昨日は、私にとって
久しぶりにblackout寸前の1日でした



でも、今日の後半から
徐々に復活してます。
昔に比べて、復活が早くなった。
年の功だな!笑


期日までに完成形に
持ち込みたいという思いで
必死に走ったけど
色々と不十分でした。

いつも通り
未熟で無能な私は
失敗からは逃れられないのだけど

その後
経験からは必ず何かを掴めるから
お陰で少し経てば復活できるし
希望を持っていられるんだ。
そこはとても大事なとこだと思ってるよ。


本題はというとね

解剖学という学問は一体なんなのか
ずっと長い間掴めずにいたし
誰も解剖学をサイエンティフィックに
ロジックで教えてくれなかったし
臨床との接点を教えてもくれなかった。

だからそのせいで、
私は、解剖学の意義の奥深さも知らず
それが分からないと勉強しようもなく
できない暗記ばかりを強いられていて
それでも結果を出そうと苦しんでたんだ。

昨日ついに口頭試験で
教授と一対一で話してて
遅ればせながら
(いや、もうアホすぎるぐらい
遅すぎでしょ!)
解剖学の何たるかをほんの少し垣間見ることができたんだ。
でも
この先生が私に求めてきたのは
自然哲学的思考でも
生理学的考察でもなく
ただの構造解剖(人体地図)とか
ただのファクト(何が何処に正確にくっ付いてるか的な)だけだった。
でも相変わらず
何故そこが重要かは言及されもしない。
その先生は、そういう流れでこの学問をしてきた人なんだ。



戻ってきて
自分が使っている教科書も
その意味で
解剖学とい学問の奥行きを知るには
不十分であると気がついた。
なぜなら、さらに何処がプライオリティで
何がポイントなのか、その教科書はもっと示されていない。
先生が口頭試験で私に求めてきた知識が
その教科書では十分に説明されていない。

今までは、先生や
学校から与えられた教科書に
飲み込まれて
その延長線上で解剖学を習得しようと努力してきた。
そして解剖学に関して
自分がそれを吟味することを恐れていた。
右も左も分からなかったから。

でもそれは違う。
吟味は常に必要で
先生側の価値と私の価値は違っててもいい。
私は、ただ何故そこを先生が聞いてくるのか
なぜこの学問上のポイントになるのかを
ひたすら知りたかった。
そこを自分から追求するのを忘れ
怠っていたと
やっとこの試験で気づくことができたのだ。


早速、私の電子アーカイブから
(ありがたいことにほとんどが
     日本の医学生のお下がりです)
解剖学講義を取り出してきた。

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日本語の教科書を使うことは
言語の問題で解剖学に関しては
躊躇してきたが
日本の医学生がみんなこれを読むと聞いていたので
読む価値があると思った。

少し読んでみて
ただの暗記ではない
人体構造の各部の意義を示そうとした良書だと分かり、なぜ日本の医学生の教科書になるのかすぐに納得できた。
すぐに筆者が書いた序章を読んだ。
私が求めていた解剖学の勉強方法が書かれていて
筆者もそれを目指して執筆したと書いていた。
感謝
そして感激

希望の光が差しました✨

さらに気に入ったのが
出版当時の名古屋大学医学部学長の推薦の序で
ルネサンス期の解剖学者ファブリチウス引用していたところです。
ファブリチウスは
解剖を自然科学的な考察で
人体構造が何故そうなるのかという観点を追求し
ガリレオの物理学にインスピレーションを与えたという。
このファブリチウスについては
こちらのブログに詳細があります

私もそこに興味があるのです。
まさに

それが分かって
その教科書を読み始め
また学ぶことの面白さを取り戻したのでありました

その後は、今日は私は自分のオフと決めて
オンライン英会話スクールの先生と
お喋りしたりアプリでゲームしたり
昼寝したりしてグダグダいたしました。






がんばろうね。