw
ヘヴィーファンクベーシストのT.M.Stevensとやり出すようになりました。
なんて言いつつ、当時彼が出してたリーダーアルバムはサラスよりも遥かにロックよりかも知れません。
ちなみに、T.M.Stevensがあの「Burn」を演るとこうなりますw → http://youtu.be/pY56aonrm48
そんな2人のJam。
そーいえば、日本向けなのか日本企画が多かった気がしますが、当時どいつもこいつも出してた教則ビデオにも一緒に出演してましたネ。
このビデオは、教則になってるかどうかは?ですが、サラスの事はよく分かります。(笑)
でも、個人的に一番好きだったのは、当時付き合ってたらしいSass Jordanの「Rats」という'94年に出したアルバム。
このアルバムにサラスは、プロデューサー件コンポーザー、ギタリストとして参加。
予算が殆ど無く、自主制作に近いくらい酷い環境化のレコーディングだったらしいが、その分楽曲の良さと何よりこのヴォーカルの良さが光る。
ナイナイ環境だったからこそ生まれたレコーディングのアイデアも見え隠れするし。
このアルバムは捨て曲無しで未だ愛聴盤のひとつ。
女性版デヴィカヴァと言うか何と言うか、こんなヴォーカル、何処かに居ないものか。。。
ちなみに、Van HalenⅢ時のヴォーカルオーディションに最後まで残ったのが、Gary Cherone (Extreme) の他に、Eric Martin (Mr.Big)、そしてこのSass Jordanとだったとか。
女性ヴォーカルが歌うVan Halen も聴いてみたかったもんデスw
割と最近のライブ映像しか見当たりません。。。
サラスと演ってる映像が確かある筈なんですが、、、当時付き合ってたせいか、抹消されてマス。(笑)
この頃、Terence Trent D'Arby であったり人のアルバムに結構参加してます。
彼が広くメジャーになったのはこの後'95年に出したアルバム「Back from The Living」がキッカケですかネ。
この曲↓で大々的に使われて、後にシグネイチャーモデルも発売されたワウロッカーだったか?「グヤトーンのオモチャみたいなオートワウ」が面白くて、私も手に入れて随分遊びましたw
2001年にはまたBootsyと一緒に演ってましたネ。
彼のカヴァーでしたがw
その後は殆ど聴いてなかったけど、こんなゴキゲンなの出してるし♪
吹っ切れたのか、クオリティ随分上がってるやん。
今、何してるんやろ。。。
しかし、久しぶりに聴くと演りたくなりますネ、やっぱり。(笑)
誰か遊んでくれ~(そればっかりww)
■5/24追記
今、何してるんやろ?思ったら、、、、
コントしてますネ。(笑)
↓
http://arborlive.tv/(参考 Stevie Salas Official Site)
