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Press On.

趣味のギターや好きな音楽に偏った雑記デス。

昨夜訃報が流れたが、日本中が志村けんさんの訃報に悲しみ暮れていた3月30日

ビルウィザースも亡くなっていたらしい。。。

 

心臓疾患との合併症だったとのこと。

享年81歳。

NY Times

 

 

Bill Withers 1938 - 2020

 

 

 

 

世界中で蔓延するコロナの被害に一時代を築いた著名なレジェンドの名もチラホラ出てきている真っ只中ですので、同じくコロナかと一瞬思ったけれど(今の所)そーいう報道はされていないので少しほっとする。

それだけコロナだと納得出来ない何かが私の中であるんだろう。。。

 

 

 

 

 

 

 

数々の印象に残るヒット曲を残しているが活動期間はそれほど長くなく、1971年にデビューアルバムを出してから1985年に出したアルバムを最期に実質引退している。

 

 

拾ってくれた所属レコード会社の破産、移籍した大手メジャーレコード会社の売上至上主義などなど、様々な要因が重なっているけれど、そんな話を含めてこの機会に超ザックリ波乱万丈な彼のバイオグラフィーを改めて辿ってみよう、、、

 

 

6人兄弟の末っ子であるビルは1938年の7/4(建国記念日)、ウエストヴァージニア州スラブフォークという小さな炭鉱の町で炭坑夫の家に生まれる。

生まれつき吃音症で周りに溶け込むのに苦労したとか。

その後13歳で父を亡くし、17歳で海軍へ入隊。

 

1965年に退役後LAへ移住し、ボーイングの下請けで飛行機に便座を取り付ける仕事などをしつつ、ルーロウルズのライブを観て音楽活動を開始。

デモテープを作ったり(当時だからスタジオを借り機材を借り人を雇い、と何かと金が掛かる)、夜のクラブで演奏したり。

 

 

1971年、そんなデモテープが「ブラックゴッドファーザー」として去年Netfilixでもドキュメンタリーが作られた業界の重鎮、当時Sussexレコードのオーナー「クラレンスアヴァント」の元に渡り、気に入ったクラレンスはSTAXレコードのハウスバンド「ブッカーT&TheMG's」の活動を停止していた(STAXを離れた)「ブッカーTジョーンズ」を巻き込み、デビューの準備を進め、契約。(ただしレコーディングにMG'sのメンバーは全員揃わず。(ドナルドダックダンやアルジャクソンJrは参加))

33歳という遅いデビューを果たす。

しかし、ビルは信用しておらず仕事は辞めずに続けていたとか。

 

弱小レコード会社ゆえに、スタジオが1日3時間x3日間しか借りれないという制約の中でレコーディングされたアルバムは100万枚以上のセールスを記録する大成功を収め、翌年グラミーも獲った。

晴れて仕事も辞め、全米ツアーを開始。。。

 

 

って感じで彼のサクセスストーリーが始まる。

しかし、その後Sussexレコードは破産し、メジャーのコロンビア(CBS)に移籍するも、、、と波乱が待っている。

 

日本なら朝ドラのネタになりそうでしょ。

 

 

 

 

その後、1985年にリリースしたアルバムを最期に「もう十分、家族との時間を優先したい」と表舞台から姿を消した。

 

 

彼の書く曲は泥臭く、純粋でストレートな曲が多い。

身の周りや実体験からくる等身大の詩であり、それ以上もそれ以下も無い。

そこが彼の魅力であり、支持を集めた。

 

しかし、あまりに売れ過ぎてスーパースターとなることで自分が自分でいられなくなる。

レコードを売る為だけに不本意な事ばかりを要求してくる(例えばプレスリーのヒット曲など指定した曲をカヴァーしろ!とか)業界(正しくは担当A&R)にも我慢の限界。

 

結果、書けなくなる。

 

そんな感じに陥っていたのかもね。。。

 

 

 

 

何はともあれ、以後、彼の生み出す曲を我々は聴くことが出来なくなった。。。

 

引退→隠居後も自宅にレコーディングスタジオを作って篭ったりしていたらしいので、世には出さないけれど曲は作っていたんだろう。

 

そんな音源を耳にする日は来るのだろうか。

 

 

娘のコーキーが未発表音源からカヴァーしたり、残された親父の音源と共演したりってのに期待するか。

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに新譜は聴けなくなったが、引退後も彼の音楽は愛され続け、、、

 

 

クラブディスコ風にリメイクされたリミックスが全米No.1&グラミーを獲ったり→コチラ

HipHop界隈では定期的に何かしらの曲からサンプリングされ

日本でも定期的に何かしらの曲がCMに起用され

2009年には彼のドキュメンタリー "Still Bill - The Bill Withers Story" が作られ→コチラ

2015年、「ロックの殿堂」入りを果たす。→コチラ

*その際のパフォーマンスは「引退した身だから私は歌わないよ」という姿勢を貫きつつも、ステージには上がる。

 公の場でステージに上がったのはおそらく引退以来。

 そんなパフォーマンスは、スティーヴィーワンダーとジョンレジェンドによって行われた。→コチラ

 もう一曲、スティーヴィーの傍で、、、→コチラ

 

さらに同年10月、NYカーネギーホールで1972年に行われたコンサートを同じ場所でDr.ジョンやマイケルマクドナルド、Keb'Mo、エドシーラン、グレゴリーポーター、アローブラック、アンソニーハミルトン、レディシー、ジョナサンバトラー、ブランフォードマルサリス、コリウィザース(ビルの娘)などなど複数のミュージシャンで再現する "Bill Withers Tribute" が行われ本人も顔を出した。(ディアンジェロも参加を予定していたが体調不良でキャンセル)

当時の記事→コチラ

 

 

 

 

個人的にも1曲1曲にもれなく思い出が紐付き、私を形成する一つの要素になっているのは間違い無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずはデビューのこの曲。

 

Bill Withers | Ain't No Sunshine (BBC Live, 1973)

Live Full→コチラ

 

Bill Withers | Ain't No Sunshine 「邦題:消えゆく太陽」

from the Album "Just as I Am" (1971)

 

 

 

ドラムス、ジェームスギャドソンよ。(レコーディングは2ndアルバムから参加)

 

某サブちゃん「与作はぁぁ〜木ぃ〜をぉぉ〜切るぅぅぅ〜〜」の

原曲はコレだよね、間違いなく。笑

 

 

 

 

 

 

 

ギャドソンのドラムと言えば、彼の十八番「右手1本で16のハットを刻む」この曲。

 

Bill Withers | Use Me (BBC Live, 1973)

 

Bill Withers | Use Me

from the Album "Still Bill" (1972)

 

 

 

 

75年、Sussex Recordsの倒産でコロンビアに移ってハーヴィーメイソンに変わるので、たった3年程度(その間アルバム2枚)だったが、ビルウィザースといえばジェームスギャドソンという印象を強く残す。(当時は各レコード会社が手配するお抱えミュージシャンを使うのが通例で、移籍後、自分が希望するメンバーを使えないのが不満だったらしい)

 

Funky Drums, James Gadson!

Bell Withers | Kissing My Love (Live in "Beat Club" Germany, 1972)

 

 

 

 

 

 

彼を象徴する代表曲。

炭鉱の町で育った少年時代を歌った曲ですが、ちょうど今、外出禁止令が出ている世界中の人達の間で歌われる楽曲となっている。

 

Bill Withers | Lean on Me (BBC Live, 1973)

 

Bill Withers | Lean on Me

from the Album "Still Bill" (1972)

 

 

 

 

 

一転してPOPなこの曲とか。

 

Bill Withers | Lovely Day

from the Album "Managerie" (1977)

 

 

[A]

| E    | C#m7    | AM7    | AM7    CM7 - Bm7    |

| E    | C#m7    | AM7    | CM7    C/D    |

 

[B]

| C/D    | D/E    | Am7    | Bm7   |

| C/D    | D/E    | Am7    | Bm7   |

 

 

 

 

40年以上経つ曲なのに新鮮さやキャッチーさは未だに失われておらず、ロバートグラスパーや、、、

 

Robert Glasper Experiment | Lovely Day

from the Album "Black Radio 2" (2013)

 

 

 

 

ホセジェイムスがレイラハサウェイをゲストにカヴァーしていたのも記憶に新しい。

 

José James | Lovely Day (feat. Lalah Hathaway)

from the Bill Withers Tribute Album "Lean on Me" (2018)

 

 

 

 

 

 

 

 

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その後、他のミュージシャンの作品でヒットを飛ばすことになる。

 

 

クルセイダース

ジョーサンプルとビルウィザースって何か同じ臭いを感じるのは私だけか。

 

The Crusaders | Soul Shadows (feat. Bill Withers)

from the Album "Rhapsody and Blues" (1980)

 

 

 

中でもグローバーワシントンJr.名義のこの曲はグラミーも獲りビルの代表曲に。

たぶん海外では圧倒的に "Lean on Me" なんだろうけど、日本だときっとこの曲が最も有名で、ビルウィザース=小洒落たAORをやってる人だと認識している人も多いかもしれない。。

 

Grover Washington, Jr. | Just the Two of Us (feat Bill Withers) 「邦題:クリスタルの恋人たち」

from the Album "Winelight" (1980)

 

バックのメンツは、リチャードティー(FenderRhodes)、エリックゲイル(g)、スティーヴガッド(ds)、というStuffの面々+ラルフマクドナルド(per)にマーカスミラー(b)、etc...って感じ。

 

 

「クリスタルの恋人たち」なんて今見ると意味不明な邦題が付けられているが、おそらく当時流行っていた田中康夫氏(のちの長野県知事)が書いた小説「なんとなくクリスタル」から来ている筈。

「クリスタル族」なんてのが流行語になり社会現象になっていたので、そんな風潮になんとなく流される人達を狙ったんだろう。笑

 

とはいえ、歌詞は "I See the Crystal Raindrops Fall" という一節ではじまる。

日本での販売を担当する日本法人の担当者はちょうど良いと思ったんだろうけど、この一節こそがビルウィザースが歌うに当たって自ら差し替えた箇所らしい。

 

そもそもは、NYのスタジオに貼ってあったカリブ海にある二つの島の観光誘致ポスターのキャッチコピーが "Just the Two of Us" で、それを見たラルフマクドナルドが二つの島を男女のカップルに見立てたカリブリゾートイメージでウィリアムソルターと共に一気にラフを仕上げ、ビルウィザースに「歌ってくれないか?」と声を掛けた。

しかし、ラフの歌詞はビルにとっては小っ恥ずかしいくらいに気取っていて、歌詞の手直しを条件に引き受けたとか。^^

 

 

 

そんな、曲を作った3人によるグラミーでのパフォーマンス

 

Bill Withers, Ralph McDonald and William Salter | Just the Two of Us (Live Performs on GRAMMY's 1982)

 

 

 

 

 

 

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改めてザックリ採るとこんな感じ。

*尺はラジオ用に短く編集されたものをベースに→コチラ

 

 

[Intro]

| C#M7    C7    | Fm7    Ebm7 - Ab7    | C#M7    C7    | Fm7    |

| C#M7    C7    | Fm7    Ebm7 - Ab7    | C#M7    C7    | Fm7    |

 

[A]

| C#M7    C7    | Fm7    Ebm7 - Ab7    | C#M7    C7    | Fm7    (Ab7)    |

| C#M7    C7    | Fm7    Ebm7 - Ab7    | C#M7    C7    | Fm7    |

 

[B]

| C#M7    C7    | Fm7 - Em7 - Ebm7 - Ab7     | C#M7    C7    | Fm7    (Ab7)    |

| C#M7    C7    | Fm7 - Em7 - Ebm7 - Ab7     | C#M7    C7    | Fm7    |

 

[A]

 

[B]

 

[Bridge]

| C#M7    C7    | BM7    Bb7    | AM7    Ab7    | C#M7    F#7(13)    |

| C#M7    C7    | BM7    Bb7    | AM7    Ab7    | C#M7    F#7(13)    |

 

[Interlude]

| C#M7    C7    | Fm7    Ebm7 - Ab7    | C#M7    C7    | Fm7    |

 

[A]

 

[B] x Repeat to Fadeout

 

 

 

 

 

 

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もはやセッションでも定番曲。

 

定番過ぎて、カノン進行のごとくヒット曲の定番コード進行と化し多用されているくらいで

| ④M7    ③7    | ⑥m7    ⑤m7 - ①7    | ④M7    ③7    | ⑥m7    |...

というパターンは「Just the Two of Us 進行」と称され、この進行を用いたヒット曲が未だに生まれ続けている。

 

 

J-Popでも蔓延してるけど有名処だと椎名林檎の「丸の内サディスティック」とかね。

*Ebで 、、、

| AbM7    G7    | Cm7    (Bbm7)    Eb7    | AbM7    G7    | Cm7    |.... みたいな

 

 

 

 

 

 

先のホセジェイムスがトリビュートアルバムでもちろんこの曲もカヴァーしてるんだが、そのライブアレンジでコレ(同じコード進行で派生したヒット曲が多々あること)を利用してネタ化させてたり、、、

 

José James | Just the Two of Us  (Live in Paris, 2019)

 

 

しれっとボビーコールドウェルの「風のシルエット」に変わって再び戻る。笑

 

Bobby Caldwell | What You Won't Do for Love「邦題:風のシルエット」

from the Album "Bobby Caldwell" (1978)

 

 

つまり、同じ進行の曲はもれなくハマる。^^

 

 

 

 

 

 

 

 

カヴァーの話に戻ると、グローバーワシントンJr.のトリビュート盤に収録されている

レジーナベルとジョージデューク、スティーヴコールによるカヴァーも良い。

 

Regina Belle, Steve Cole and George Duke | Just the Two of Us

from the Jason Miles Presents, Grover Wasington, Jr. Tribute Album "To Grover, With Love" (2006)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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最後に、改めて志村けんさんを。

 

 

多分にもれず、子供の頃から影響を受けまくりましたのでまさかの訃報にショックを受けております。。

 

荒井注さんと入れ替わりで「ドリフの志村けん」の快進撃を目の当たりにした世代ですから。

あの当時のあの勢いというかあの一世風靡感は、当時をリアルタイムに体験した人じゃないと共有出来ないと思う。

 

増して、子供目線ですし。

 

 

 

またバンドマン上がりの喜劇人として最期の人だったんじゃないか、と。

 

クレイジーキャッツの面々しかり、スパイダースの面々しかり、タイガースの面々しかり、、

タモリもそうでしょ、、、モノマネ芸人として売れちゃったけれど、ビジーフォーとか、、

他、挙げ出したらキリが無いけれど、「バンドマン」をバックボーンに持つ人で昔は溢れていた。

 

 

それゆえ、掛け合い、アドリブ、テンポ感はもちろん

何を面白いとするか?ってツボが音楽と通じるものがあり、、、

 

ある意味、ジャズですよね。

 

 

そーいうのが分かっている者同士でしか共有出来ない話かも知れませんけれど

大枠の流れはカッチリちゃんと作った上で、あとはフリーでセッションを楽しみ、失敗も含めその場限りの生のショーとして全てを観せる。

 

そんな、ジャズライブを観ているような生々しさが面白かった。

 

 

 

 

 

志村さんはSoul/R&Bファンでブラックミュージックに詳しかったらしく、私は読んだことは無いんですが雑誌JAMにてソウル系レコードの新譜レビューを毎月担当していたとか。

 

 

ヒゲダンスで起用したこの曲をはじめ、、、

 

Teddy Pendergrass | Do Me (1979)

 

ドリフ「ヒゲ」のテーマ

 

 

 

早口ことばで起用したこの曲とか、、、

 

Wilson Pickett | Don't Knock My Love, Pt.1 (1971)

 

ドリフの早口ことば

 

 

当時はガキだったんで分からなかったけれど、改めて聴くと、共にベースラインが素晴らしく、もれなくテンション上がってカラダが自然に動いちゃうグルーヴがウネってループしている。

 

 

 

アッチでシングルヒットしていた訳でも無く、単なる流行り曲を起用したんじゃないところが凄い。

さらに早口言葉とファンクを組み合わせて笑いのネタにするセンスよ。^^

 

 

そんな直感と目線がミュージシャン目線てか、クリエイター目線だと感じる。

 

 

 

 

 

 

結果としてこーいう黒いグルーヴを子供の頃にカラダが覚え、知らずに影響を受けていたのである。

 

当時はいちいち生演奏だったしね。

一人一人に合わせて寄り添い、盛り上げるべきところは盛り上げ抑えるべきところは抑え

これがカラオケだとこうはならない。

 

8時だョ!全員集合 | 少年少女合唱団

 

 

 

そのとき、瞬間瞬間のアドリブ、返し。

その閃きとセンスが面白いか否か、ってのは音楽も同じですから。

 

他人を思いやることが出来る人か、瞬時の空気が本能的に読める人か、嗅覚、経験値、ってところも顕著に出る。

 

 

引き出しの量、センス、間、レスポンス、瞬発力、切れ味、かわし、、、

そんな一つ一つで面白いか否かが決まり、それで全てが評価される。

 

笑いも音楽も全く同じ。

 

 

 

そんなのが活きるのが「生」の面白さ。

ヒリヒリする緊張感から何かが生まれるワクワクも含めて。

 

演者も観客もね。

その場限り。

 

 

 

 

 

 

 

「ファンク」を形は変えてるけれど、その根本にある本質は変えていない。

それを文化の違うあの頃の日本で広く浸透させ、知らずに夢中にさせる。

 

偉業デス。