時が時だけに、私はこの本のタイトルからクリミアをめぐる騒動を連想してしまうのだが、こちらはもちろん根本的に次元の違う政治問題であ る。チェーホフゆかりの地ヤルタを擁するクリミアが精神的にロシア文学の地であることは、誰にも書き換えられない文化史的事実だが、当のチェーホフはおそ らく墓の中で、民族主義の高揚という危険なうねりを背景に国家の境界が乱暴に書き換えられる事態を憂えていることだろう。
先日 現代ロシアを代表する作家 の一人、ミハイル・シーシキンからもメールで同様のメッセージを受け取った。「軍国主義、内なる敵探し、愛国 主義の 集中的なプロパガンダ――これがロシアの現在だ。ロシア人とウクライナ人という二つの兄弟民族は未来 のために力を合わせて闘わなければならない」と、彼は 言っている。「全会一致」を振りかざす国家 の論理に対して、一人でもこのような勇気 ある声を上げることこそ、作家の仕事だろう。それは現在の日本にも無縁 のことではない。