4歳でアメリカに渡った頃、

まだ「Yes」と「No」に「Hello」を加えた3語程度しかしゃべれなかった俺は、

いきなり現地の幼稚園に行くことになった。

当時の怖れや不安はやはり体のどこかに刻み込まれており、

思い出そうとするとわずかに緊張が走る。

しかし、いま思えば素晴らしい環境に恵まれていたのだろう。

そのことを感じさせてくれる証拠を、先日手にした。



 

幼稚園の先生たちが書いてくれた親宛ての手紙が出てきたのだ。

「これは!」と思い、

時間をとって解読&翻訳してみたので以下に掲載する。

(ミッキーは私のアメリカでのニックネーム。

  Fumikiがアメリカ人に発音しにくかったからこうなった)

あの幼稚園の先生たちは一度に何十人も見ていただろうに、

ひとりの子供のことをよく見ているなーと感心せざるを得ない内容だ。

自分の子供を育てていく時代の夜明け前に佇んでいる俺には、

彼らへの圧倒的な敬意が湧き上がるばかり・・・。
 

ご指摘いただいている特長は

40歳になったいまの自分と共通する部分が多いように思うが、

とりわけ、
 
 

「人の真似をする必要なんてないと考えている」

 

というくだりが印象的だ。

4~5歳の頃から他者にそう思われるような行動をとっていたことを思うと、

今の生き方は生まれ持った個性に従った

無理のない形で進化してきた結果なのかな、と(笑)

 

自分の原点を見つめ直し、

見守ってきてくださった方々への感謝を忘れずに、

今日もあと一歩先を目指して頑張ってみたい。


 

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湯川家のお父様、お母様へ、


 

  こちらはご子息のミッキーに関して気づいたことをまとめた進捗報告です。参考にしてみてください。

  ミッキーは可愛らしい男の子です。運動選手のような強い体に恵まれています。大人やクラスメイトとの言葉によるコミュニケーションはまだ制限されているものの、彼の愛らしさ、心の温かさ、感受性や知性は明確に感じ取ることができます。彼は静かに教室に入ってくるなりすぐに工作テーブルの輪の中に入ったり、興味を惹かれる素材やゲームに夢中になります。また、自分のお弁当の一部を分けてくれたり、家から持ってきたものを大事そうに見せてくれたりしながら、我々みんなに対して親しく振る舞います。彼は大人に世話されることを好む一方で、それに頼るようなことは決してなく、お友達の誘いも快く受け入れます。最近のある日、エイミーがミッキーをくすぐったところ、彼も彼女をくすぐり返したんですよ!

  彼は年齢が上の子たちよりも手先が器用で、右利き用のハサミを左手で持っていとも簡単に且つ正確に使いこなします。美しく興味深い絵も描きますし、名前も素早く簡単に書くことができます。彼は普段から文字をたくさんなぞっていますが、幾何学図形、文字、数字など、どんなものでも真似て描いてみせるのです。

  ミッキーの基礎筋力はよく発達していて、確実且つ優雅に運動します。彼はアスリートなのです。転げまわったり、側転をしてみせてくれたりもします。屋外の設備を使って一生懸命遊びますし、バットで正確にボールを打つことだってできます。

  ミッキーには優れた知性があり、集中力を長く持続させることができます。彼は自分が選んだどんな活動にも集中して取り組みます。クリエイティブな思考を持ち、どんな課題及びどんな道具の使い方に関してであれ、人の真似をする必要なんてないと考えているようです。彼は他の人とは異なる面白い方法で何かを生み出したり道具を使ったりします。彼はすべての大文字といくつかの小文字を覚えています。彼の思考は素早く、スポンジのように物事を学びながら吸収していきます。何かまだ知らないことがあれば、刺激的なチャレンジだと思えるような子です。数字をよく覚え、それらがどのぐらいの量を差すのかを理解しています。

  ミッキーとともに過ごすことができて我々も幸せを感じています。
  どうか良い夏をお過ごしください。
 
レネ、カレン&ベスより
 

追伸 ご質問があれば遠慮なくお電話くださいね。番号はxxxxです。

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<原文>
 

Dear Mr. and Mrs. Yukawa,

  The following is a progress report of our observations of Miki, which will supplement your own observations.


  Miki is a handsome boy. He has a strong athletic build. Even though he is as yet limited in his verbal communications with peers and adults in school, his sweetness, warmth, sensitivity and intelligence are obvious. He quietly enters the schoolroom, quickly becoming involved at the art table or with a material or game that attracts him. He is friendly to all of us, after sharing part of his lunch and his treasures from home with us. He enjoyes adult attentions, but is not dependent on it. He is receptive to the friendly advances of his peers. One day recently Amy tickled Miki and he tickled her back!


  His manual dexterity is superior to others for his chronological age. He uses right handed scissors holding them in his left hand & cutting with ease and accuracy. He draws intricate & beautiful pictures. He writes his first name quickly & easily. He traces many letters. He reproduces an endless variety of geometric figures, letters, and numbers.
 

  Miki's large muscle ability is very well developed. He moves with grace and assurance. He is an athlete. He tumbles and does cartwheels. He uses the outdoor equipment with enthusiasm & capability. He bats the ball with precision. 


  Miki has superior intelligence. His attention span is lengthy. He becomes very involved in any activity he chooses. He is creative in his thinking. He does not find it necessary to copy what others have done before him, whether it be an art project or the use of equipment. He finds interesting, different ways to produce or use them. He knows all of the upper case letters & some lower case letters also. His mind is quick & he absorbs learning like a sponge. When he doesn't yet know something, it's an exciting challenge to him. He recognizes many numbers & understands how many a numeral represents. 


  It has been a pleasure to have Miki with us.
  Have a very good Summer!

 

                                                                              Renee, Karen & Beth

 

P.S. If you have any questions please call me at home. My number is: xxxxx.

(了)
 

「世界の人々と共に、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて力を尽くすことを誓います」

松井一実広島市長がそう高らかに宣言した頃、
俺はベッドの中でぬくぬくとタオルケットにくるまっていた。
夕べの大繁盛を受けてか起き抜けのカラダは少し重たい。
そいつを引きずるように洗面所へ向かい、
無駄に勢いよく顔を洗う間に脳裡をよぎっていたのは、
ガビーとそのお父さんのこと。



昨夜変幻自在を訪れてくれたこのイギリス人親子は、
ベビーメタルの大ファンだったことから来日したと言う。
「きゃりーぱみゅぱみゅ」という単語さえ綺麗に発音した、まだ16歳のガビー。
英語をしゃべれるかどうかを問わず、
お店で出会ったすべてのお客様と積極的に触れ合い、
「I love Japan!!」を連発したこの少女は、
見ているだけでこちらが楽しくなるような不思議な力を持っていた。



ダイニングに戻ると、
妻が作っておいてくれたタレつきの鶏肉、ガーリックトースト、そしてニンジンのラぺがあった。
カーテンを開け、お茶を注ぎ、
何の変哲もない土曜日にしては美味過ぎる朝食にありつく。
テレビをつけると、あたりまえのように地球の反対側が映っていた。
リオデジャネイロ・オリンピックの開会式である。
寝ぼけまなこが捉えた誰だかわからないブラジルの偉い人は、
「誇らしい」との単語を連呼していた。
「誇らしい」、「誇らしい」、「誇らしい」・・・。
日本人ならこんなに「proud」という言葉を使わないなー、
このメンタリティーの差はけっこう大きいなーなんて、
できるだけ他人事(ひとごと)みたいな感覚で思おうとしたり。



「多様な価値観を認め合いながら、
“共に生きる“世界を目指し努力を重ねなければなりません」

広島市長のスピーチに含まれた言葉が、
頭の中をゆっくりと徘徊し始める。
「共に生きる世界をめざし」、「共に生きる世界をめざし」、「共に生きる世界をめざし」・・・。



ガビーのお父さん、ベルナルドは、
冗談が好きな人だった。
「10月に子供が生まれるんです」と伝えると、
俺の腹の辺りを見つめながら「そうは見えないけどねぇ」などと
恍けたふりをして言ったりする。
しばらくしてから「おめでとう」の言葉を添えてくれたのは言うまでもない。

「“7日間で日本語をマスターできる本”を買ったんだが、
 それをもう一年以上も手にしているよ」

と言って笑うベルナルド。
手垢のついた単語帳には、英語の短文とともに、
その本を見ながら書き写したらしい平仮名も書かれていた。
文字のたどたどしさが妙に愛らしい。
一方、ガビーはそんなお父さんのもとを離れ、
あっちに行ったりこっちに行ったりしながら、
いろんな人とフランクに語り合い、
スーパーな笑顔をふりまいていた。

「ここのお客さんやスタッフは、みんな家族なのね!」
 
本質を串刺しにする一言に思わずたじろぐ。
家族。
ファミリー。
絆。
一体感。
分け隔てのないこと。
そんな理想に近づけたくて始めたお店・・・。
俺の一瞬の戸惑いをよそに、
ガビーはただただ、目の前でニコニコしていた。



ちょうど最後の鶏肉を食べ終えてお箸を置いた頃、
聖火台に火が灯された。
いよいよこれから国と国の威信をかけた戦いが始まる。
「国と国の威信をかけた」、かぁ・・・。
同じように見えて、異なること。
異なるかと思いきや、実はまったく同じであること。
そんなものが全部、汗で溶け合ってわからなくなればいいのに。
歓喜も落胆も、強めのハグで終わりになればいいのに。



夕べ倒れ込むように潜りこんだベッドの中で、
確かにこの掌で感じた命の鼓動を思い出していた。
ピクピクと何かを訴えかけるように蠢く「我が子」の感触。
そのトキメキの余韻が渦を巻く。
そしてその中心に、
オリンピックや平和記念式典やガビーやベルナルドが溶けあうように呑み込まれてゆく・・・。


「みんな家族なのね」


最後に残ったのは、
ガビーの言葉と、あの弾けるような笑顔だった。


よし。


今日もやるぞ。






(了)

日曜日は平澤奨学基金の歓送迎会に参加してきました。
1998年に私の米国留学を実現させてくれた同基金は、
毎年ひとりだけ学生を選び抜き、
授業料、寮費、食費を完全に負担する圧倒的にサポーティブな体制で
アメリカ・メイン州のベイツ大学に送り出しています。
 
外交官やNHKのニュース解説員として活躍した(故)平澤和重氏の、
「グローバルに活躍できる人材を育てたい」
との遺志を受け継ぐ形で
奥様の平澤朝子夫人が創設したこの基金ですが、
すでに35名の奨学生を輩出し、
今まさに36代目が船出しようとしています。
この平澤奨学生の軍団は、それぞれ非常に個性が強く、
キャリアも多彩な面々の集まりになっているのが特徴です。


 
★ピアニストになることを真剣に考えていたものの、
結局は大手商社に就職してインドに赴任したこともある方。
 
★国際協力銀行を辞め、海外のMBAを取得した後に楽器屋の社長になられた方。

★外資系化粧品会社などで働いたのちロンドンの大学院を卒業、
 現在は子育てをしながら自然エネルギーのベンチャー企業で広報を務めている方。

★化学系のメーカーに務めたあと一念発起して農業を始め、
 今では高級野菜の生産と販売を一手に行っている方。

★フリーランスの開発援助系コンサルタントとして、
 たとえばアフリカの政府間和平交渉などに携わっている方。

★グローバルに都市計画を推進する立場を得たいという初志のままに、
 コンサルタントとしてタンザニアやインドの鉄道敷設を手掛けている方。

★NHKのワシントン支局長などを歴任、
 番組のキャスターなども務められた方。
 
★大学の教授としてご活躍でありながら、
 英語による小説の執筆も行っている方。

など、枚挙に暇がありません。
まあ、私もソニーを辞めてBARなんかやっているような自由人ではありますが(笑)

毎年この時期になると帰ってきた奨学生の「おつかれさま会」と、
これから飛び出していく最先端の後輩の「送別会」を兼ねて集まるのですが、
参加した全員による近況報告のスピーチ集が面白くてたまらないのです!
そりゃあ上記のような経歴の方々、
自らの在り方について常に本気で考えている方々が集まるわけですから、
面白くないわけがありませんね。
今年もたくさんの刺激を受け、
「俺も頑張ろう!」という想いをあらたにさせていただきました。
 
実はその翌日の月曜日は、
帰ってきた奨学生(こう書くとなんだか無駄にカッコイイ♪)と、
今から旅立つ奨学生、二人の後輩を連れて平澤朝子夫人宅にご挨拶に行ってきました。
ご夫人は御年97歳にも拘わらず、変わらぬ健やかさを発揮しつつ、
温かく我々を迎えてくださいました。
彼女に関して特に驚きなのは、聴力がまったく衰えないことですね。
小さな声でもしっかりと聞き分けられるのには毎度本当に感心させられます。
その秘訣を聞いてみると、

「私の悪口を言われたらちゃんと聴けるようでなくちゃね。ふふふ♪」

などと、茶目っけたっぷりの微笑みでおっしゃるような素敵な方です。
そんな我々のクイーンとでも呼ぶべきご夫人と、
ウナギをつつきながらじっくりとお話する時間はあっという間に過ぎました。

ニューヨーク領事館におられた旦那様と米国で暮らしていたご夫人が、
日米開戦の直前に外務省から「脱出すべし」の連絡を受けて
船でアルゼンチンに航行中イギリス軍に捕えられ、
収容所の中で娘さんを産まれたお話など、
若者たち二人の胸に刻まれたエピソードも多かったと思います。

帰り際、彼女は我々との別れを惜しむように何度も手を振ってくださり、
最後は、

「どうぞ素敵な人生を!」

との言葉をかけてくださいました。

「人生いろいろ」と会話の中でも幾度となくおっしゃいましたが、
戦前、戦中、戦後と、激動の時代の真ん中で生きて来られた平澤夫人のこの一言には、
計り知れない元気と勇気をいただきましたね。

ところで、1964年の東京オリンピックを決定的に引き寄せたのは、
IOC向けに行われた平澤和重氏の招致演説だったとも言われています。
初めての東京オリンピックから56年の時を隔てて、
二度目の祭典が迫ってきています。
平澤夫人にとっては実に感慨深い歴史の流れでしょうね。
4年後、平澤夫人とともにオリンピックの熱戦を目撃できることを、
我々奨学生はとても楽しみにしています。

(了)